五本の指の王様
昔々、何でも一人でできると自慢する王様がおりました。
立派な食事が運ばれてくると、王様は言いました。
「わしの国には、うまいものがある」
庭に花が咲くと、王様は言いました。
「わしの城は、いつ見ても美しい」
雨の日にも部屋が濡れないのは、屋根が丈夫だからでしたが、王様はそれも自分の手柄のようにうなずいておりました。
ある朝、王様は家来たちを集めました。
「この国で一番偉いのは、わしだ」
家来たちは頭を下げました。
「つまり、この国で一番何でもできるのも、わしだ」
家来たちは、頭を下げたままでおりました。
「お前たちなど、必要ない!」
王様は、まず料理人を追い出しました。
「食べ物を切って、火にかけるだけではないか」
次に、庭師を追い出しました。
「草を抜いて、水をまくだけではないか」
大工も追い出しました。
「板に釘を打つだけではないか」
兵士も追い出しました。
「門の前に立っているだけではないか」
最後に、家来たちを呼び集めた役人も追い出しました。
「もう、呼ぶ者もおらん」
城は静かになりました。
王様は玉座に座り、たいそう満足しました。
誰も給料を求めに来ません。
誰も休みを願い出ません。
誰も、屋根の修理が必要だなどと面倒なことを言いません。
昼になりました。
食事は来ませんでした。
王様は厨房へ行き、鍋に肉を入れて火にかけました。
しばらく待ちましたが、いつもの料理の匂いはしません。
そのうち、いつもとは違う煙が出ました。
肉は、上が生で、下が黒くなっておりました。
「鍋が悪い」
王様は、パンだけ食べました。
翌日は庭に出ました。
花の間から草が伸びていたので、片端から抜きました。
抜き終わると、花もずいぶん減っておりました。
「紛らわしいものを植えおって」
王様は庭に出るのをやめました。
やがて雨が降りました。
寝室の天井から、ぽたりと水が落ちてきました。
王様は寝台をずらしました。
次の雨では、ずらした先にも落ちてきました。
王様は鍋を置きました。
深皿を置きました。
最後には、王冠まで裏返して置きました。
どれも、よく水を受けました。
門は開け放したままでした。
見張るために門の前に立つと、食事が作れません。
食事を作っていると、庭に山羊が入りました。
山羊は、残っていた花を食べました。
王様は叫びました。
「なぜ、こんな簡単なことができんのだ!」
「どなたにおっしゃっているのです?」
声のした方を見ると、窓辺に小さな妖精がおりました。
「この城にいる者にだ」
「では、あなたにですね」
王様は顔を赤くしました。
「わしは王だぞ。何でも一人でできる」
「それは頼もしい」
妖精は、王様の左手にそっと触れました。
「きっと、指の先まで立派なのでしょうね」
すると、親指がぴんと立ちました。
「そのとおり。わしが一番偉い」
王様は、自分の手を見下ろしました。
人差し指が、親指を押しのけました。
「命令するのは私だ。お前は引っ込んでいろ」
中指が、ぐっと伸びました。
「一番高いところにいるのは俺だぞ」
薬指は、王様の指輪を光らせました。
「王の印をつけているのは、わたくしです」
小指は、みんなから離れるように反りました。
「そんなに偉いなら、そっちでやって。ぼくは休む」
五本の指は、好き勝手な方を向きました。
王様は驚いて、拳を握ろうとしました。
握れませんでした。
「曲がれ!」
「誰に命令しておる」
親指が言いました。
「曲がる必要などない」
人差し指が言いました。
「俺が曲がったら、一番高くなくなる」
中指が言いました。
薬指は指輪を眺め、小指は眠ったふりをしておりました。
王様は喉が渇きました。
卓の上の杯に、左手を伸ばしました。
「わしが持つ」
親指が、杯を横から押しました。
「違う。こちらへ寄せるのだ」
人差し指が、反対側から押しました。
中指は高く伸びたままで、薬指は指輪が濡れるのを嫌がりました。
小指は、何もしませんでした。
杯は倒れました。
水が卓から流れ落ち、王様の膝を濡らしました。
王様は慌てて右手で杯を起こしました。
五本の指が、素直に杯を包みました。
それを見て、左の親指が鼻で笑いました。
「一人では持てぬとは、情けない連中だ」
王様は、黙っておりました。
その晩、王様は右手だけでパンを食べました。
パンを押さえようとした左手は、パンを床へ落としました。
寝間着に着替えようとすると、人差し指が袖に引っかかりました。
親指は別の穴へ入りたがりました。
薬指は、指輪を外すくらいなら着替えなくてよいと言いました。
ようやく寝台に入ると、雨漏りが額に落ちてきました。
王様は左手で顔を覆おうとしました。
五本の指の隙間から、雨が落ちてきました。
翌朝、王様は妖精を呼びました。
「頼む! 指を元に戻してくれ!」
妖精は窓辺に現れました。
「皆さん、とても立派な指ではありませんか」
「立派でも、これでは何も持てん!」
「五本の指が協力できない手に、何ができましょう?」
王様は左手を見ました。
親指は威張っておりました。
人差し指は命令しておりました。
誰も、働いてはおりませんでした。
厨房には、焦げた鍋がありました。
庭には、花のなくなった花壇がありました。
頭の上には、穴の開いた屋根がありました。
王様は、ようやく小さな声で言いました。
「……わしも、あんなふうだったのか」
妖精は、王様の左手に触れました。
五本の指が静かになりました。
王様は、ゆっくりと杯を持ち上げました。
水を、一口飲みました。
それから、長い息を吐きました。
その日のうちに、王様は家来たちへ手紙を書きました。
戻ってきてほしい。
今度は、働きに感謝する。
もう、不要だなどとは言わない。
宛名を書き、封をしてから、手紙を届ける者も追い出したことを思い出しました。
王様は、自分で町へ出かけました。
料理人は、食堂を開いておりました。
「今は、おいしかったと言ってくださる方々に、料理をお出ししています」
庭師は、町の庭を任されておりました。
「こちらは、植えた花が咲くまで待ってくださいますので」
大工は、家を建てておりました。
「冬までの仕事が決まっております」
兵士たちは、隣の町で門を守っておりました。
王様が訪ねると、通る用事を尋ねました。
誰も、城へは戻りませんでした。
王様は一人で帰りました。
城の門を閉めました。
床にこぼれた水を拭きました。
焦げた鍋を洗いました。
翌朝、大工のところへ行き、板の当て方と釘の打ち方を教わりました。
それから、板と金槌を持って屋根へ上りました。
左手で板を押さえ、右手で金槌を握りました。
一度目は、釘が曲がりました。
王様は釘を抜いて、やり直しました。
二度目は、少しまっすぐ入りました。
褒める者はおりませんでした。
それでも、王様は次の釘を取りました。
五本の指を、仲良く動かしながら。




