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第二十七話 崩落

案内されたのは、塔の近くにある地下室。そこには、古びた機械がいくつも並んでいた。


錆びた配管。歯車。円筒形の金属部品。


「長い間、集めてきたんだ」


リーダーが言った。


「何に使うかも分かんねぇ。でも、ただの鉄屑として売るには惜しくてな」


スカラは機械を見渡した。


「あれは冷却装置。こっちは送風機。それから……」


「全部分かるのか!?」


男たちが目を輝かせた。


その時。


スカラが部屋の隅で足を止めた。


「……これは」


太い軸。いくつもの円筒。複雑に組み合わされた金属部品。


「発動機だ」


「はつどうき?」


アルスが尋ねる。


「燃料を燃やして、軸を回す機械だよ。水の流れがなくても力を取り出せる」


スカラの目が輝いた。


「……欲しい」


即答だった。


「え!?これ?」


「そう」


「重いよ?」


「見れば分かる」


「じゃあ置いてこうよ」


「必要なんだ」


「何に?」


「……まだ決めてない」


「欲しいだけじゃん!」


リーダーが吹き出した。


「気に入ったなら売ってやってもいいぞ」


スカラは少し考えた。


「……株で払うのはどうだろう」


「株?」


「私たちの会社の持ち分だよ」


「そんなもんで飯が食えるのか?」


「今すぐには食えない」


スカラは男を見た。


「でも、命懸けで鉄を抜く以外の収入源を、一つくらい持っていた方がいい」


「……」


「会社が失敗すれば価値はなくなる。成功すれば、利益を受け取れる可能性がある」


男は少し考えた。


「……ずいぶん無責任だな」


「だから、説明している」


男は吹き出した。


「ははは!分かったよ。持っていけ!」


数日後。

工房の地下から、派手な音が響いた。


ガンッ!


ガラガラガラ!


「……今の何!?」


アルスが駆け下りると、そこには床へ転がったスカラ。


それと、二つの車輪を付けた奇妙な鉄の骨組みがあった。


「……何してるの?」


「実験」


「何の?」


スカラは立ち上がり、服の埃を払った。


「発動機で車輪を動かす乗り物だ」


フォンが笑う。


「今のところ、壁に突っ込む乗り物だけどな!」


「ええ!?」


車輪の周囲には、ヤナが作った丈夫なゴムが巻かれている。


「……もう使ってるんだ」


「まだ改良が必要だけどね」


スカラとフォンは図面を広げ、何やら議論を始めた。


アルスは少しだけ頬を膨らませる。


「……俺もいるんだけど」


フォンが笑った。


「悪い悪い!」


その時、工房の入口から親方の声がした。


「フォン!そろそろ出るぞ!」


フォンが立ち上がる。


「今日は出張?」


アルスが尋ねた。


「ああ。東側の採掘場」


アルスの表情が変わった。


「……東側?まだ仕事してるの!?」


「危ない建物には立入禁止の通達が出た。でも、その外で道具を回収する仕事は残ってるんだ」


「……本当に大丈夫?」


「親方も一緒だし、危ない場所には入らないって」


フォンは笑った。


「夕方には戻るよ」


数歩進んで、振り返った。


「じゃあな、ゴム!」


「アルス!」


「いい加減、慣れろよ!」


「慣れないよ!」


フォンは笑いながら、人混みへ消えていった。


腰の金槌が、カチャ、カチャと鳴っていた。


だが。


昼過ぎ。アルスとスカラは港近くの店で、ヤナから届いた加硫ゴムの使い道を話し合っていた時だった。


ゴゴゴゴゴ――。


二人の会話が止まった。


机の上の器が、微かに震えている。


「……何?」


アルスが顔を上げた。


次の瞬間。


ドォォォォン!!


