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第三十二話 国境へ

ドロロロロロ――!


地下室が震えた。


「何をしている!」


兵士たちは銃を向ける。


スカラは前を向く。


「行くぞ」


「行くってこのまま?」


目の前には、荷物を運び出すための大きな扉。


「扉、閉まってるよ」


「見れば分かる」


「……え?」


スカラは、持ち手を握り直した。


「壊す」


「えぇぇぇぇ!?」


ドロロロロロ!!ブーーン!


鉄の馬が動き出す。


「待って待って待って!」


「つかまれ!」


ドガァン!!


古い木の扉が弾け飛んだ。


「うわぁぁぁぁ!」


二人を乗せたバイクが、夜のシェンクゥへ飛び出した。


「止まれ!」


「逃がすな!」


兵士たちの怒号が響いた。


だが、スカラは止まらない。


ブォォォォン!


建物の列が、一瞬で後ろへ流れていく。


風が顔を叩く。


金色の髪が、アルスの視界いっぱいに舞った。


「ちょっと!」


「何?」


「これ、本当に安全なの!?」


「理論上は」


「それ一番嫌いな言葉!」


角を曲がる。


目の前に荷車。


「うわっ!」


スカラが車体を傾けた。


タイヤが石畳を掴み、荷車の横をすり抜ける。


「死ぬ!」


「生きてる」


「結果論!」


背後から馬の蹄が響く。


兵士たちが追ってきていた。


「止まれ!」


「追ってきた!」


「当然だね」


「何でそんなに落ち着いてるの!?」


スカラは、次の角を曲がった。


その時だった。


チリッ。


腕に、微かな刺激が走った。


「……?」


一本。


二本。


淡い光の輪が浮かぶ。


スカラは目を見開いた。


何も操作していない。それなのに、腕輪が勝手に反応している。


「……また?」


「何が!?」


「接続要求だ」


「せつぞく?」


「……向こうから、私の端末を呼んでいる」


スカラの脳裏に、塔の最上階が浮かんだ。


あの顔認証装置。

何百年も前の職員の記録。

扉を開いた時、端末に表示された保守情報。


あの時から、何かが変わったのだろうか。


考える間もなく、目の前に光の枠が現れた。


「うわっ!」


アルスが目を丸くする。


光の中へ、複雑な線が広がっていく。


建物。路地。坂道。地下通路。


「……地図?」


「旧文明の都市情報だ」


スカラが答えた。


その瞬間、光が大きく揺れた。


「……?」


地図の上に、見覚えのない景色が重なった。


崩れた塔にガラスが戻り、暗い港に無数の船の灯りがともった。


廃墟だった通りを、光る車の列が川のように流れていく。


山の斜面まで続く高層建築。その窓という窓に、明かりが輝いていた。


「……うわ」


アルスが息を呑んだ。


ほんの一瞬。


廃墟ではなく、光に満ちた巨大な都市がそこにあった。


「……これが」


アルスが呟く。


「旧文明時代の、シェンクゥ……?」


次の瞬間、光景は消えた。


ひび割れた壁。錆びた鉄骨。黒煙を吐く工場。すべてが元に戻っていた。


スカラは、光の枠を見つめた。


「……都市の記録映像か」


「すごい街だったんだね……」


アルスが言った。


だが、スカラは答えなかった。


地図を要求した覚えはない。


まして街の記録など、だれがなぜ今になって見せたのだろう。


「……スカラ!」


アルスの声で我に返った。


目の前に、兵士たちが並んでいる。


「止まれ!」


スカラは車体を傾けた。


「右へ!」


バイクが急旋回する。


だが、光の地図が示した道の先には、巨大な壁があった。


「うわぁっ!」


キィィィッ!


