22 王宮の花たち
嵐は去り、王宮には再び穏やかな陽光が差し込んでいた。
大審問の決着は、それぞれの妃と姫たちの運命を大きく変え、そして一つの「家族」の形を再定義することとなった。
第一妃クレアは、その激しすぎる執着と謀略の責任を問われ、「心を患った」という名目で、かつてエレーヌが幽閉されていた離宮での療養が決定した。
豪華な調度品も、権力を象徴する冠もない。ただ静寂だけが支配する部屋で、彼女は今も、エレーヌがかつて刺繍した不格好な百合の花を見つめている。
「……お母様のあの狂気は、ずっと前から始まっていましたの」
グウェンドリンは、アスレイと共に離宮の庭を歩きながら、寂しげに微笑んだ。
「わたくしにはどうすることもできなかった。けれど、アスレイ……貴方が来てくれたおかげで、わたくしもようやく、母の影から一歩踏み出せた気がしますわ。私には貴方がいる。だから、もう大丈夫」
彼女はアスレイの頭を優しく撫でた。
一方で、ルカを担ぎ上げた第三妃サンドラには、最も重い終身刑が下された。
彼女が投獄された日の夜、次女シレーネは、五女リュシエンヌを連れてアスレイのもとを訪れた。
「……私の毒針、少しは役に立ったかしら?」
シレーネはいつものように不敵に笑うが、その瞳には隠しきれない安堵の色があった。
「あの人の底なしの権力欲のせいで、私は幼い頃に毒殺されかけたことがあるの。……だから、せめてリュシーだけはあんな目に遭わせまいと、ずっと守り続けてきたわ」
「シレーネ姉様の、そしてアスレイ様のおかげで、私たちはあの人の毒から解放されたわ」
と、リュシエンヌは珍しく雄弁に語っていた。
そして、これまで「脳筋」を装い、王宮の政争から距離を置いていた第2妃ミルドレッドは、その仮面を脱ぎ捨てた。
王宮の私庭では、エレーヌとミルドレッド、そしてカインの三人が、未来に向けた静かな対話を交わしていた。
「エレーヌ、これからは私がついてる。面倒な貴族どもの相手や、サンドラの残党の掃除は、全部この私に任せておけ!」
エレーヌは少し驚いたように、しかし心からの安堵を浮かべて微笑みました。
「ミルドレッド様……。今まで、わざと興味ない振る舞いをして、私たちが標的にならないよう注意を逸らしてくださっていたのですね。そのお心遣いに、気づけずにおりました」
「ふん、私はただ、堅苦しいのが嫌いなだけだ」
ミルドレッドは照れ隠しに視線を外すと、傍らで彫像のように控えていたカインへ向き直りました。
「それにしてもカイン、貴様だ。あのアスレイをあそこまで鍛え上げ、真実を暴き出した。……近衛騎士としてではなく、一人の男として、見事だったぞ」
カインは深く一礼し、鉄の仮面のような表情の下に、熱い感情を滲ませました。
「勿体なきお言葉です、ミルドレッド様」
エレーヌが、カインを優しく見つめます。
「カイン……貴方にどれほど救われたか。貴方がいなければ、あの子の心にある花は、とうに枯れていたでしょう」
「いいえ、エレーヌ様。あの子をここまで強くしたのは、貴女が与え続けた無償の愛です。私はそれを、少しだけ外から支える盾になったに過ぎません」
カインの言葉に、ミルドレッドが満足げに頷きました。
「いいか、二人とも。これからは隠れる必要はない。エレーヌ、お前は王の良心として。カイン、貴様は次代の王を支える剣として。そして私は、そのすべてを守る盾となる。……面白いことになりそうじゃないか」
エレーヌは、遠くで姉姫たちに追いかけられながら、楽しそうに笑うアスレイの姿を眩しそうに見つめた。
ミルドレッドの娘であるエリザベスとフレアもまた、アスレイの前に跪き、騎士としての、そして姉としての誓いを立てる。
「私の剣は、もはや王家のためだけにあるのではない。アスレイ、貴方の歩む道を守るためにあるのだ」
「私も! あなたなら、立派な王様になれるよ。ね、アスレイ?」
王宮の大食堂は、今日という日を祝うために用意された、見たこともないようなご馳走の香りに満ちていた。
長テーブルの真ん中には、アスレイの背丈ほどもある大きなデコレーションケーキが鎮座し、その周りには、色とりどりの肉料理や、瑞々しい果実が並んでいる。
「さあ、主役のアスレイが席に着いた。宴を始めましょう」
長女エリザベスの号令とともに、賑やかな誕生日会が幕を開ける。
「アスレイ、ほら。これ、美味しいわよ。たくさん食べて大きくならないとね!」
フレアが山盛りの肉をアスレイの皿に放り込めば、シレーネが「そんなに食べたらお腹を壊すわよ」と毒づきながらも、そっと消化に良い温かなスープを差し出します。
リュシエンヌは言葉にせずとも、一番甘いイチゴを選んでアスレイの口元へ運び、グウェンドリンは「王族としての食事マナーは、今日だけは少し忘れてもよろしいですわ」と、優しく微笑んでアスレイの背中を支えています。
「……あはは、お姉様たち、ありがとう。美味しい、本当に美味しいよ!」
頬を膨らませて笑うアスレイの姿を、エドワード王とエレーヌが満足げに見つめていました。
「陛下。……あの子を城へ連れてきたあの日、こんなに温かな日が来ると信じておりました」
エレーヌがそっと王の手に自分の手を重ねると、王は深く頷きました。
「ああ。アスレイが繋いでくれたのは、王家の血だけではない。……この家族の絆そのものだ」
カインが静かにワインを注いで回る中、アスレイは立ち上がり、家族全員を見渡しました。
「お父様、お母様、お姉様たち。……僕を、僕としてここにいさせてくれて、本当にありがとう。僕、世界で一番幸せだよ!」
「「お誕生日おめでとう、アスレイ!!」」
全員の声が一つに重なり、窓の外では祝砲の代わりに、黄金色の花火が初夏の空に打ち上がった。
アスレイの心に咲いた花は、花火のように消えることなく、家族の温かな光を浴びて、どこまでも高く、美しく、咲き誇っていた。




