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人を転生させて、幸せになろうと思う  作者: ふぇい
第一章 書界管理課司書室転生担当、二見 理
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第一章8 正しい男

 社会人生活三日目。この日の朝は平穏にとはいかなかった。


「おはようございます」


 事務室へ続く扉を開けて挨拶をすると、中からやや剣呑な雰囲気の話し声が聞こえてきた。


「――お前のそれは正しくない」


 巨石のような男だった。偉丈夫と言って良い体躯に厳めしい面構え。響く声は峻厳そのものといった様子だ。


 はたして男は誰と話しているのかなと目の端で様子を伺ってみると、相手はなんと明槻さんだった。


「……相変わらず、面倒くさい人ですこと」


 明槻さんがため息を吐きながらそう溢した。

 男はその言葉を聞いてキュッと眦を吊り上げる。


「何度でも言ってやろう。お前が言うその愛とやらは短絡的な行為だ。お前は話した相手に対して一瞬の消費的快楽や喜びを、さも人生そのものの価値であるかのように誤認させる。確かに満足する人間がいることも否定できないが、それはやはり正しいとは言えないだろう。人生の喜びとは研鑽とそれに伴う創造だからだ」


 男の言葉に明槻さんはやはりため息を吐いて


「それは地井さんがそう思っているだけという話でしょう。人の幸せなんてその人が満足していればそれでいいではないですか。それとも何ですか。あなたも愛されたいのですか。愛されたいから愛されている人を僻んでそんなことを言っているんですか」


「論点をすり替えるな。オレが愛されたいかどうかなどはどうでもよい。オレが今問題にしているのは明槻、お前が短期的かつ消費的快楽のために取っている手段が……」


 そうしてうんぬんかんぬんと話は続き……


「――ではなんですか、地井さんは愛されなくてもいいと。人生のパートナーどころか彼女もおらず友達がいるかも定かではない偏屈な地井さんはそのまま仕事場を枕に生涯を終えて満足だと、そういうことですか」


「……伴侶は欲しいに決まっている。幸せな老後を送りたいものだ」


 地井と呼ばれた厳つい男性は段々明槻さんの勢いに抗しきれなくなっていた。


 そりゃあ、彼女は欲しいでしょ……


「なら、正しい正しくないと言いがかりをつけてくるのはやめてください。もっと人に共感してみてはいかがです? さすれば少しはおモテになることでしょう」


 これは明槻さんに軍配が上がるか。


「共感だぁ? そんなもの阿諛追従と何が違う! はいはいなるほどそうですねなどと言ったところで、事態は何も変わらない。いや、そもそも人の気持ちなんてわかりようがないものだ。にもかかわらず人の気持ちが分かるふりをするなど、どう言葉を尽くそうが薄っぺらい!」


 男が水を与えられた乾燥ワカメのように息を吹き返した!


「オレはオレが正しいと思ったことをする。正しいと信じることをしている時のなんと幸福なことか。それは万雷の拍手と共に凱旋門通りの中央を歩むがごとき幸福だ」


 さらにぐっと両手を握りしめ、男は力強く続ける。


「自分の価値を認められるのは自分だけであり、自分にとって正しい行為だけがその価値を担保してくれる。人間社会における一般的な正しさだって悪くない。少なくとも過半数以上の人々が支持している正しさを実行するということは、大勢の人々から指示されるということと同義であり、それは自分の正しさの証明となる。そうだ!」


 彼はそこで言葉を区切り、力強く言い放った。


「俺は! 正しさをこそ! 愛している!!」


 なんと熱烈な愛の告白だろうか。受けた明槻さんも心なしかあっけにとられている。


「明槻、お前は…………」


「はいはい、そこまで。ほら、二見クンがどんよりとした目をしているじゃないか。地井サン、あんまり押しつけがましいのは良くないよ」


 天守さんが奥の扉から眠そうに登場した。


「ユアオナー」


 男は天守さんの言葉を受けるやいなや、姿勢を正し右手を胸にあて、ピシッと礼をしながらなんか言った。


 なんて?


「ああ、二見クン。すまないね。実は……彼が今日君に仕事を教えてくれる先輩の地井ちい 義正よしまさサンだ。こんな感じだけど、怖がらずに相手してやってほしい」


 なんとなくそうなんじゃないかと思っていた。

 個人的にいろいろ突っ込みたいところがあったが、社会人としてひとまず『よろしくお願いします』と挨拶をした。


「地井義正だ。力の秤を担当している」


 話を聞く限り、彼がこの司書室最後のメンバー、地井義正さんだろう。

 力の秤とやらを担当しているらしい。


 なるほどね。それはなんですか?


