14. わすれもの
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ピンプとの約束の場所に向けて、俺はとにかく走り続ける。
この森の奥にある、馬車の停留所の近くの木陰だ。
崖と茂みに囲まれたそこは、周囲からの視線を遮断してくれる。
胸元までかかる大きな草の葉を平泳ぎをするかの如く必死にかき分けジャングルを進んでいく。
ぜーはーぜーはーと息をきらせて葉が俺の肌を切っていくのを我慢しながら手は止めない。
こんなに急ぐ必要は本来はない。
まだ時刻は昼の12時を回った程度。
馬車は今日の夕方に来るのだから、どれだけゆっくり移動したとて絶対に間に合う。
じゃあ、なぜここまで体を酷使し続けるのか。
それは、さっきまでの記憶を忘れ去りたかったから。
俺がニーナとユリシアにした酷いことを全てなかったことにしたかったから。
俺自身がやってしまったことから何とかして逃げるように、俺は決して足を止めなかった。
森が少し開けた場所にたどり着いた。
よし。この辺りだ。
ピンプはもう着いているのか?
「お、随分早いご到着だ。旅の少年よ。いや、今は単なる指名手配犯か。がっはっは」
そのだみ声は……。
「……ピンプ!」
ぽつんと立った木の陰からひょっこりとピンプは顔を出した。
相変わらず凄い大きさの荷積みを背負っているな。
そこから小竜のギャリーが顔を出した。
「ぴゅーぴゅいー!」
ギャリーは久々の再開を喜ぶように高らかに鳴く。
「ギャリー! 元気そうでよかった……」
ピンプは狐につままれたような顔をする。
「はいと、お前どうしたんだ?
今にも泣いちまいそうな顔して、気色わりぃな」
そう言われて、無意識だったので俺も恥ずかしさでそっぽを向く。
家族同然だった人々との隔絶。
その直後にこうして旧知の仲の人間(と竜)に会うと、変に救われたような気持ちになってしまう。
それだけ心細かったわけだ。
だが、この感情を察せられてしまうとあまりにもバツが悪い。
俺は即座に表情をコントロールし、なるべくいつも通りの感じを装うようにした。
「なんでもねぇよ。朝に食ったパンにコショーを振りすぎただけだ」
「まあなんでもいいけどよ……。匿い先だった家のお嬢ちゃんとのアバンチュールはもう終わっちまったのか? 昼間、観察していた限りだと中々にアツアツだったじゃねぇか」
「俺たちのことを見てたのかよ……」
「商売に情報収集は付き物なんでな」
ピンプはしたり顔でそう言う。
この世界にストーカー法が制定されていたら、牢屋に入ってもこいつとよろしくできただろうな。
「あの子は……もういいんだ。俺みたいなやつが彼女と深く関わると、将来を壊してしまうからな」
その言葉に嘘はなかった。
「なんとも甘酸っぱい、青春だねぇはいとぉ。だが、俺から言わせてもらえば据え膳食わぬは男の恥だと思うがなぁ……。しかし、初対面であのオスフェルの胸を揉んだ、手の早いお前がそんなこと言うなんて、変なもんでも食ったか?」
「だから! あれは呪いによるもので俺の意志ではないんだって! 一回説明しただろ?」
すると、ピンプはわざとらしく手を叩く。
「あー、そういえばそうだったか。いやいや、失敬失敬」
こいつ、わざと言ってるな……。
「その件なんだがな、お前の呪い、それを解くことができる手がかりが見つかった。サキュバスどものアジトが見つかったんだ」
「ほ、本当か!」
サキュバスのアジトがわかってこんなに喜ぶのは俺か欲求不満の男だけだな。
「一度御海原を跨ぐ必要がある場所だ。そのためにもお前は一度王都グリーンレイクに戻る必要がある。ここらで港があるのなんてそこだけでな」
「呪いと決別するには敵前を通ることは避けられないってことか」
「どっちかと言うと、世間の敵ははいと、お前だけどな」
「黙れ」
ぐうの音も出ないとはまさにこのことだ。
ピンプは不思議そうに尋ねる。
「そういえばはいと。
お前、荷物はどうしたんだ?
俺がせっかく売らずにお前に届けた装備品。
それどころか、これから村を去って一人で生き抜こうって服装には到底見えないな」
ギクッ。
ユリシア達と決別したまま飛び出してきたから、冒険の装備なんて一つも用意していなかった。
ユリシアから借りていた部屋着に手ぶらのままだ。
「ま、まあ…、最初から何も持っていなかったようなもんだし…。
ダクト!何とかしてくれ!」
「おいおい、お前、味を占めて俺に甘えようとすんな!
悪いが俺は根っからの商売人だ。
人に何かを恵むなんて死んでもごめんだね。
お前、あの時残ってた荷物も全部無くなっちまったのか?」
ダクトは呆れ返る。
「あ、あれはユリシアん家に置いていったな…」
「じゃあとってこい!! 文無しのやつ世話するほどこっちも寝ぼけちゃいねえんだ!」
「えー…、あんな赤ん坊のおもちゃ……」
そう自分で言いながら思い出した。
そうだ。
あの荷物の中にあったガラガラ一振りで大化けガエルを倒せたんだ。
単なるガラガラじゃない。
夢も希望もない俺の、唯一の力。
他の荷物にもなにか秘密があるのかもしれない。
正直これから戻るなんてユリシアのことを思うと躊躇いはあるが、そうも言ってられないか。
「わかった。ピンプ、今取りに帰る!
夕暮れまでにまたここで落ち合おう」
ピンプはこっちに手を振る。
「おう!
夕方だぞ!
絶対に間に合わせろよ!
忘れるな、お前は今指名手配の身だ!
余裕はないぞ!」
「わかってる!」
そうピンプに言い残し、俺は踵を返した。
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