第一章12 呪われた女
「わたしは、たぶん呪い殺されました」
暗い魅力を持った女は、薄い唇を開いてそう言った。
今日は早くも俺が一人で職務に放り出される日ということで、たくさんの人が激励してくれるかなと思いきや、皆が良く集まっている事務室には天守さんしかいなかった。
寂しい。
「明槻サンも地井サンも自分の仕事があるからね。毎日一緒というわけにはいかないさ。彼らはあれでも多忙なんだぜ?」
それはそうか。
逆に考えよう。むしろ天守さんがいてくれるだけありがたいことだ。
それに加えて、忙しい中俺の教育に来てくれた二人に感謝しておこう。
かたじけない。
「二見クン。かたじけなさそうな顔しているところ悪いけど、もうお客さんが待っているようだ。――さあ、覚悟を決めて向かってね?」
天守さんは笑顔でそう言った。
そう言うわけで、俺は千尋の谷に突き落とされる獅子の子のような覚悟を決めて転生の間へと突入。
そしてえいやと教わった通りに床の装置か魔方陣か良くわからんものを起動させたところ、今回は床が光って気がついたら部屋の真ん中に人の姿があるなあなんて思っていたら……
「わたしは、たぶん呪い殺されました」
暗い魅力を持った女は、薄い唇を開いてそう言ったのだった。
いや、いきなりそんなことを言われても困る。
『いやマジっすか、大変っすね。てか呪い殺されたんヤバイな。呪いとかリアルガチで存在するんすか。いやビビっちゃうっすね。で、どしたん話聞こか? ああおっしゃらないで。転生したい、そうでしょう?』
ってかましてやりたいところだったが、どうも少しばかり度胸が足りなかった。
「――書界管理下司書室転生担当の二見といいます。ええと、その……あなたの話を、聞かせてください」
俺の精一杯のアプローチなんてこんなもんでした……。
「茅島 麗子と申します……」
あなたは死にましたという話と、心残りがあるせいでここに来たんですよと言う話をした。
ちなみに出身は書界ではなく現代地球とのことだった。
「何となく理解できます。わたしは確かに死んだはずですから」
茅島と名乗った女性はその影のある表情を崩さないまま以外にも抵抗なく話してくれた。
ざっとこんな感じである。
父が中古の一軒家を買いました。一軒家を持つことは父の夢だったそうで、少し無理をして買ったそうです。
初めて見た時、立地は良く家も立派ではあったのですが何となく暗くてじめっとしているなと思ったことを覚えています。
住み始めて一ヶ月後、祖母が亡くなりました。
家の何もないところで転んで入院したら肺炎にかかり……そのまま。
さらに一ヶ月後、今度は祖父が心臓発作で亡くなりました。
いつものように朝起こしにいったら既にこと切れてました。何かこの世のものとは思えないほどの恐ろしいものを見た、そんな表情で。
そしてその一ヶ月後、父が倉庫の整理中の事故で亡くなりました。
突然、天井が崩れたそうです。
ここに至って残された母とわたしと弟は、一定の確信を得ました。
「この家には、何かいる」
そこで茅島さんは俺の用意した紙コップのお茶を手に取りこくりと飲んだ。
強い力で紙コップを握っているのか、少しだけ形が歪んでいる。
「その、何か……とは」
茅島さんはその薄い唇を僅かに歪ませて、
「慌てないでください、本番はここからです……」
俺はごくりと唾を飲み込んだ。
一月に一人、人が死にます。
母はそれでも父の買ったこの家から離れることを良しとせず、逃げるということをしませんでした。
神社に行ったり、いろんな除霊グッズを集めたり、霊媒師を名乗る人にお祓いをしてもらったり……ただ、どれも効果はありませんでしたね。
次の月、母と弟が家に入ってきた強盗に殺されました。
そしてさらに次の月、私はここに辿り着きました。
自分が死ぬ瞬間というものは、案外覚えていないものですね。
***
ぎゅっと握りしめられた茅島さんの右手が、俺の視界の隅に映った。
無念だっただろう。なんの変哲もない家族だったはずなのにそんな惨いことになってしまうなんて。
なんと声をかけたら良いだろうか。
実のところ、俺も過去に似たような経験がある。だから少しくらい彼女の気持ちをわかるような気もする。
ただ……今この状況で「お気持ち、わかりますよ」何て言われたところで、「なんやこいつ、分かったような口を利きやがって!」となるのがオチだろう。
うーん。
「その、心残り……は沢山あると思うんですけど……茅島さんは何かしたいこととかありますか?」
心残りのヒントプリーズ!
