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人を転生させて、幸せになろうと思う  作者: ふぇい
第一章 書界管理課司書室転生担当、二見 理
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第一章11 愛と正義

 この世界の一般人、佐藤さんは書界へ転生した。


 本人の希望を鑑みて、一般的な公務員の家庭に転生したそう。

 どうも今度は普通の自分がどこまでやれるか試してみたいらしい。


 ちなみにこの組織は書界からこの現実世界、もしくは現実世界から書界への転生をサポートすることしかできないようだ。


 以前、天守さんにそれとなく聞いてみたところ……


「基本的な原理として、自分よりも高位のものを自分の都合の良いようには操れないものさ」


 とのことであった。



***



「おつかれ様です。二見さん。正義マンとのお仕事は疲れたでしょう」


 事務室に戻ると明槻さんの柔らかな声が迎えてくれた。


「いえ、大変勉強になりました」


 先に戻っていた地井さんはというと、年季のいった道具を使ってとぽとぽとコーヒーを淹れているようだった。


「正しい回答だ。そこな愛に塗れた女と違って二見は物事が良く見えている。実際、オレではあそこまで話を聞くことはできなかっただろう」


 地井さんはそう言いつつ席へ戻り、ずずっとコーヒーを啜った。


「あら珍しい。地井さんが人をほめるなんて」


「偏見を招く言い方はよせ。オレはほめるべき点は褒め、指摘するべき点は指摘する。明槻、お前の論説も見るべき点がある部分はあるが、それ以上に正しくない部分が目に障るというだけの話だ」


「奇遇ですね。私も地井さんの正義とやらにはうんざりしていますけど、稀に見るべき点があるなと思うこともあるんですよ」


 よくもまあ、二人ともスラスラと応酬の言葉が出てくるものである。

 仲が悪いような、不思議と息があっているような。


「はいはい、そこまで。それで……今回の客人はどんな人だったのかな?」


 天守さんが慣れた仕草で二人の応酬を断ち切った。

 明槻さんも地井さんもあっさりと話をやめて俺に視線を向けてくる。


 ちゃんと答えられるかな?


「なんというか、真面目な人でした。教わった通り誰かのために生きて、最後の最後に自分について疑問を持った……ようです」


 うまく言葉にできている気がしない。


「なるほどね。まさに地井サンの得意分野だ。何せその人は、正しく生きてきたということだからね」


 正しく生きた。


 正直に言えばそれが分からない。正しさとは一概に言えるような代物ではないと思っていた。それぞれにそれぞれの正義があって云々……みたいな。


「おや、二見クン。よく分からないという顔をしているね。正しいと言われても何が正しいかなんて千差万別で云々、みたいな顔だよ」


 俺の表情筋はぺらぺらとものを言うらしい。


「明槻さんの見解はどうかな?」


 天守さんが明槻さんに話題を振る。

 明槻さんは少し困ったような顔をしていたが、おずおずと口を開いた。


「その人が最後に自分の人生を愛することができたのであれば、それは正しい生き方と言えるでしょう」


「また愛ときた。だからお前の言う愛とやらは、いまいち信用ならんのだ。愛とはそんなに乱用するような言葉ではないはずだろう」


 地井さんがそう嚙みついたが、明槻さんはふっと微笑み、


「私は愛を必要とする人を愛を届けます。それは外側からの愛だけにとどまらず、内側からの愛もまた同様ということです」


 なんかまた雲行きが怪しくなってきたな。何とかしてくれないかなと思って天守さんの方を見ると、素知らぬ顔で本を開こうとしているところだった。

 あ、こっちを見てウインクをした。


 天守さんは特に何もする気がないようなので、微力ながらこの怪しい雲行きを晴らすために頑張ってみよう。


「地井さんは、今回の佐藤さんに対しては正しいと言い切りましたよね」


「オレは彼を正しいと思ったからな」


「そこが疑問で……佐藤さんの何が正しかったのか俺にはいまいちピンと来ていないんです」




 俺の想像する正しい生き方というものは、こう……夢に向かって一生懸命努力して、欲しいものを手に入れて……みたいなイメージのような気がする。


 そういうものに照らしてみると、佐藤さんの生き方は最後まで自分の望みというものがはっきりしていなかったと思う。受動的だったとさえ言えるその人生の何が正しかったのか、どうも今の俺にはわからない。


「二見の言いたいことも理解できないわけではない。欲しいものを見つけ、それを手に入れるために努力し、全てが叶うわけではないにしろそれなりに満足して死ぬ。それが主観的な幸福、正しい生き方というものだろう。流されるままに人生を終えて今さらながらに後悔していた先程の客人はその価値観には見合わない」


「そう思います。にもかかわらず、彼はどうして納得したのでしょうか」


 ――私は正しかったのか。

 佐藤さんは最期にそう言った。そう、彼は納得したのだ。


「正しさというものは、形の無いものだ。大抵の場合それは悪い方向に働くが、たまには役に立つこともある」


 それが今回のケースということだろうか。


「人の正しさを見つけてやればいい。人は誰しも正しく生きたいという根元的な欲望を持っている。それ故にどんな奴にでもそれらしい部分があるものだ」


 蜘蛛を助けたカンダタ的なことだろうか。


「人の正しさを見つけ、そこをオレの正しさを持って強く肯定する。不定形の正しさに形を与えると、大抵の人はその形に納得する。嘘をついているわけではないし、そも人は正しく生きたいと思うようにできているからだ」


