第三十六話 七人の首長
目隠しをされたまま。馬車。船。また馬車。どれだけ移動したのか分からない。
ようやく目隠しを外された時、三人は冷たい大理石の床にひざまずいていた。
目の前には、七人の男。
絹をまとった男。
日に焼けた肌の男。
厚い毛皮を肩に掛けた男。
首から貝殻を下げた男。
服装も、雰囲気も、まるで違う。
「七人の首長……」
ミラの顔が青ざめた。
「何それ?」
「ダルカを治めてる人たち」
広大なダルカは七つの地域に分かれ、それぞれの首長が治めている。国全体の重要な決定は、七人の投票で決まる。複数の案が出された場合は、最も票を集めた案が採用される仕組みだった。
その全員が、目の前にいた。
「なぜ、お前たちはダルカへ来た?」
中央の男が尋ねた。
田園地帯を治める首長、ラージャだ。
「私たちは、ただの旅人だ」
スカラが答える。
「なるほど」
ラージャは、にやりと笑った。
「では旅人よ。一つ質問しよう。この広い国を治めるために、最も重要なものは何だと思う?」
「……なぜそんなことを聞く?」
「正解は」
ラージャは答えた。
「情報だ」
バサバサッ!
窓から一羽の鳩が飛び込んできて、ラージャの腕に止まる。
足には、小さな紙。
「伝書鳩?」
スカラが呟いた。
「何それ?」
ミラが聞く。
「鳩が自分の巣へ帰る習性を利用して、遠くから手紙を運ぶんだ」
ラージャは紙を開いた。
「我々は、国の隅々から情報を集める。もちろん、隣国からもだ」
紙に目を落とす。
「例えば――」
少し笑った。
「スカラとアルス」
二人の身体が固まった。
「名前……バレてる!」
「シェンクゥにいる我々の仲間から報告が来ている」
ラージャの目が鋭くなった。
「お前たちが、あの国を軍事化させた張本人だとな」
七人の首長が一斉に騒ぎ始めた。
「密偵か!」
「殺せ!」
「いや、人質に使える!」
「鉄の筒を作らせろ!」
スカラの目が細くなる。
「……銃の存在まで知っているのか」
アルスが青ざめた。
「これ、多数決で決まるんだよね?」
「ああ」
「まずくない?」
「かなり」
ラージャが手を上げた。
騒ぎが止まる。
「もう一度聞こう。本当の目的は何だ?」
スカラは息を吐いた。
「シェンクゥへの食糧輸出が減った理由を調べに来た」
首長たちの表情が変わる。
「このままでは、近いうちに戦争が始まる」
「戦争!?」
「シェンクゥが攻めてくるのか!」
「兵の数ならこちらが上だ!先に攻め込め!」
再び怒号が飛び交った。
だが、ラージャだけは冷静だった。
「シェンクゥの鉄の筒。その威力は?」
「大砲なら、離れた建物も森も破壊できる」
ざわめきが止まった。
「こちらが刀と槍だけなら、数で勝っていても難しい。国境からここまで、一か月もかからないだろう」
「一か月もてばいい!」
毛皮をまとった山岳地帯の首長が言った。
「雪解けで川が増水すれば、陸路からは攻め込めまい!」
「船がある」
スカラが答えた。
「大砲を積んだ軍船も」
再び沈黙。
今度は、貝殻を下げた海岸地域の首長が青ざめた。
ラージャが口を開く。
「何より、我々の民も飢えている。戦争を始めれば、敵より先に自分たちが倒れるでしょうな」
「では黙ってやられろと言うのか!」
「違う」
スカラの声が響いた。
視線が集まる。
「戦争の原因は食料だ。両国の食料問題を解決できれば、争う理由はなくなる」
乾燥地帯の首長が身を乗り出す。
「では、お嬢さん」
期待するような目だった。
「この干ばつを止める方法を知っているのか?」
アルスもスカラを見る。
「スカラ……」
小声で尋ねた。
「あるんだよね?オオカミ岩やヤナの村みたいに、知識で何とか――」
七人の首長。
アルス。
ミラ。
全員が自分を見ている。
スカラは少しだけ目を伏せた。
「……ない」
「え?」
「雨を降らせる方法は、私にはない」
アルスの表情が止まった。
「干ばつそのものを、知識で消すことはできない」
広間が静まり返る。
やがて。
「ふざけるな!」
「なら何をしに来た!」
怒号が飛ぶ。