街が揺れた。外から悲鳴が響く。


二人は店を飛び出した。


通りの向こうから、人々が走ってくる。


「また廃墟が崩れた!」


「東側の採掘場だ!」


「人が巻き込まれたらしい!」


「立入禁止の建物じゃなかったのか!?」


アルスは動けなくなった。


東側。


ついさっき、フォンが向かった場所。


「……フォン」


黒い土煙が、シェンクゥの空へ立ち上り、現場には、すでに大勢の人が集まっていた。


「下がれ!」


兵士が叫ぶ。


「まだ崩れるぞ!」


アルスは人混みをかき分けた。


目の前には、半分だけ残った巨大な建物。折れ曲がった鉄骨と石壁が複雑に重なり、その隙間から砂埃が噴き出している。


「中に人がいる!」


「立入禁止じゃなかったのか!?」


「隣の建物まで巻き込まれたんだ!」


その言葉に、スカラが顔を上げた。


塔の上から見た、東側の建物群。


一棟が崩れれば、隣の建物にも影響する。

そう警告した場所だった。


「……連鎖崩壊か」


だが、アルスには聞こえていなかった。


「フォン!」


瓦礫へ駆け寄る。


「フォン、どこだ!」


兵士に腕を掴まれた。


「入るな!」


「友達がいるんだ!」


「今入れば、お前も死ぬぞ!」


アルスは必死に辺りを見回した。


「黒い髪で、俺と同じくらいの背で!腰に金槌を下げてる男の子、見ませんでしたか!?」


近くにいた作業員が顔を上げた。


「……ああ、あいつか」


「知ってるの!?」


「崩れる直前までは、安全な場所で仕事をしてたよ」


「……!」


「だが、隣の建物に子どもが取り残されたって聞いて、助けに走ったんだ」


アルスの息が止まった。


「……それで?」


男は目を伏せた。


「戻ってこなかった」


アルスは、崩れた建物を見つめた。


――夕方には戻るよ。


フォンは、危ない場所へ入らないと約束していた。


きっと、そのつもりだった。


それでも、誰かを助けるために駆け出したのだ。塔の上で、アルスがそうしたように。


「離して!」


女性の悲鳴が響いた。


「中に息子がいるの!」


兵士が必死に押しとどめている。


「危険です!」


「お願い!助けて!」


アルスは瓦礫へ目を戻した。


「フォン!!」


返事はない。


土埃が舞う。ひび割れた壁から、小石がぱらぱらと落ちてくる。


その時。


足元に、見覚えのある布が落ちていた。


「……あ」


拾い上げる。


フォンの手ぬぐいだった。


「フォン……!」


アルスが瓦礫へ近づこうとした瞬間、スカラが腕を掴んだ。


「待て」


「でも!」


「上を見ろ」


頭上では、残った壁が今にも崩れそうに傾いていた。


「闇雲に入れば、アルスも埋まる」


「じゃあ、どうすればいいんだよ!」


スカラは答えず、建物を見上げた。


崩れた場所。残っている梁。折り重なる壁。その奥に、空間はあるのか。


アルスは手ぬぐいを握りしめた。


「フォン!いるんだろ!?」


静寂。


遠くで、誰かが泣いている。


「返事してくれよ!」


その時だった。


コン。


「……え?」


アルスが息を止めた。


コン。コン。


壁の向こうから、小さな音が聞こえる。


「スカラ!」


二人は顔を見合わせた。


「今の……!」


アルスは瓦礫へ顔を近づける。


「フォン! 聞こえるか!?」


コン。コン。


一定の間隔。


弱いけれど、確かに誰かが内側から壁を叩いていた。


「……生きてる!」


アルスは叫んだ。


「フォン!俺だ!アルスだ!」


しばらくして。


「……ゴ……ム……」


かすかな声が返ってきた。


アルスの目に涙が浮かぶ。


「こんな時まで間違えるなよ!」


「……ゴ……ム……」


「アルスだ!」


壁の向こうで、フォンが笑ったような気がした。


「待ってろ!」


アルスは立ち上がった。


「絶対に助けるから!」


救助隊は、すでに作業を始めていた。


だが、問題は瓦礫の量だけではなかった。


崩れた建物の上に、隣の建物の一部がのしかかっている。大きな石を一つ動かすだけでも、別の場所が崩れる危険があった。


「こっちから掘れないの!?」


アルスが尋ねる。


作業員が首を振った。


「試した。だが、上の壁まで落ちてきたんだ」


「じゃあ、反対側は?」


「もっと厚い壁がある」


アルスは周囲を見回した。


「……そんな」


フォンは生きている。すぐそこにいる。


なのに、助けられない。


その時、足元につるはしが置かれているのが見えた。


アルスは手に取る。


「……だったら!」


壁へ向かって振り下ろす。


キンッ!


