山に王冠をかぶせた男
昔々、世界で一番偉くなりたい男がおりました。
男は、誰かに頭を下げるのが大嫌いでした。
けれど、誰かが自分に頭を下げるのは大好きでした。
そこで、毎日せっせと頭を下げて、村長になりました。
村長になると、村の者が頭を下げてくれました。
けれど、領主には頭を下げなければなりません。
そこで、もっと深く頭を下げて、領主になりました。
領主になると、村長たちが頭を下げてくれました。
けれど、王様には頭を下げなければなりません。
そこで、額が床につくほど頭を下げて、王様の娘と結婚しました。
やがて、年老いた王様が亡くなると、男はとうとう王様になりました。
「これで、もう頭を下げずにすむ」
王様は、たいそう喜びました。
さっそく国で一番高い丘に、国で一番高い城を建てさせました。
その一番高い部屋に、足の届かないほど高い椅子を置かせました。
王様が椅子に座ると、大臣たちの頭はずいぶん下に見えました。
村長も、領主も、王妃様も、みんな下におりました。
王様は満足して、窓の外を眺めました。
すると、山がありました。
城よりも高く。
椅子よりも高く。
王様の王冠より、はるかに高く。
白い雪をいただいて、こちらを見下ろしているようでした。
「なんだ、あれは」
「山でございます」
大臣が答えました。
「そんなことは見ればわかる。なぜ、わしより高い」
大臣は困りました。
山が高い理由については、これまで考えたことがなかったからです。
「昔から、あの高さでございます」
「では、昔から間違っておったのだ」
王様は、山に頭を下げさせるよう命じました。
使いの者が山へ登り、大きな声で命令を伝えました。
返事はありませんでした。
三日待っても、七日待っても、山は頭を下げません。
使いの者は城へ戻り、代わりに自分が何度も頭を下げました。
「無礼な山め」
王様は、窓に厚い幕をかけさせました。
これで山は見えなくなりました。
けれど、見えないところでまだ高くしていると思うと、前より腹が立ちました。
ある晩、王様は寝床の中で、たいへんよいことを思いつきました。
翌朝、国じゅうの職人が城に集められました。
「山にかぶせる王冠を作れ」
職人たちは、顔を見合わせました。
「山に、でございますか」
「わしが王冠を授けるのだ。そうすれば、あの山もわしの家来になる」
王様は、自分の賢さにうっとりしました。
国じゅうから鉄が集められました。
足りなくなると、鍋や鋤や門の金具も集められました。
それを大きな輪につなぎ、尖った飾りを取りつけ、上から金を薄く延ばして貼りました。
遠くから見れば、立派な金の王冠でした。
近くで見る者は、職人だけでした。
秋が過ぎ、冬になっても、仕事は続きました。
大勢の人が綱を引き、山の上へ材料を運びました。
王様は暖かな部屋からそれを眺めて、
「もう少し右だ」
と言いました。
やがて、雪に覆われた頂に、巨大な王冠が据えられました。
朝日を受けて、きらきらと輝いておりました。
王様は、国じゅうにお触れを出しました。
――山は、わが家来となった。
お祝いの日には、ごちそうが振る舞われました。
鍋を取り上げられた家の者も、その日は温かな汁を飲むことができました。
「どうだ。わしに仕える気分は」
王様が窓から呼びかけても、山は何も答えませんでした。
「言葉も出ぬほど、ありがたいらしい」
王様は大きくうなずきました。
その冬、王様は山を客に見せるのが何よりの楽しみでした。
「あれが、わしの山だ」
客たちは王冠を見上げ、それから王様に頭を下げました。
王様は、その順番も気に入りました。
やがて、春が来ました。
山の雪が解けはじめました。
細い水の筋がいくつも生まれ、石の間を抜け、土を濡らし、谷へ流れてゆきました。
王冠を支えていた雪も、小さくなってゆきました。
ある朝、山仕事の老人が城へやって来ました。
「王様。頂の王冠が傾いております」
王様は窓辺へ行きました。
なるほど、昨日より少し傾いているようでした。
「ようやく頭を下げる気になったか」
「下の雪が解けておるのです。このままでは、落ちてまいります」
王様は老人を振り返りました。
「王から授かったものを、勝手に脱ぐ家来がおるか」
老人は、それ以上何も言いませんでした。
深く頭を下げると、城を出て、山の見えない村へ向かいました。
昼になる頃、王冠はもう一度傾きました。
王様は、大臣たちを窓辺に呼び集めました。
「見よ。山がわしに礼をするぞ」
そのとき、頂で何かが光りました。
巨大な王冠が、ゆっくりと浮き上がりました。
一度、跳ねました。
二度、跳ねました。
それから横倒しになり、山の斜面を転がりはじめました。
木を折り、岩を砕き、金色の輪は勢いを増してゆきました。
大臣たちは逃げました。
召使いたちも逃げました。
王様だけは、窓辺で足を踏み鳴らしておりました。
「止まれ! わしの命令だ!」
けれど王冠には、耳がありませんでした。
王冠は谷を越え、丘を駆け上がり、国で一番高い城にぶつかりました。
国で一番高い塔が折れました。
一番高い部屋が潰れました。
足の届かないほど高い椅子も、その上の王様も、みんな一緒にぺしゃんこになりました。
土煙が収まると、城のあった場所に、巨大な王冠だけが残っておりました。
それは王様が望んだとおり、王様の頭の上にありました。
遠くで、雪解け水が流れておりました。
山は何事もなかったように、変わらず高くそびえておりました。