「だが」
スカラは顔を上げた。
「干ばつを止められないことと、干ばつの中で生きられないことは、同じじゃない」
怒号が止まった。
「人間は、雨の少ない土地でも生きてきた」
川を使った。地下水を使った。雨を貯めた。作物を変えた。
「自然を思い通りにする知識はなくても、自然の中で生き延びる知識なら、何千年分もある」
スカラは七人を見た。
「その中に、この国を救う方法があるかもしれない」
ラージャが目を細める。
「希望ということか。随分と曖昧だな」
「当然だ」
スカラは答えた。
「相手は自然だからな」
「自然?」
「山、川、森、太陽、生き物……あなたたちが神と呼ぶものだ」
ラージャは少し笑った。
「なるほど。神々との対話か」
「ああ」
スカラは続けた。
「大河を水源まで遡る許可が欲しい」
アルスが振り向く。
「水源まで?」
「水がどこから来て、どこで失われているのかを確かめる。そこに解決の糸口があるかもしれない」
そして。
「シェンクゥ王にも示す。この国を奪ったところで、食料問題は解決しないという証拠を」
首長たちが顔を見合わせた。
しばらく話し合いが続くと、やがてラージャが立ち上がった。
「では皆さん!」
一本、指を立てる。
「彼らに託すか」
二本。
「監禁するか」
三本。
「それとも、生かして帰さないか」
アルスの顔が引きつった。
「最後の選択肢いる!?」
「多数決だ」
手が上がる。
一人。
二人。
三人。
別の選択肢へ二人。
さらに二人。
ラージャが数えた。
「三対二対二。彼らに託す」
「よかったぁ……」
アルスは胸を撫で下ろした。
そして、気づく。
「待って。殺すに二人入れてる!?怖すぎる!」
ラージャは笑った。
だが、スカラはその男を見つめていた。
「……なるほど」
「何?」
「最初から三択にしたのは、そのためか」
「どういうこと?」
「二択なら反対票が集まる。三択にして割ったんだ。先ほどの会話も含めて、票を誘導した」
ラージャと目が合う。
スカラは小さく笑った。
「……やるな」
ラージャも、ほんの少し笑った。
「調査には一か月欲しい」
スカラが告げた。
「一か月か」
「その間、侵攻を遅らせられるか?」
「約束はできん。だが、時間は稼ごう」
ラージャは頷いた。
「ほかに必要なものは?」
「大河の水源までの地図が欲しい」
その瞬間、七人の首長が黙った。
「……?」
山岳地帯の首長が口を開く。
「地図は、途中までしかない」
「途中?」
「ああ」
男は北を見た。
「白い山々の麓から先は、我々にも分からん」
アルスが首を傾げる。
「なんで?」
少しの沈黙。
「帰ってきた者が、ほとんどいないからだ」
「……え?」
ラージャが告げた。
「地図はなくとも一か月。それまでに希望を見つけてこい」
アルスが尋ねる。
「もし、見つからなかったら?」
ラージャは東を向いた。シェンクゥの方角。
「その時は――」
一拍。
「戦争だ」
ラージャは兵士を呼んだ。
「国境の橋を落とせ。主要道には塹壕を掘れ。近くの村人は避難させよ」
海岸地域の首長が尋ねる。
「船は?」
「港へ見張りを置く。敵船を見つけても不用意に交戦するな。知らせは鳩で送れ」
兵士たちが一斉に動き出した。
スカラはラージャを見た。
「判断が早いな」
「一か月後に国があるかどうかの話ですからな」
ラージャは、初めて笑みを消した。
「こちらの状況も、伝書鳩で知らせる。頼んだぞ」
***
宮殿を出ると、目の前には一本の大河が流れていた。
その遥か先。霞の向こうに、白い山々が浮かんでいる。
「……あそこまで行くの?」
「そうだ」
スカラは答えた。
地図があるのは途中まで。その先に何があるのか、誰も知らない。
水はどこから来るのか。
どこで失われているのか。
なぜ、この豊かな大地から水が消え始めたのか。
答えがあるかどうかさえ分からない。
それでも、行かなければ何も分からない。
「……行こう」
スカラが歩き出した。
目の前の大河は、一本道のように、まだ誰も知らない白い山々へ続いていた。