 地井さんは巌に苦味を走らせた様な顔をしていた。


「ただし。そのような口八丁でお客様を無理矢理納得させるような手法は、地井さんの好みではないのだとか」


「ふん。人には向き不向きがあるというだけの話だ。オレに転生担当は向いてない」


 明槻さんは上品に赤いマカロンをつまみながら地井さんに茶々をいれている。

 きっとこれもまた、いつものことなのだろう。




 そんな光景にやや疎外感を覚えたせいだろうか。少しばかりの弱気が俺の口から溢れた。


「いえ、地井さんは立派でした。それに比べて俺はなんの役にも……」


 役に立たなかったという言葉は、なんとなく情けなくて最後まで口にできなかった。


「ふむ。それはお前の尺度に過ぎない。オレに言わせてみれば二見はそれなりだった」


 地井さんは持っていたコーヒーカップをぎしりと握りしめて、一気に飲み干した。


「二見お前がどんな活躍を想定していたのかは知らないが、新米が初めから満足に仕事が出来ると考えていたとしたらそれは思い上がりだ」


 空になったコーヒーカップを壁際のキッチンのような場所で洗いながら地井さんは続ける。


「今日お前は今のお前に出来ることに対し全力を尽くした。事実オレよりも客人からの情報収集という点においては二見の方が優れていた。オレが思うに、それは新入りとして十分な働きであり、正しい姿だろう」


 そう言ってくれる地井さんの表情を窺うことはできない。

 地井さんがシンクの方を向いているからである。


 だかおそらく……


「あ、ありがとうございます」


 巌に苦味が走ったような顔をしているのだろうと思った。


 コーヒーカップを片付けた地井さんは、この共通の事務室を出て奥の部屋へと向かう。

 ちらと聞いたところによると、奥に地井さんの仕事部屋があるそうだ。明槻さんの仕事部屋も同じ辺りにあるのだとか。


「まあ、次はお前が一人でやることになるそうだからな、二見の満足がいく活躍が出来ることを期待している」


 そして地井さんの姿が見えなくなった。自分の仕事場に戻ったのだろう。そも、今回は特別に俺の研修を手伝ってくれたと言う話であった。

 今となっては地井さんがいた証としてシンクに使用済みのカップが置かれておるのみである。


 飾り気はないが味のある、木製のコーヒーカップだった。



***



「その、地井さんと明槻さんは仲良くないんですか?」


 地井さんが去って、佐藤さんの転生にまつわる多少の事務仕事を片付け終わった頃、俺は何気ない風を装って聞いてみた。

 部屋にはまだ天守さんと明槻さんが残っている。


「二見クン、わかってないね。そこにおられる明槻さんはね、その気になれば誰とでも仲良くなれる逸材さ」


 天守さんは読み物に目を落としたまま答えてくれた。

 確かに明槻さんは、なんというか……全てを受け入れてくれそうな人だ。そう、手段を選ばずに。

 だからこそ違和感がある。


「では、なぜ……」


 ちらと明槻さんの方を見ると、何かしら書き物をしていた。耳にかかっている艶めいた髪とそれによってあらわになっている首筋にどきりとする。


 あ、目が合った。思わず固まってしまった俺に対して明槻さんはにこりと微笑んだ。


「地井さんは私からの愛を必要としていませんから。……いえ、正確には私の語る愛というものをいまいち信じていらっしゃらないようで」 


 明槻さんはそのしっとりと濡れた長いまつ毛を物憂げに伏せた。


「愛を必要としない人に無理矢理愛を押し付けるのは独善というものですから」


「明槻サンと地井サンでは信じているものが違うんだ。だからよい仲間になれる。もちろん、キミもワタシも含めてね」


 天守さんはそこでようやく顔を上げてパチリとウインクをした。


 こう言ってはなんだが、あんまりウインクは得意ではなさそうである。



***



 業務を終えた帰り道。大勢の人々に紛れて高層ビル群の隙間を縫うようにして進む。

 労働者諸賢の努力と悲哀で構成される華々しい夜景が降りかかる茫洋とした歩みの中で、俺は今日の出来事をなんとはなしに思い出していた。


 地井さんは正しさにこだわっていた。

 個人的な話になるが、俺は正しいという言葉を使うことに抵抗がある。


 なんというかイメージが悪いのだ。現代において絶対的な正しさというものは存在しない。封建制度や全体主義が幅を利かせていた頃とは違い、現代日本は個人の意思が尊重される情報化社会だ。


 そんな世界では絶対的な正しさなんてものは存在せず、個人がそれぞれ持つ価値観に沿ったふんわりとした正しさが点在するのみ。


 そんな世界でねえ……あれが正しいこれが正しいとラベル付けをするような奴なんて、他人を支配したがるマウント野郎とか、正しさを餌に人をうまく扇動しようとする小悪党くらいなもんだろう。

 



 まあ最近のラノベや漫画で勇者とか聖女といった人種はろくな奴じゃないことが多いのもそういった背景があるのではないだろうか(偏見)


 そんなひねくれた考えを隠し持っていた俺だったが、不思議と地井さんの語る正しさを嫌だとは思わなかった。


 それはなぜだろうか。




 ふと気がつくと、俺が一人で住むアパートの目の前まで来ていた。

 考え事をしていると俺の周りだけ時が加速してる気がする。あっという間に年を取りそうで怖いね。


 アパートの二階にある我が家のドアを開き、鞄を下ろしてネクタイを緩め、手を洗ってから疲れ目に目薬を指すことに失敗して、もういいやと若干片寄った弁当を食べる。


 さて、明日の仕事は俺が一人でやるらしい。愛も正義も持たない新米の俺がどこまでやれるのか、全くもって甚だ楽しみなことである。




 はあ……。





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