急ブレーキ。


壁の手前で、どうにか止まる。


「……ぶつかるかと思った!」


「すまない。昔の地図だから、建物の配置が変わっているらしい」


「えぇ!?それ、信じて大丈夫!?」


背後から兵士の足音が近づいてくる。


「いたぞ!」


「囲め!」


アルスは左右を見回した。


左には工場。


右には、崩れた建物。


背後には兵士。


「……どうするの!?」


スカラが地図を調べる。


「昔の道は、ここで続いているはずだけど……」


「待って!」


アルスが声を上げた。


「この先って、フォンの工房じゃない!?」


「……工房?」


「あそこなら、裏から出られる!」


スカラは、アルスの指さす方向を見た。


「分かった」


「行こう!」


バイクが工房へ飛び込んだ。


「何だ!?」


夜番の職人が驚いて飛び退く。


アルスは、回り続けるゴムの帯を見た。


荷物を運ぶために、フォンたちと作った機械。


「スカラ!あっち!」


「……?」


「いいから!」


バイクを降りたアルスは、積み上げられた鉄材を動く帯の上へ載せ始めた。


「何してる!?」


「フォンたちと作ったやつ!」


ガラガラガラ!


鉄材が次々と運ばれていく。


やがて、工房へ飛び込んできた兵士たちの前で、荷物が大きく崩れた。


「うわっ!」


「道を塞ぐな!」


アルスが叫ぶ。


「今!」


スカラがバイクを走らせる。


二人は反対側の出口へ飛び出した。


背後で兵士たちが怒鳴っている。


アルスは振り返った。


「やった!」


スカラが少しだけ笑った。


「やるね、アルス」


「一年もこの街にいたんだよ!」


二人は笑った。


だが。


ドォン!!


