↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
26/62

第二十六話 廃墟の記憶

バキンッ!


足場の付け根が弾けた。


「うわっ!」


アルスの足が滑り、身体が宙へ投げ出された。


咄嗟に鉄骨の縁を掴む。


遥か下には、玩具のように小さなシェンクゥの街。


「アルス!!」


フォンが腹ばいになって手を伸ばした。


「手!」


「無理……!」


「俺を見ろ!」


アルスが顔を上げる。


いつも笑っているフォンが、今は真剣な顔をしていた。


「掴め!」


アルスは片手を離した。


身体が落ちる。


「うわぁぁぁ!」


フォンが腕を掴んだ。


だが、アルスの重みに引かれ、フォンまで滑り始める。


「スカラ!」


「ああ!」


スカラは二人の命綱を近くの太い柱へ回し、身体を低くして踏ん張った。


「引くよ!」


「早く!」


三人が必死に力を合わせ、ようやくアルスを足場へ引き上げた。


「……死んだ」


「生きてるだろ!」


フォンも肩で息をしている。


「二度と高いところには行かない……」


「さっきも言ってたぞ」


その時だった。


「うわぁっ!」


向こう側から悲鳴が響いた。


追いかけてきた廃墟漁りの少年が、崩れかけた鉄骨の端へしがみついていた。


ギィィィ……。


残った足場が、さらに傾く。


「……まずい」


アルスが立ち上がった。


「助けなきゃ」


「おい!あいつのせいで落ちかけたんだぞ!」


「分かってる!」


アルスは少年を見た。


怖い。


今も足が震えている。


それでも。


「だからって、死んでいいわけじゃないだろ!」


フォンは口を閉じた。


そして、スカラを見た。


「……どうする?」


スカラは周囲を見回し、持ってきた縄を指さした。


「これを使おう」


フォンが柱の根元を確かめる。スカラは縄を固定し、アルスの身体を支えるように結んだ。


「二人で支える。アルスは届くところまで近づいて」


「……俺が?」


「助けるんだろう?」


「……うん!」


アルスは大きく息を吸った。


足場の端へ腹ばいになり、少年へ手を伸ばす。


「掴んで!」


「……届かない!」


少年の指が滑った。


「……っ!」


アルスはさらに腕を伸ばした。


「届けぇぇぇ!!」


がしっ!


