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おやすみ、良い子の悪い夢  作者: 黒羊ねむり
第一幕 笑えるほど愚かな人々

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3/8

贈り物を返さない村

挿絵(By みてみん)

昔々、贈り物をすることが何より立派だとされる村がありました。


パンを焼けば、お隣へ。

りんごが実れば、お向かいへ。

手袋を編めば、通りの向こうへ。


誰かに何かをあげるたび、村人たちは言いました。


「ああ、今日はよいことをした」


けれど、その村で贈り物をするのは、なかなか難しいことでした。


「どうぞ。焼きたてのパンです」


「いえいえ。うちの卵をお持ちください」


「卵など、とんでもない。このパンを召し上がって」


「パンなどいただけません。卵をどうぞ」


二人は互いに籠を突き出したまま、いつまでも玄関先に立っておりました。


パンは冷めました。

卵の籠を持つ腕は、しびれました。


それでも、どちらも受け取りませんでした。


この村では、もらう人より、あげる人の方が立派だったからです。


誰もが、立派な方になりたいのでした。


ある日、一人の女がよい方法を思いつきました。


隣の家の玄関先に、りんごの籠を置いて帰ったのです。


これなら、断られることはありません。


女は家に帰り、満足してお茶を飲みました。


ところが夕方、扉を開けると、りんごの籠が戻っておりました。


上には、小さな紙が載っておりました。


――お気持ちだけ、いただきます。


女は、むっとしました。


翌朝、もう一度、隣の家に籠を置きました。


今度は、紙を添えました。


――お気持ちだけでは、お腹がすくでしょう。


昼には、戻ってきました。


――どうぞ、お気遣いなく。


夕方には、また届けました。


――遠慮はご無用です。


籠は何度も道を渡りました。


りんごは一つも減りませんでした。


やがて、村のあちこちで同じことが起こりました。


パンが行ったり来たりしました。

毛布が行ったり来たりしました。

大きなかぼちゃは、坂道を一日に六度も運ばれました。


村人たちは疲れ果て、村長の家に集まりました。


「これでは、仕事をする暇もありません」


「せっかくの親切を返されるのは、悲しいものです」


「まったくです」


村長は深くうなずきました。


村長の家の前にも、返された贈り物が山になっておりました。


そこで、村に新しい決まりができました。


――贈り物を、贈り主に返してはいけない。


村人たちは喜びました。


これで、安心して贈り物ができます。


翌朝から、誰もがせっせと隣人の家へ出かけました。


玄関先に籠を置き、包みを置き、箱を置きました。


「ああ、今日はよいことをした」


そして家へ戻ると、自分の玄関先に置かれた贈り物をまたいで、中へ入りました。


返してはいけません。


けれど、受け取らなければならないとは、どこにも書いてありませんでした。


籠は、置かれたままになりました。

包みも、箱も、そのままになりました。


誰かが窓から声をかけました。


「お届けしたパン、まだそこにありますよ」


すると、家の中から返事がしました。


「ええ。お気持ちは、ありがたく」


パンは雨に濡れました。


晴れると、固くなりました。


その上に、新しいパンが置かれました。


やがて、どの家の前にも贈り物が積み上がりました。


扉が開かなくなると、村人たちは窓から出入りしました。


窓の下にも積み上がると、裏口を使いました。


裏口がふさがると、梯子をかけました。


梯子も贈り物でしたが、それについては誰も何も言いませんでした。


道は、だんだん細くなりました。


荷車が通れなくなり、馬が通れなくなり、とうとう人が横向きにならなければ歩けなくなりました。


それでも、村人たちは贈り物をやめませんでした。


隣の家の贈り物が三段なら、自分は四段。

向かいの家が大きな籠なら、自分はもっと大きな箱。


「あの人は、ずいぶん気前がよい」


そう言われると、次の日には、もう一つ増えました。


ある朝、一人の子どもが家の窓から顔を出しました。


玄関は三日前から開きません。


子どもは梯子を下りると、足元の籠をのぞきました。


中には、今朝届いたばかりの丸いパンが入っておりました。


まだ、ほんのり温かいままでした。


子どもは一つ取り上げ、かじりました。


「あっ!」


向かいの家の女が叫びました。


「その子、贈り物を食べている!」


窓が次々に開きました。


屋根の上からも、顔が出ました。


「なんて欲張りな子だ」


「人のものを、そんなに嬉しそうに」


「お母さんは、何を教えているんだろう」


子どもはパンを飲み込むと、籠についた札を読みました。


「うちにくれたんじゃないの?」


「そうですよ」


向かいの女が胸を張りました。


「わたしが、あなたのおうちにあげたんです」


「ありがとう。おいしいね」


女は口を開きました。


けれど、すぐには言葉が出てきませんでした。


自分の焼いたパンを、おいしいと言われたのは久しぶりでした。


そこへ、村長が贈り物の山を乗り越えてやって来ました。


「いいかね。もらって喜ぶだけではいけない。人にあげることを覚えなくては」


子どもは、かじりかけのパンを見ました。


それから、道を埋めている籠や箱を見ました。


「でも、これ、誰ももらわないんでしょう?」


「みんな、あげる方が好きなのだ」


子どもは笑って言いました。


「だって、誰ももらってくれなかったら、誰もあげられないでしょう?」


村長は、返事をしようとしました。


足元に、赤いリボンを結んだ箱がありました。

先日、自分が届けた箱でした。


その隣にも、見覚えのある包みがありました。


村長は、口を閉じました。


向かいの女が、窓から身を乗り出しました。


「そのパン、底が少し焦げていなかった?」


子どもは裏返して見ました。


「ちょっと。でも、ここがかりかりして好き」


「そう」


女は、頬を緩めました。


「それなら、よかった」


しばらくして、どこかで籠を持ち上げる音がしました。


一人の老人が、玄関先の毛布を広げておりました。


「これは、暖かそうだ」


通りの先で、別の老人が顔を上げました。


「端を厚めに編んであるんだ。風が入らんように」


「なるほど。今夜から使わせてもらうよ」


「ああ。そうしてくれ」


その日、村のあちこちで贈り物が家の中へ運ばれました。


腐ってしまったものも、壊れてしまったものもありました。


それを片づけるときには、みんな少し黙りました。


夕方には、道の真ん中を荷車が通れるようになりました。


何日かぶりに玄関の扉が開き、村人たちは表から家に入りました。


その夜、村長は決まりを書いた板に、一行付け加えました。


――贈り物を受け取ることも、立派な行いである。


翌朝、子どもの家の扉が叩かれました。


向かいの女が、籠にパンを二つ入れて立っておりました。


「今日は、少し焼き加減を変えてみたの」


子どもは両手を差し出しました。


「ありがとう」


女は、今度こそ空になった籠を抱えて、家へ帰ってゆきました。

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