↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者パーティーの回復術師、平和な世界で壊れてゆく~仲間の傷を未来の自分に預けていたら、真実を知った仲間が曇った~  作者: さかいかさ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/7

2「エステル」

2


 エステル。懐かしい名だ。


 最後に会ったのは魔王討伐の式典の数日後。王都で別れて以来、彼女からの手紙は二度目だった。


 一度目は、魔王討伐から一年後。


 近況を知らせる手紙だった。彼女は勇者として王都に残り、魔王なき世界を立て直ため平和の象徴として各地を回っている。

 忙しいが私たちが勝ち取ったものを見られて充実してる、と書かれていた。


 俺は簡単な近況報告だけを短く書いた気がする。改まって手紙を書くとなると、なにを書けばいいのかわからなかった。


 その時以来の手紙だ。


 俺は家に入り居間ではなく寝室の机に腰を下ろした。寝室にした理由はとくにない。なんとなくだ。


 封筒を開けると中には一枚の便箋が入っていた。


『アレンへ。


 お元気ですか。私は元気です。

 突然の手紙でごめんなさい。


 さっそくですがこの度王都では、魔王討伐三周年の記念式典を行う運びとなりました。あなたにもぜひ出席してほしいという声が上がっています。


 もちろん、無理にとは言いません。


 けれど私個人としては、あなたに会いたいです。


 あれから三年が経ちました。世界は少しずつ、本当に平和になっています。

 子供たちは夜を怖がらずに眠れるようになり、街道には商隊が戻り、北の砦の兵士たちが畑を作り始めたそうです。


 全部、あなたがいてくれたからです。

 あなたがいなければ、私は魔王城の門にたどり着くこともできませんでした。


 もし少しでも時間があるなら、王都に来てください。

 式典でなくても構いません。人の少ない場所で、少し話ができればそれでも。


 私はあなたにちゃんとお礼を言えていない気がしています。


 あなたに会いたいです。

 お返事、お待ちしています。


                                エステル』


 読み終えて便箋を机に置いた。白い紙に窓から差し込む夕暮れの光が長く伸びている。風が吹き庭の薬草のにおいを運んでくる。……ちょっと枯れた匂いがする。


 エステル——王都に行けば彼女に会える。


 彼女だけじゃない。旅をともにした仲間たちも集まるだろう。


 机に置いた白の便箋を眺めていた。丁寧な文字。上質な紙には端に朱色の縁飾りが入っていて、その色が彼女の髪を思い出させた。


 返事を書かなければならない、と引き出しから紙を取り出した。


 ただ改めて書くとなるとなにを書けばいいか、やっぱりわからない。


 ひとまずペンを取ろうと手を伸ばす。右手を伸ばしかけて手を止めた。

 手のひらを見つめてゆっくり握る。開く、握る、開く。


 動いた。痺れも震えもない。見た目にも問題ない。昼間、カゴを落としたことが嘘だったように自然に動いた。


 余計、気味が悪い。


 完全に壊れてくれれば、諦めもつく。けれどそうではない。動く。動いてしまう。だからまだ大丈夫だと思いたくなる。


 現実から目を背ける理由が、増えていく。


 再度、右手をペンへ伸ばした。一瞬の遅れがあった気がしたが、何事もなくペンを掴めた。


『エステルへ


 お久しぶりです。

 手紙ありがとう。』


 そこまでは書けて、次が続かなかった。


 こっちも元気にやっている——そう書こうとして、手が止まる。


 嘘ではない。少なくともそう答えるぐらいの元気はある。


 診療所を開けることもできるし、子供の擦り傷を治すこともできる。畑仕事で痛めた腰を診ることだってできる。


 けれど昼間、右腕はカゴを支えられなかった。


 俺は一度ペンを置いて、エステルの手紙を読み返す。


『全部、あなたがいてくれたからです』


 違う。全部、君たちがいたからだ。勇者が前に出た。剣聖が道を開いた。賢者が術を組み上げ、聖女が祈り、大盾が俺たちを守った。


 俺はその背中を見つめて——ただ、傷を治していただけだ。


 そう書けばよかった。けれど書けなかった。それもまた嘘だったから。


 治していただけではない。治すたびに誇らしかった。誰かが俺を呼ぶたび、胸が熱くなった。


『アレン』——仲間が俺の名を呼ぶ声を、俺は今でも覚えている。


◇ ◇ ◇


 北の山脈は、一面が白だった。吹雪の中で俺たちは初めて魔王軍の幹部と相対した。


 黒い四本の腕がそれぞれ異なった形の刃を振るうたび、雪と血が同じように舞う。その戦いでエステルは右腕を失いかけた。


 エステルは誰よりも前に出た。いつもそうだった。


 彼女は怖がらないわけではない。旅に出て初めての戦闘の後、治療しようと掴んだ彼女の手は震えていた。