前方で、地面が弾けた。


「うわっ!」


スカラが急ブレーキをかける。


道の真ん中に、黒い穴が開いていた。


煙の向こうから、兵士たちが現れる。


一人。


二人。


十人。


左右の路地からも、松明の灯りが近づいてきた。


「……囲まれた」


アルスが呟いた。


そして。


兵士の列が、ゆっくりと左右へ分かれた。


その奥から現れたのは、王だった。


「そこまでだ」


発動機が低く唸っている。


ドッドッドッドッ――。


王は、バイクに跨がる二人を見た。


「……見事な乗り物だな」


スカラは答えない。


「そなたが逃げ出す可能性くらい、考えていた」


「……王自ら待ち伏せとはね」


「それほど、そなたたちは重要なのだ」


王は、ゆっくりと近づいた。


「なぜだ」


スカラが顔を上げる。


「私はそなたたちへ富を与えた。屋敷も、地位も、望めば一生何不自由なく暮らせた」


王の声が響く。


「それなのに、何が不満なのだ?」


スカラは王を見た。


「鳥かごの中での富と栄誉には、興味がない」


王の眉が動く。


「間もなく戦争が始まる。今ダルカへ行けば、戦火に巻き込まれるだけだぞ」


「だからこそ、行くんだ」


スカラは答えた。


「シェンクゥとダルカは、鉄と米を補い合ってきた。どちらか一方だけでは、今の暮らしは成り立たない」


「……」


「互いに必要なものを持っているのに、奪い合ってどうする?」


王は、しばらく黙っていた。


「私だって、ダルカが憎いわけではない」


静かに言う。


「国民を食わせるだけの米があるなら、軍など動かしたくはない」


アルスが顔を上げた。


「じゃあ、食料さえあれば?」


「ああ」


王は頷いた。


「だが、旅人であるそなたは、食料がなくなれば次の土地へ行けるかもしれん」


王は背後の街を見た。


「私たちは違う」


赤い灯り。


煙を吐く工場。


数えきれないほどの家々。


「ここにいる何万という人間を連れて、どこへ行けというのだ?」


アルスは何も言えなかった。


王は、今度は少年を見た。


「アルス」


「……」


「そなたの本心はどうなのだ?」


アルスの肩が動いた。


「ここに留まれば、何不自由ない暮らしがある。コタへの渡航も認めよう」


「……」


「それでも、この者について行くのか?」


アルスはスカラを見た。


スカラも、アルスを見た。


一瞬、目が合った。


そして、スカラが口を開く。


「王の言う通りだ」


「……え?」


アルスが固まった。


「これは、私の旅だ」


スカラは、前を向いたまま続けた。


「アルスが無理に付き合う必要はない」


「……」


「ここで降りてもいい。アグレオやヤナを悲しませる前に」


アルスは、スカラの背中を見つめた。


コタを出てから、ずっとこの背中を追いかけてきた。


オオカミ岩も、山向こうの村も、吠える海域も。


最初は、知らない世界が見たかった。それだけだった。


だが、今は違う。


父・アグレオの顔が浮かんだ。


――絶対、生きて帰ってこい。


ヤナの笑顔。


――私、応援する。


そして、フォン。


――お別れだ。


アルスは、拳を握った。


怖い。


本当は、今だって逃げ出したい。


家へ帰れば、アグレオがいる。コタの海も、ヤナもいる。


だが。


フォンは、このまま戦争へ行ってしまう。シェンクゥの人々は飢えている。ダルカで何が起きているのか、誰も知らない。


アルスは、スカラの腰へ腕を回した。


強く。


「……ふざけるな」


スカラの目が動く。


「降りるわけないだろ!」


アルスは声を張った。


「俺だって、行きたいんだ!」


王が眉をひそめる。


「少年……」


アルスは、スカラを見た。


「俺はもう、ただついてきてるんじゃない!」


そして、笑った。


「これは――」


大きく息を吸う。


「俺たちの旅だ!!」


スカラは、しばらく何も言わなかった。


やがて、ほんの少し微笑んだ。


「……そうか」


アルスの腕へ、自分の手を重ねる。


「それなら」


前を向く。


「しっかりつかまっていてくれ」


ドロロロロロ――!


発動機の唸りが大きくなった。


「撃て!」


王の命令とともに、兵士たちが銃を構える。


アルスが身を縮めた。


「……どうするの!?」


スカラは光の地図を見た。


昔のシェンクゥ。


失われた道路。


地下の通路。


その片隅に、小さな文字が浮かんでいた。


『非常時避難経路』


「……?」


スカラは目を細めた。


この表示も、自分で呼び出した覚えはない。


地図には、街の外へ続く一本の線が示されていた。


だが、そこは崩れた建物が密集する地区。


今の地図には道などない。


「……スカラ?」


「アルス」


スカラは、光の線を指さした。


「この先に何がある?」


アルスは覗き込んだ。


「……あ!」


声を上げる。


「あそこ、古い排水路がある!」


「排水路?」


「フォンと資材を運んだ時に見つけたんだ! 途中は崩れてるけど、山の方へ続いてた!」


スカラは地図を見た。


古い避難経路と、アルスが知っている排水路。


二つが、同じ方向へ伸びている。


「……行ってみよう」


「でも、あそこまで兵士が!」


「なら、振り切る」


スカラは持ち手を握り直した。


ブォォォォン!


車体が動き出す。


「撃て!」


パン! パン!


銃声が響いた。


石畳に弾が跳ねる。


「うわぁぁ!」


アルスが頭を伏せた。


スカラは、兵士の列が途切れた細い路地へ車体を向けた。


「つかまれ!」


「つかまってる!」


バイクが一気に加速する。


「止まれ!」


兵士たちが叫ぶ。


だが、狭い路地へ馬は入りづらい。


二人は建物の間を抜け、崩れた廃墟の裏へ飛び出した。


その先には、古い石の水路があった。


「……ここだ!」


アルスが叫ぶ。


「この奥!」


スカラは、半分崩れた入口を見た。


狭い。


だが、人とバイクが通れる幅は残っている。


「頭を下げろ!」


「えっ!?」


バイクが水路へ飛び込んだ。


ゴゴゴゴゴ――!