「そうですね…………」
目を皿にして茅島さんの一挙手一投足に注目する。
そう、彼女は今……何を思っているのだろうか。
「……どうしてこんな目に遭わなければならなかったのか、それを知らなければ死んでも死にきれないと、そう思います」
茅島さんは瞳を静かに閉じ、履いている濃紺のロングスカートの生地を握り込んでいる。
こんな目に遭った理由を知りたい。まあ、もっともな心残りのように思える。
ただ何か引っ掛かるような気がするのはなぜだろうか。
「うーん」
少しばかり、彼女について考えてみよう。
思うに。
人は自分の本心から目を背ける習性がある。
それはなにも悪いことではなく、防衛本能の一種として不快な事象から目を逸らすのだ。
嫌なことを全て受け止めていたら心を病んでしまうから。
世の中嫌なことなんてそりゃあもう沢山ある。
どんなに頑張っても結果が伴わないこともあるし、後輩に追い抜かされることもある。自分が好きになった人と付き合えることはまれだし、特別な存在だと思っていた自分は十把一絡げのどこにでもいる人間なんだと気づくこともあるだろう。
そんな、いろんな嫌なことを真正面から受け止めることは難しい。
そしてそれはたぶん自分にとって不快なものばかりではなく、他人にとって不快なものからも目をそらす。
自分が周りの人たちにとって不快な事象になることを恐れるためだ。
自分が嫌なことを考えるやつだと思われることを恐れ、人は本心を口にせず、あまつさえその本心を見なかったことにする。
しかし当然ながら目をそらしている限り見えないものがある。
自分の本心、自分の本当の望みだ。
だから、俺は彼女が隠している本心を提示しなければならないのではないかと思う。
きっと彼女の幸せは彼女の本心が望んでいることを満たすことによって叶えらるもののはずだから。
そう、俺は茅島さんに幸せになって欲しいのだ。
もう遅いのかもしれないが、ひどい目にあった分だけ報いはあって欲しいと……そう思う。
「知ってどうするんですか?」
俺は少し考えた後、そう問うた。
「どう……とは」
茅島さんはやや困惑したように眉を寄せている。
「茅島さんはその幽霊だか悪霊だかわかりませんが……犯人を見つけて、動機を解明したらそれで満足して転生できるのでしょうか」
「それは……」
そう、違うのではなかろうか。
「相手側にも何か事情があったのかもしれません。悪霊になるくらいですから、悲惨な過去や凄惨な事件があったのかもしれない」
「ええ、そういう感じの納得できる理由があれば……みたいな」
本当か?
「理由があれば、ならあなたの家族は殺されても仕方がなかったのだと。そう納得できる……?」
「…………」
納得できるわけがないと思う。
茅島さんとその一家はただ普通に暮らしていただけのはずだ。
しかしその家に住んでしまったという、それだけの理由でその幸せは理不尽にも刈り取られた。
許せるわけがない。
「しかし他にどうしろと。はっきり言ってわたしたち家族が死んだ理由に、全く検討なんてつきません。極論、運が悪くてたまたま全滅した可能性だってあるわけで……」
「見当がつけば。犯人が分かれば、その限りではないですよね」
茅島さんは暗く感情の読めない瞳で俺のことをじっと見た。
「正直に言ってください。あなたは犯人を見つけて報いを受けさせてやりたい。そうではないですか?」
これは俺の推測だ。推測だが、彼女の仕草が裏打ちされた推測だと思う。
少しして、彼女はこくりと頷いた。
そうだろう。せめて死んだ後くらい、ムカつく奴はぶっ飛ばしてやりたいものだ。
「任せてください茅島さん。きっと俺が何とかして見せます」
***
「というわけなんですよ天守さん。なんかいい方法ありますか!?」
助けて上長!