 痛みを知らないわけでもない。森の鋭い葉で指先を切ったときには、涙を見せていた。ただそれでも前に出る。そんな少女だった。


 俺はそんな彼女の背中を、何度も見ていた。


 敵の攻撃は鎧すらも斬り裂く。それでもエステルは聖剣を握りしめ果敢に踏み込んだ。


 それは鎌が振り下ろされた瞬間だった。剣聖が叫んだ。大盾の彼が走った。けれど、間に合わなかった。


 鎌がエステルの鎧を貫いて、右腕に大きな裂傷をつくった。鮮血が一面の白を赤く染める。彼女の聖剣が手から落ち、雪に鈍い音を立てて突き刺さる。


「エステルッ!」


 誰の声だったのか分からない。俺だったかもしれない。


 エステルは倒れなかった。倒れず、左手で剣を拾おうとした。


「……まだ、戦える」


 彼女が絞り出したその言葉は苦痛を押し殺していた。無理だ。右腕は垂れさがっている。血が止まらない。刃に呪いが乗っている。


 普通の治癒では足りない。止血だけでは間に合わない。


 分かっていた。


 そのときの俺は、まだ確信があったわけではない。ただ、嫌な予感はあった。


 これを治せば、自分に何かが返ってくるかもしれない。そんな考えが、頭の隅をかすめた。


「——っ!」


 それでも俺は走りだした。


「下げろ!」


 俺が叫び駆け出すと、仲間たちが前に出て陣形を組み替える。大盾の彼が敵の射線を切り、剣聖がエステルを引きずるように後ろへ下げた。俺はその陰へ滑り込んだ。


「エステル、腕を」

「……アレン」


 彼女が俺を見上げる顔は青ざめていたのに、目だけはまっすぐだった。


「ごめん。お願い」


 その声はひどく静かだった。


 俺は彼女の右腕に両手をかざし、魔力を流し込む。傷を塞ぐ。肉をつなぐ。骨を戻す。呪いを押し返す。


 治れ。

 治れ。

 治れ。


 勇者を立たせるのが、正義の魔法使いだ。


 光があふれ、徐々にエステルの腕がつながっていく。裂けた筋肉が戻り、血が止まり、血色が戻っていく。


「ありがとう」


 そう言って笑ったエステルは聖剣を握りしめ、再び敵に向かっていった。


 あの時、俺は本当に救われた気がした。彼女の腕が戻ったからではない。彼女がまた前に進めるようになったからでもない。


 俺の魔法が、勇者を立たせたからだ。


「アレンがいてくれるなら、私はまだ立てる」


 その言葉がどれほど嬉しかったのか。


 俺はいまでも思い出してしまう。


 いまでも彼女の腕を治したことを後悔していない。


◇ ◇ ◇


 気づけば部屋は闇に包まれていた。右手の中でペンが少し曲がっていた。どうやら強く握りすぎていたらしい。


 窓の外では星が瞬いていた。この村は王都よりも星が綺麗に見える。部屋に明かりを灯し、もう一度机に向かった。


『エステルへ。


 お久しぶりです。手紙ありがとう。


 魔王討伐記念式典へのお誘い、とても光栄に思います。


 ですが、今回は欠席させてください。


 村の診療所を離れることが難しく、また、長旅に耐えられるかも分かりません。

 せっかく声をかけていただいたのに、申し訳ありません。


 世界が平和になっていることを、遠くから嬉しく思っています。

 どうかお身体に気をつけて——』


 そこまで書いて、俺は止まった。


 まともな文章で失礼ではない。嘘も少ない。村の診療所を離れづらいのは本当だ。長旅に耐えられるか分からないのも本当だ。


 けれど、一番大事なことが書かれていなかった。


 会いたい。


 その一言だけが、どこにもなかった。


 俺は便箋を見つめた。右手で書いた文字はいつも通りの形をしている。エステルに比べたら汚い字だが、読めないほどではない。


 この返事を出せばいい。王都には行かなくていい。そうすればエステルに右腕を見られずに済む。


 それでいいはずだった。


 いつかのエステルの声が蘇ってきた。


『怖くないよ。アレンが後ろにいてくれるから』


 その瞬間、俺は便箋を破っていた。一度破ると止まらない。細かく、細かく、読めなくなるまで破った。部屋に紙くずが舞った。


 新しい便箋を出すと、今度は右手ではなく左手でペンを持った。慣れないせいで、インクが少しにじんでしまった。


『行きます』


 たった一言。子供の書き取りのようで、ひどく歪んだ文字だった。けれど嘘ではなかった。俺はその一行を見つめて、しばらく動けなかった。


 今なら、まだ会える。


 見ないふりをしている。


 見ないふりができなくなる前に。


 仲間に会いたい。


 会って、なにを話すのかは分からない。けれど会わないまま終わることだけは、できなかった。


 封筒に便箋を入れ、宛名を書こうとしてもう一度だけ右手を見た。


 握って開く。動いた。


 だから俺は、まだ大丈夫だと思うことにした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。