第15話
共犯の影。
イザベラの遺した「彼女が来る」という走り書きは、私の中の絵図を、大きく塗り替えた。犯人は、外から来る女。そして、その女を、城の内側で手引きする者がいる。
城に常駐する誰かが、外の「彼女」のために、毒を受け取り、運び、花嫁たちの口に入れている。あるいは、証拠を消し、死を「病」と偽る手助けをしている。そうでなければ、外の人間が、これほど巧妙に、長年にわたって人を殺し続けられるはずがない。
私は、その確信を、クラウスに伝えた。
「内通者が、いるというのか」
クラウスの顔が、険しくなった。
「この城に。私が、信を置いている誰かが」
「ええ」
私は、頷いた。
「考えたくないことですが……それしか、説明がつきません。外の女が、城の内情を知り、花嫁が狙われる時機を見計らい、確実に毒を盛る。それには、内側の協力者が、どうしても必要なんです」
彼は、苦しげに目を伏せた。長年仕えてきた者たちの中に、裏切り者がいる。それは、彼にとって、認めがたい現実だったのだろう。
その夜、私は、薬草園でハンナと向き合った。
育ち始めた苗が、月の光に、淡く濡れている。私は、ハンナに、これまで掴んだことのすべてを、打ち明けることにした。彼女は、もう、信じられる相手だと思った。
「ハンナ。あなたに、頼みがあるの」
「……何でしょう」
「城の人たちを、見ていてほしいの。誰が、外から来る者と接触しているか。誰が、不審な動きをしているか。私ひとりでは、すべてに目が届かない。あなたの目が、必要なの」
ハンナは、しばらく黙っていた。それから、まっすぐに私を見て、頷いた。
「……わかりました。私、奥方様を、信じます」
頼もしい味方を、ひとり得た。
けれど、敵は、まだ霧の中だ。外の「彼女」。内の共犯者。二つの影が、見えぬまま、城のどこかに潜んでいる。次に誰を疑うべきか、まだ何ひとつ、確かなものはなかった。
私は、城の人々を、頭の中で並べてみた。
嫌がらせを続けた、侍女頭のマルゴット。冷たかった使用人たち。先妻たちの最期を看取ったという、城の者たち。誰もが、怪しいといえば怪しく、誰もが、無実といえば無実に思えた。確証は、何もない。
その夜、私は、ひとつの予感とともに、眠りについた。
これまでは、ただ狙われ、生き延びるだけだった。けれど、これからは違う。私には、目的がある。共闘する相手がいる。信じられる味方がいる。そして、犯人の輪郭が、ほんのわずかだが、見え始めている。
外から来る、女。それを手引きする、内の誰か。
その正体へ、私は、一歩ずつ近づいていく。
クラウスとの間にも、確かな変化が生まれていた。
もう、彼は私を突き放さない。私も、彼を死神とは思わない。互いを縛っていた敵意は消え、その代わりに、共に戦う者としての信頼が、静かに育ち始めていた。
時おり交わす視線。短い言葉。そのひとつひとつに、以前にはなかった、温かな何かが宿るようになっていた。
それが何なのか、私は、まだ言葉にできずにいた。けれど、悪いものではないと、確かに感じていた。
窓の外で、霧が、ゆっくりと流れていく。
この城に来てから、どれほどの夜を、私は越えてきただろう。何度も死にかけ、そのたびに生き延び、少しずつ、闇の輪郭を手繰り寄せてきた。
まだ、始まりに過ぎない。本当の戦いは、これからだ。
外の「彼女」。内の共犯者。次に、私が疑うべきは、誰か。
月が、雲に隠れ、城は、いっそう深い霧に沈んでいった。
——けれど、私の決意は、もう、揺るがなかった。