車輪が、濡れた石の上を跳ねる。


天井すれすれに鉄骨が迫る。


「うわっ!」


アルスは身体を伏せた。


背後から兵士の声が響く。


「追え!」


「狭くて馬が入れません!」


二人は暗い水路を走り抜けた。


出口の向こうに、月明かりが見える。


「……見えた!」


アルスが叫ぶ。


バイクが外へ飛び出す。


そこは、シェンクゥの外れにある山道だった。


背後には、遠くなった街の灯り。


目の前には、暗い山々が連なっている。


「……やった!」


アルスが笑う。


「抜けた!」


だが、その時。


ドォォン!!


背後から轟音が響いた。


山肌の木々が、大きく揺れる。


「……え?」


アルスが振り返る。


遠くの見張り台から、白い煙が上がっていた。


「……大砲?」


スカラは、山道の先を見た。


「急ごう」


「うん!」


月明かりの下。鉄の馬は、細い山道を駆け上がっていく。


岩。


木の根。


崩れた石段。


車輪が跳ねるたび、アルスは必死にスカラへしがみつく。


「ちょっと! 揺れすぎ!」


「道が悪いんだ」


「それは見れば分かる!」


背後から、兵士たちの声が近づいてくる。


「いたぞ!」


「追え!」


「しつこいな!」


アルスが叫んだ。


スカラは前を見た。


「もう少しだ」


「何が!?」


「国境」


やがて、森が途切れた。


月明かりが、一気に広がる。


「……うわ」


アルスが息を呑んだ。


眼下には、大きな川。


黒い水面が、山と山の間を流れている。


対岸には、見知らぬ土地が広がっていた。


「あれが……」


「ダルカだ」


スカラが答えた。


だが、橋はなかった。


上流にも。


下流にも。


「……どうやって渡るの?」


アルスが尋ねる。


スカラは、川沿いの地形を見た。


古い道が、途中で途切れている。


その先は、崖。


「……」


「スカラ?」


背後から兵士の声が響く。


「止まれ!」


退路は、ない。


スカラは川を見た。


水面までの高さ。


流れの速さ。


対岸までの距離。


飛び越えるには、遠すぎる。


だが、崖の下流には、流れの緩やかな場所があった。


「……アルス」


「何?」


「泳げるね?」


「え?」


「コタの海で、ずっと泳いでいただろう?」


「……うん」


アルスは、嫌な予感がした。


「ちょっと待って。何する気?」


スカラは車体を動かした。


「川へ下りる」


「……下りる?」


「この先に、古い道の跡がある」


アルスは目を凝らした。


確かに、崖の手前から斜面へ続く、細い道のようなものが見えた。


だが、途中から崩れている。


「……途中でなくなってるよ!?」


「見れば分かる」


「じゃなくて!」


スカラは崖の下を見た。


無事に着水できる保証はない。それでも、兵士たちは迫っていた。


「ここからなら、水面までの高さを減らせる」


「……まさか」


スカラは、持ち手を強く握った。


「飛ぶ」


「えぇぇぇぇ!?」


「水に落ちたら、車体から離れるんだ」


「無茶だよ!」


「ほかに道がない」


スカラは前を向いた。


「アルス」


「何!?」


「怖い?」


「当たり前だろ!」


「私もだ」


アルスは、一瞬言葉を失った。


スカラが、そんなことを言うなんて。


「……じゃあ、やめようよ!」


「嫌だ」


「何で!?」


「ここまで来たからね」


スカラは、月の浮かぶ川を見た。


「行こう」


アルスは、思い切り息を吸った。


「……分かった!」


スカラの腰へ、しっかり腕を回す。


「でも、絶対に生きて帰るからね!」


「ああ」


発動機が唸った。


ブォォォォン!


鉄の馬が、斜面を駆け下りる。


「うわぁぁぁ!」


石が跳ねる。


木の根を越える。


車輪が、崩れた道の端へ差しかかった。


「スカラ!!」


「つかまれ!」


次の瞬間。


地面が消えた。


ブォォォォン!