「二見 理と言います。新米です。よろしくお願いします」


 我ながら無難な挨拶だな。もう少しキャッチ―な挨拶にしたら、この不穏な空気を少しは和らげることが出来たのかもしれないのに。

 力不足を痛感する。『こんふたみ~』とかでいいだろうか。


「二見、昨日は明槻と共に業務をしたと聞いている。まあ、明槻のやり方が一定の結果を出していることは否定しない。しかしオレはどうもな……」


「あら地井さん。はっきり言ってくださらない?」


 煽りおる。


「この女の手管が気に食わんのだ。一時の快楽をあたかも人生における最大の喜びかのように信じ込ませて溺れさせ、浮世の苦悩を忘れさせる。これはどこまでいっても逃避行動であり、死した魂を高みへ導けるとはとても思えない。しかもその手法が無尽の愛だと言うのだから笑わせる。愛とは限りあるものだ。少なくとも人間にとってはな」


 二人とも言い合っている割に、言葉ほど感情的になっていない。なんと言うか、案外いつものことなのかもしれないな。

 いや、いつも言い合っているのもそれはそれで嫌だけど。

 

「理解できないからと言って、他人を人間の枠外に置こうとするのはやめてください。愛で皆を救えるのなら愛を与えるべきというだけの話です。地井さんのような人が対立を煽るせいで世界は愛で満たされないんですよ」


 地井さんは大きなため息をついた。


「オレはな、お前の理想を……」


「お前っていうのやめてください」


「オレはな、貴様の理想を」


 ふざけるのやめてもらっていいか。


「はいはいそこまで。地井サン」


 天守さんが聞き分けのない子供に言い聞かせるような声色で再度割り込んできた。


「ユアオナー」


 なんて?


 地井さん、天守さんへの対応だけ裁判官に発言を求める人みたいになってますけど。

 それにしても気難しそうな地井さんと俺はうまくやれるのだろうか。甚だ不安である。


「さて二見、待たせたな。明槻なんぞ放っておこう。そら、仕事の時間だ」


「いや、突っかかってきたの地井さんからですからね」


 そして三日目の業務が始まったのであった。



***



 てなわけで地井さんと二人で【転生の間】にやってきた。

 やはり俺の業務はこの部屋で行われるのが常となるようだ。


 それぞれ魔方陣の近くにある椅子へ座る。


 本日は地井さんと二人で転生する魂への対応を行うとのこと。


 色んな人のやり方を見て業務を覚えろということらしいが、果たして俺はその期待に応えられるかどうか。これは見物だな。


「先に言っておく。オレは人の相手が得意ではない。最初の会話は頼むぞ、二見」


 潔いな。

 いやまあ初対面の相手から好かれそうな人柄ではないけれど……


「それでは今回の魂を呼ぼう」


 いや、待って。心の準備とか。


「早くないですか」


 てか俺が対応するの、本当に大丈夫すか。


「仕事は早く終わらせるべきだろう」


「それには完全に同意します」


 確かに仕事は早く終わらせるべきではあるが、できれば覚悟とか決めたいなあ……。


「来たれ、迷える魂よ!」


 あなたは迷いがないな!


 地井さんの言葉が終わるやいなや【転生の間】の中央にある魔方陣のようなものが光を放った。光は次第に密度を増し、少しずつ人の形へと近づいていく。さらに一分もしない内に光は実体となり、最終的には老人が一人魔方陣の中央に立っていた。


 男性だ。何が起きたのかわからないと言う風に周りをキョロキョロと見ている。

 なんの変哲もない一般的な高齢男性のように見える。いや、ジェイソンと比べたらどんな人物であれ色褪せて見えると言われればそうかもしれない。


 転生者にも二つのパターンがあり、この世界から書界に転生する魂と、書界からこの世界に転生する魂がいる。

 ジェイソンは後者で、今回の男性は前者ということだろう。



 しかしこうして見てみると、魂という割に登場シーン以外は見た目は服装も含めてこの世界普通の人間と変わらないな。

 魂だけの存在にしてはしっかり存在しているような気がする。いや、登場シーンは完全にこの世のものではないんだけどね。


 さて、この後どうしたらいいのかと地井さんの様子を伺ってみるが、腕を組み目を瞑ったまま動く気配がない。

 困った。


 まあ、新米としてやれるだけのことをやるしかなさそうだ。


「どうも、こんにちは。ここは転生の間です」


 ああ今RPGで街の前にいる人みたいな発言をしたなと、埒もなく思った俺なのだった。




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