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おやすみ、良い子の悪い夢  作者: 黒羊ねむり
第一幕 笑えるほど愚かな人々

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2/8

金貨を食べる男

挿絵(By みてみん)

昔々、お金を何より愛する男がおりました。


男は毎晩、金貨を机に並べました。

十枚ずつ重ね、それを十組作り、数え終わると、もう一度最初から数えました。


一枚も増えていなくても、幸せでした。

一枚でも増えていれば、なお幸せでした。


友人から食事に誘われても、男は断りました。


食事をすれば、お金が減ります。

話をしていれば、金貨を数える時間が減ります。


そのうち、誰も誘いに来なくなりました。


おかげで、ゆっくり数えられるようになりました。


ある晩のことです。


男が金貨を磨いていると、机の端に小さな妖精が現れました。


「ずいぶん、大切にしていらっしゃるのね」


男は急いで金貨を両手で覆いました。


「やらんぞ」


「いただきに来たのではありません」


妖精は、金貨の山に腰を下ろしました。


「お金が、そんなにお好き?」


「もちろんだ。金貨は腐らん。古くなっても使える。こちらが黙っていても、退屈した顔をせん」


「なるほど」


「パンなど、食べればなくなる。あんなものに毎日金を払うとは、まったく惜しいことだ」


妖精は、にっこり笑いました。


「そんなに金貨がお好きなら、金貨だけで生きられるようにして差し上げましょう」


男は顔を輝かせました。


「それは、いくらかかる?」


「お代はいりません」


男は、ますます喜びました。


妖精は小さな指で、男の唇に触れました。


それだけでした。


翌朝、男はいつもの固いパンをかじりました。


すると、金貨の味がしました。


冷たくて、重たくて、舌の奥にいつまでも残る味でした。


男は目を閉じました。


「なるほど。これは贅沢だ」


昼に飲んだ薄いスープも、金貨の味がしました。

夕方に食べた豆も、金貨の味がしました。


塩を振っても変わりません。


男は、もう塩を買わなくてよいことを喜びました。


三日目の朝、パンをかじると、かちりと音がしました。


男は口から、小さな金貨を取り出しました。


歯の跡がついておりました。


男は、残りのパンを見ました。

まだ、ただのパンでした。


もう一口かじりました。


かちり。


また金貨が出てきました。


男は椅子から立ち上がりました。


「これはすごい!」


パン一つから、何枚もの金貨が取れました。

パン代を引いても、十分すぎるほど儲かります。


男は急いでパン屋へ行きました。


「あるだけくれ」


パン屋は驚きました。

いつもは昨日の売れ残りしか買わない男だったからです。


「今日は、お客さんでも?」


「そんなところだ」


男は両腕いっぱいにパンを抱え、家へ帰りました。


そして、一口かじっては金貨を出し、一口かじっては金貨を出しました。


昼には、皿がいっぱいになりました。

夕方には、鍋がいっぱいになりました。


夜になると、腹が鳴りました。


男は手を止めました。


そういえば、朝から何も食べておりません。


目の前のパンを口に入れました。


金貨になりました。


男は、少し考えてから、スープを温めました。


匙ですくって飲むと、口の中で小さな金貨が重なりました。


豆も駄目でした。

じゃがいもも駄目でした。


細かく刻んでも、よく煮込んでも、目をつぶって飲み込もうとしても、食べ物はみんな金貨になりました。


台所の床に、金貨が散らばりました。


男は腹を押さえて、それを拾いました。


翌日、男は肉を買いました。


こんな高いものなら、あるいは食べられるかもしれないと思ったのです。


金貨になりました。


次に、魚を買いました。

果物を買いました。

砂糖をたっぷり使った菓子も買いました。


どれも金貨になりました。


男は、食卓いっぱいの金貨を前に座りました。


これほど贅沢な食卓は、生まれて初めてでした。


これほどひもじい夕食も、生まれて初めてでした。


やがて、男は金貨を数えなくなりました。


数えると、パンを思い出すからでした。


丸い金貨は、丸いパンに見えました。

重ねた金貨は、切り分けたパンに見えました。

袋に詰めた金貨は、袋いっぱいのパンに思えました。


ある夕方、窓から焼きたてのパンの匂いが入ってきました。


男は窓を閉めました。


しばらくして、また開けました。


とうとう男は床に座り込み、泣き出しました。


「頼む。出てきてくれ」


返事はありませんでした。


「金貨をやる。好きなだけ持っていっていい」


すると、金貨の山の向こうから、妖精が顔を出しました。


「ずいぶん増えましたね」


「もう、いらん」


男は妖精に手を伸ばしました。


「頼む! 元に戻してくれ!」


妖精は、男の顔をじっと見ました。


「金貨より大切なものが見つかりましたか?」


男は何度もうなずきました。


「パンだ! 温かいパンが食べたい!」


妖精は微笑みました。


「それなら、もう大丈夫でしょう」


小さな指が、男の唇に触れました。


男はふらふらと立ち上がり、パン屋へ行きました。


閉店前の棚に、丸いパンが一つだけ残っておりました。


男はそれを両手で受け取り、その場でかじりました。


柔らかな中身がほどけました。

小麦の甘さが、口いっぱいに広がりました。

飲み込むと、温かいものが腹の底へ落ちてゆきました。


男は泣きました。


涙を流しながら、最後のひとかけらまで食べました。


パン屋は黙って、椅子を出してやりました。


男はしばらくそこに座り、空になった両手を見つめておりました。


「パンとは、ありがたいものだな」


「毎日食べるものですからね」


パン屋は答えました。


男は、ゆっくり顔を上げました。


「そうだな。毎日だ」


翌朝、男は大きな袋を持って、パン屋を訪ねました。


袋の中身を台の上に空けると、金貨が山になりました。


男は店も、窯も、小麦粉も、まとめて買い取りました。


それから、村中のパンの値段を二倍にしました。


村人たちは困りました。


「これでは、毎日買えません」


男は焼きたてのパンを棚に並べながら、深くうなずきました。


「わかります。パンが食べられないつらさは、わたしもよく知っております」


そして、代金を入れる箱を、少し大きなものに取り替えました。

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