第13話
私は、静かに首を振った。
「逃げません」
その一言に、クラウスが、はっと息を呑んだ。
「私は、ここに残ります。そして、この城で何が起きているのか、誰が花嫁たちを殺しているのか——その真実を、必ず暴いてみせます」
彼の瞳が、揺れた。理解できないというように。あるいは、信じられないというように。
「なぜだ」
彼は、掠れた声で問うた。
「なぜ、お前は逃げない。お前を縛るものなど、ここには何もないだろう。私は、お前を妻として迎えながら、何ひとつ守ってやれていない。なのに——」
「だからです」
私は、彼の言葉を遮った。
「あなたが、墓前に膝をつくのを、私は見ました」
クラウスの顔が、強張った。
「夜ごと、亡くなった奥方様たちのもとへ通い、悔やみ続けるあなたを。あれは、人を殺める者の姿ではありません。あなたは、犯人ではない。むしろ、誰よりも深く、傷ついている。……それを、私は知ってしまったんです」
彼は、言葉を失っていた。長く誰にも見せまいとしてきた、その内側を、私に覗かれていたことに。
「私には、毒が効きません」
私は、続けた。
「ふつうの花嫁なら、すぐに殺されてしまう。けれど、私なら——死なずに、犯人を炙り出せる。私だからこそ、この連なる死を、止められるんです。逃げてしまえば、また次の花嫁が、何も知らずに送り込まれ、同じように死んでいく。それを、私は見過ごせません」
クラウスは、長いあいだ、私を見つめていた。
やがて、その固く握られていた拳から、ゆっくりと力が抜けた。彼は、深く、息を吐いた。何かを諦めたような、けれど、どこか縋るような吐息だった。
「……お前は、本当に、変わった女だ」
彼は、ぽつりと言った。その声には、もう、突き放す響きはなかった。
「私は、ずっと、調べてきた」
彼は、窓辺へ歩み寄り、霧の向こうを見つめながら、ぽつぽつと語り始めた。
「妻が死ぬたびに、私は侍医に、徹底して調べさせた。毒ではないか、誰かの仕業ではないかと。だが、返ってくる答えは、いつも同じだった。『ご病気です』『心の臓が弱っておられました』——と」
彼の声に、深い疲れが滲んでいた。
「証拠は、何ひとつ残らなかった」
彼は、自嘲するように、口の端を歪めた。
「調べても、調べても、何も出てこない。やがて私は、思うようになった。調べること自体が、呪いなのだと。死んだ者は還らない。真実を求めるほど、私は苦しむだけだ。……だから、最後の妻のときには、もう、調べることすら、やめてしまった」
彼の横顔は、深い悔恨に沈んでいた。
「私は、諦めていた。誰も守れない。何も変えられない。死神と呼ばれて当然の、無力な男だと」
「もう、ひとりで抱えないでください」
私は、彼のそばへ歩み寄った。
「あなたが見つけられなかったものを、私が見つけます。あなたが諦めたところから、私が始めます。……一緒に、暴きましょう。この城を覆う、本当の闇を」
クラウスが、こちらを振り返った。
その瞳に、長く凍りついていたものが、ほんのわずかに溶けていくのを、私は見た。希望、と呼ぶには、まだあまりに頼りない。けれど、確かに、消えかけていた何かが、再び灯ろうとしていた。
「……いいのか」
彼は、囁くように問うた。
「お前を、危険に晒すことに、なる」
「ええ」
私は、迷わず頷いた。
「望むところです」
こうして、奇妙な共闘が、始まった。
死神と呼ばれた公爵と、毒に愛された花嫁。互いを縛っていた敵意のようなものは、いつしか消え、その間に、まだ名前のつかない、新しい何かが芽生え始めていた。
窓の外で、霧が、ゆっくりと流れていった。




