23 深淵
地下深くの石牢。そこは、王宮の輝きが一切届かない、静謐な処刑を待つ者のための場所だった。
鉄格子の向こう、豪華な衣装を剥ぎ取られ、ただの汚れた麻布を纏ったルカは、冷たい床に座り込んでいた。
そこへ、松明の炎を揺らしながら、足音が近づいてくる。
現れたのは、護衛も連れぬエドワード王、その人だった。
「……僕を、笑いに来たんですか。」
ルカの声は、もはや「王子」のそれではなく、泥を啜って生きてきた平民の少年の、ひび割れた響きだった。
王は沈黙のまま、鉄格子の前に立った。その瞳には、審問の時のような困惑はなく、底知れぬ湖のような静寂があった。
王は冷たく、しかし淡々と真実を語り始めた。
「余は、お前が現れた瞬間から、お前が偽物であると知っていた。……なぜなら、我が家の正統なる後継者だけが継ぐべき『守護の歌』を、アスレイは完璧に口ずさんでいたからだ。あれは、余とエレーヌ、そしてアスレイしか知らぬ歌だ」
ルカの瞳が、驚愕で見開かれた。
「知っていた……? なのに、なぜ! なぜ僕をあの場に立たせた! アスレイを離宮へ追いやってまで……!」
「……毒を、一箇所に集める必要があったのだ」
王の声は非情だった。
「サンドラの野心、クレアの執着。それらを根こそぎ炙り出すために、お前という『完璧な餌』が必要だった。……ルカ。お前を王子として客間に置いたのは、愛ゆえではない。奴らが尻尾を出し、自滅するまでの時間を稼ぐためだ」
ルカは笑った。乾いた、絶望の笑いだった。
自分は「本物」になれると信じていた。だが、最初から冷徹な王の盤上の駒に過ぎなかったのだ。
「……結局、僕はただの平民ですね。サンドラ妃に唆され、王家を欺いた大罪人。……処刑、ですよね」
王はルカを見つめた。その少年の顔は、やはり愛する息子アスレイに酷似している。
「王家を欺いた報いは死罪。それは平民のお前には避けられぬ理だ。……だが、ルカ。お前をここまで追い込んだのは、大人の身勝手な執念だ」
王は懐から一房の鍵を取り出し、それを格子の中に投げ入れた。
「今夜、この牢の地下にある下水道の門を開けておく。そこを抜ければ城下へ繋がる。……お前の名は、今この時をもって王宮の記録から抹消される。死んだものとしてな」
「……どうして」
「憐れみだ。……そして、アスレイと同じ顔を持つ者を、この手で殺したくないという、父としての我が儘だ。……行きなさい。二度と、王宮に近づくな」
王は背を向け、暗闇へと消えていった。
独り残されたルカは、手の中の鍵を見つめ、声を殺して泣いた。
自分が憧れた黄金の城は、冷酷な策略に満ちた地獄だった。けれど、最後に自分を救ったのは、自分を利用し、そして憐れんだ「王」の、微かな温もりだった。
翌朝、牢獄からは一人の少年の遺体が運び出されたという記録だけが残り、数年後、王都から遠く離れた街で、名前を持たぬ一人の少年が、静かに土を耕し始める姿があった。
王宮のバルコニーでは、アスレイが父王に抱き上げられ、空を指差している。
その隣でエドワード王は、息子を守るために汚した自らの手を隠し、穏やかに微笑んでいた。
ここで完結とします。
が、王妃たちの背景とか、バルトロメウス男爵のこと、アスレイと姉達の関係など、書ききれなかったことが沢山あるので、時間ある時に改稿したいと思っています。
最後まで読んでくださったかた、ありがとうございました。