俺は茅島さんへ向け自信満々(に見えるよう)に宣言した後、一時間くらい作戦を練ると断りを入れて一旦事務室へと帰ってきた。
無論、天守さんへ助言を乞うためである。
「二見クン……結構丸投げだね」
冗談です。
「いえ、間違えました。確か司書室には自由に使える予算と備品があると聞きました。そのあたりで茅島さんの心残りに対するアプローチが出来ればと」
「今度は急にそれっぽいね」
へへ。
「まあ、いいか。二見クン。君の言う通り、司書室には多くのリソースがある」
「どんなことができるんですか?」
天守さんは僅かに口の端をつり上げた。
「大抵の事は、なんでもね」
天守さんは自分の机から一冊の本を取り出すと、事務室の壁際に置かれている本棚へと向かった。天井まで届くほどの高さのある立派な本棚である。
どうすれば良いか分からないのでなんとなく立っていると、天守さんが手招きしてくれた。
本棚の前に来いと言うことらしい。
「これをこうしてね」
天守さんが、おもむろに取り出した一冊の本を本棚へ戻す。
すると、ガコンという音がして本棚が少し沈み、扉のように右へとずれた。
「これは……」
「ワタシの趣味だよ」
そうですか。
奥にはなんとなく古めかしい印象を受ける、木目張りの空間があった。
壁際には沢山のお札やら謎の棒やら楽器やらが整然と配置されており、なんと言うか博物館の倉庫のような印象を受ける。
部屋の隅には梯子がかけられていて、上のフロアもあるのだろうと思われた。
天守さんは迷うそぶりもなくしまってある道具をがちゃがちゃと展開している。
「まあ今回はこれと、これと……後は塩とかを適当に手配しておけば大丈夫じゃないかな」
そう言って五十枚くらいの束になっているお札、なんか鏡が額の位置にはめられているゴーグル、赤い宝石のついたペンダントを俺に手渡してきた。
「その五芒星のお札は周りに影響が出ないようにするためのものだ。ゴーグルは見えないものが見えるようになる。ペンダントはクライアントの移動用だ」
いやいや待ってくれ。いくらなんでもとんとん拍子に話が進み過ぎじゃないか?
「その……いきなりこんなに使って良いものなんですか?」
ほら、自分新米ですし。失敗するかもしれませんし。
「まあ書界の物品を売ったりして予算だけは潤沢だからね。気にしないでおくれよ。……ああ、あとこれカタログ。必要なものがあったら注文しておけば、よほど貴重なものじゃない限り最優先で手配してくれると思うよ」
なぜか上機嫌な天守さんにそのまま使い方などのレクチャーを受けて、俺はすぐに事務室へと引き換えした。
なんせ茅島さんを待たせていますのでね。
それからさらに三十分くらいカタログと道具とにらめっこした結果、ようやく茅島さんの解放作戦の骨子が整った。
え? 早くないかって?
それは俺の過去に似たような経験があったためです。
「お待たせしました、茅島さん」
転生の間へと戻る。想定通り一時間弱待たせてしまっていた。
「いえ、大丈夫です」
茅島さんは暇つぶしにスマホで動画を見ていたようだ。
魂も動画とか見るんですね。
「茅島さん、今から悪霊退散大作戦について説明させていただきます」
「悪霊退散大作戦!?」