二人を乗せた鉄の馬が、夜空へ飛び出した。


「うわぁぁぁぁぁ!!」


下には、黒い川。


上には、満月。


一瞬、音が消えたように感じた。


アルスは、空を飛んでいた。


眼下には、シェンクゥの灯り。


初めて見た時は、灰色にしか見えなかった街。


今は、無数の赤い火を灯している。


ほんの一瞬、先ほど見た旧文明のシェンクゥが脳裏に重なった。


だが、次の瞬間。


水面が迫った。


「……うわ!」


アルスは歯を食いしばった。


バシャァァァン!!


激しい衝撃。


冷たい水が全身を包んだ。


アルスは車体から投げ出された。


目の前が真っ暗になる。


水。


泡。


何も見えない。


必死に手足を動かす。


「……ぷはっ!」


顔が水面へ出た。


大きく息を吸う。


「……スカラ!?」


返事がない。


「スカラ!!」


暗い川を見回す。


流れは思ったより速かった。


少し下流で、金色の髪が一瞬だけ浮かんだ。


「スカラ!!」


アルスは必死に近づいた。


腕を伸ばす。


金色の髪が、また沈みかける。


「……っ!」


掴んだ。


スカラの腕。


「……絶対、離さない!」


アルスは必死に身体を支え、流れに逆らいすぎないよう、斜めに岸を目指した。


何度も水を飲んで、何度も沈みかけた。


それでも、泳ぎ続けた。


やがて。


指先に、泥が触れた。


「……!」


草。


石。


岸だ。


アルスは最後の力を振り絞り、スカラを引き上げた。


「……はぁっ!」


二人は、草むらへ倒れ込んだ。


「……生きてる?ねぇ、ちょっと!」


アルスが頬を叩くと、スカラは今目を覚ましたかのように、目を開いて咳き込んだ。


ごほっ!ごほっ!


「大丈夫?」


「……水は嫌いだ」


アルスは大きく息を吐いた。


「……よかったぁ」


スカラの金色の髪には、葉っぱが二枚くっついていた。


アルスは、その姿を見つめた。


そして、吹き出した。


「……何?」


「いや……」


笑いをこらえる。


「スカラ、すごい頭になってる」


スカラは、自分の髪へ手をやった。


葉っぱを一枚取る。


「アルスもだ」


「……え?」


アルスの頭には、水草が絡みついていた。


二人は顔を見合わせた。


そして、笑った。


しばらくして、スカラが小さく呟いた。


「……一つだけ、心残りがある」


「何?」


「あの臭いやつ、最後に食べておけばよかった」


アルスが目を丸くした。


「やっぱり好きだったんだ!」


二人は、泥の中でまた笑った。


やがて、笑い声が止まった。


川の向こうに、シェンクゥの街が見える。


工場の煙突。港の灯り。遠くで鳴る爆発音。


あの街には、フォンがいる。あの街には、一年間出会ってきた人々がいる。


アルスは、もう笑っていなかった。


「……スカラ」


「何?」


「シェンクゥの人たち、俺たちがいなくなっても大丈夫かな」


スカラは、街を見つめた。


「会社は、私たちがいなくても動くよ」


「そうじゃなくて」


アルスは首を振った。


「スカラの知識を頼りにしてた人、たくさんいたから」


「……」


「それに、フォンだって」


アルスは頷いた。


「逃げっぱなしじゃなくて。いつか、フォンともちゃんと話したい」


スカラは、少しだけ考えた。


そして頷いた。


「ああ」


その時。


チリッ。


スカラの腕に、小さな刺激が走った。


「……?」


袖をまくる。


淡い光の輪が、一本だけ浮かんでいた。


だが、すぐに消えた。


「……どうしたの?」


アルスが尋ねる。


「いや……」


スカラは、川の向こうを見た。


塔の認証装置。逃走中に現れた、昔のシェンクゥ。そして、街の外へ続く避難経路。


どれも、自分から呼び出した情報ではなかった。


まるで、誰かに導かれたように。


「……何でもない」


スカラは袖を戻した。


都市が何を伝えたかったのか。そもそも、何かを伝えようとしていたのか。


「……行こうか」


二人は立ち上がると、暗い森の先へと歩き出した。


まだ見たことのない国、ダルカへ。

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