硬い石に弾かれ、衝撃が両手を突き抜けた。


もう一度。


キンッ!


「アルス!」


スカラが呼ぶ。


だが、アルスは止まらない。


「くそっ!」


キンッ!


ゴムを巻いた柄を握る手に、痛みが走った。


「やめろ!」


スカラがつるはしを掴んだ。


「そんなやり方では壊せない。それに、振動で別の崩落を起こす」


「やってみなきゃ分からないだろ!」


「分かる」


スカラは壁を見た。


「この厚さを、人の力だけで短時間に崩すのは――」


「うるさい!」


アルスが叫んだ。


「旧文明がなんだよ!」


スカラの手が止まる。


「そんなこと、今はどうでもいいんだ!」


アルスは、つるはしを投げ捨てた。


「知ってるんだろ?」


「……」


「スカラなら、何か知ってるんだろ?」


アルスの声が震える。


「フォンを助ける方法!」


スカラは瓦礫を見つめた。


長い沈黙。


そして。


「……ある」


アルスが顔を上げる。


「だったら!」


「だが、危険だ」


「何が!?」


「壁を壊す力は、中にいる人間も傷つける。救助する場所を間違えれば、逆に命を奪うことになる」


アルスは唇を噛んだ。


「それなら、よく調べてからやれば――」


「それだけじゃない」


スカラは、崩れた建物を見上げた。


「その技術は、一度使えば、この街にも広まるだろう」


「……?」


「岩を砕ける。建物を壊せる。そして、人間も殺せる」


アルスの表情が変わった。


「……武器になるってこと?」


「ああ」


スカラは小さく頷いた。


「知識は、一度人に渡したら、もう自分だけのものではない。誰が、何のために使うのか、私には決められない」


「でも、今は人を助けるために使うんだろ!」


「それは分かっている」


「だったら!」


「この先、もっと多くの人間が傷つくかもしれないんだ!」


二人の声が、瓦礫の前でぶつかった。


アルスは拳を握った。


「……そんなの」


スカラを見る。


「そんなの、今は分からないじゃん!」


「そうだ。分からない」


「だったら、分かってることを考えようよ!」


アルスは壁を指さした。


「フォンは、今そこにいるんだ!」


コン。


弱い音がした。


二人は振り返った。


コン。


先ほどより、少し小さい。


アルスは唇を噛んだ。


「……分からない未来のために」


スカラを見る。


「今、助けられる命を諦めるの?」


スカラは何も言えなかった。


「……頼むよ」


アルスの声が小さくなる。


「お願いだ、スカラ」


「アルス……」


「フォンを助けて」


アルスは膝をついた。


「お願いだから……」


土の上に、血が落ちた。


つるはしで傷ついた手から、赤い雫が滴っている。


「俺には、何もできないんだ」


アルスは俯いたまま続けた。


「知識もない。力もない。あの壁一つ壊せない」


拳を握る。


「だから……」


頭を下げた。


「助けてください」


スカラは動かなかった。


目の前には、頭を下げるアルス。


その向こうには、泣き続ける母親。


そして、瓦礫の奥から聞こえる小さな音。


コン。


スカラは目を閉じた。


――きっと、知識があなたを導いてくれるはず。


あの人の声が蘇る。


だが、その知識が誰かを傷つけるとしたら。


コン。


壁の向こうから、弱い音がした。


スカラは目を開けた。


「……アルス」


「……?」


「顔を上げてくれ」


アルスがゆっくり顔を上げる。


スカラは壁を見た。


「まだ、助けられる」


「……!」


「ただし、私一人ではできない」


スカラは周囲の救助隊を見渡した。


「建物を調べる人間が必要だ。鉄骨を支える職人も。救助するための道具も」


そして、アルスを見る。


「それから、閉じ込められた人間たちへ声を届け続ける人間も」


アルスの目に、再び涙が浮かんだ。


「……俺、やる!」


「ああ」


スカラは頷いた。


「一緒に助けよう」

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