手首を掴んだ。


「フォン!」


「分かってる!」


二人が縄を引く。


少しずつ少年の身体が上がり、最後はフォンが腕を掴んで引き寄せた。


「……はぁっ!」


二人は床へ倒れ込んだ。


しばらくして、少年が口を開いた。


「……なんで助けた」


「え?」


「俺は、さっきお前を……」


アルスは肩で息をしていた。


「……だって、落ちたら死んじゃうじゃん」


少年は俯いた。


何も言えなかった。


スカラはその様子を見つめていた。


以前なら、こんな危険を冒すことに反対しただろう。


だが今は、アルスの気持ちも分かる。


「……アルス」


「何?」


「次は、もう少し安全な方法を考えよう」


アルスが吹き出した。


「それは俺もそう思う!」


フォンも笑った。


***


廃墟漁りのリーダーは少年が無事だと分かると、深く息を吐く。


「……借りができたな」


フォンが鼻を鳴らした。


「じゃあ、上まで案内してくれよ」


「図々しいな」


男は笑った。


「……ついてこい」


そこから先は、彼らの方が詳しかった。


「そこ踏むな。床が抜ける」


「次の階は右から回れ」


「この梁はまだ生きてる」


図面にも載っていない道をたどり、やがて上層階の行き止まりへたどり着いた。


「……ここだ」


目の前には、何の変哲もない壁。


リーダーが一か所を叩く。


コン。


隣は、ゴン。


「音が違うだろ? 向こうに空間がある」


フォンも叩いた。


「あ、本当だ」


スカラも試す。


コン。


ゴン。


「……分からない」


「またかよ!」


フォンが笑った。


「でも、何度やっても開かねぇんだ」


リーダーが言った。


スカラは、壁を調べ始めた。


だが、光の見取り図には、目の前にあるはずの部屋は載っていない。


「……妙だな」


その時。


チリッ。


腕に微かな刺激が走る。袖をまくると、淡い光の輪が浮かんでいた。


一本。


二本。


三本。


「……反応が強い」


この塔の上層階には、腕の輪と反応する何かしらの物が残っているらしい。


スカラは壁の上を見た。


埃に覆われた小さな装置。丸いレンズが、こちらを向いている。


「顔認証装置だ」


「顔認証?」


アルスが尋ねる。


「登録された人間の顔を見分けて、扉を開ける機械だよ」


その時。


ピッ。


『認証失敗です』


「うわっ!喋った!」


「私たちの顔を調べたんだろう」


スカラが端末を操作すると、古い記録が次々と表示される。


名前。

識別番号。

入室権限。


そして、何百年も前に登録された人々の顔写真。


白衣を着た女性。眼鏡をかけた男性。笑っている若い職員。


「……昔の人たち?」


「ああ。旧文明の時代のな……」


アルスが写真を覗き込んだ。


「この人達がここで生きていたんだ」


「……そうだ」


スカラは記録を調べた。


通常の入室権限は、すでに失効している。


だが、別の項目が残っていた。


『保守管理』


「……なるほど」


「何か分かった?」


「修理をする人間のために、非常時の解錠機能が用意されている」


スカラは接続先に残る保守記録を調べ、操作を切り替えた。


『保守端末――接続確認』


『認証情報を確認中』


「……!」


しばらくして、新しい文字が現れた。


『保守用解錠――実行可能』


何百年も前の保守機能が、まだ生きている。


スカラは表示された文字を見つめ、操作を続けた。


そして。


カチリ。


『解錠完了』


重い扉が、わずかに開いた。


「……開いた!」


フォンが目を丸くした。


「すげぇ!何やったんだ!?」


「古い保守機能を利用しただけだよ」


「それがすげぇんだって!」


スカラは、もう一度天井の装置を見た。


かつてここで働いていた人々は、もう戻ってこない。


それでも機械は、今までここに生きた人たちの顔を覚えていた。

そして、またここに来る日をずっと長い間、待っていた。


「……長い間、ご苦労さま」


小さく呟く。


装置は何も答えなかった。ただ、静かに光を灯していた。


***


扉の向こうには、長い通路が続いていた。


ほかの階より保存状態が良く、外の風もほとんど入ってこない。


白い壁。

規則正しく並んだ扉。

天井には、細長い照明器具が残っている。


スカラは足を止めた。


「……?」


見覚えがあった。


夢の中。

山の峠。

呪われた村。


あの時、頭に浮かんだ景色とよく似ている。


そっと壁へ手を触れて、目を閉じる。


その瞬間。


――カツン。


頭の奥で、足音がした。


白い通路。

閉じられた扉。

その奥に、誰かの影。


「……っ!」


だが、次に目を開けた時には何もなかった。


「スカラ?」


アルスが振り返る。


「どうしたの?」


「……いや」


スカラは首を振った。


「行こう」


通路の先には、大きな部屋があった。


壁一面の窓。

その向こうに、シェンクゥの街が広がっている。


「……うわぁ!」


港。工場。無数の屋根。灰色の高層建築群が、地平線まで続いていた。


「すげぇな!」


フォンが窓へ駆け寄る。


リーダーたちは室内を見回した。


錆びた棚。崩れた机。風化しかけた書類。


「……金目のものはねぇな」


一方、スカラは窓へ近づき廃墟群を観察する。


街の一角に目が止まった。


一棟。


二棟。


三棟。


いくつもの建物が、わずかに同じ方向へ傾いていた。


「フォン、あれを見て」


「……ん?」


スカラが指さしたのは、街の東側だった。


フォンの表情が変わる。


「……東側の採掘場だ」


「建物が傾いている。それに、崩れた鉄骨が隣の建物へ接触している」


「……それって?」


アルスが尋ねた。


「一棟が崩れれば、隣の建物まで巻き込む可能性がある」


フォンが息を呑んだ。


「あそこ、うちの工房の連中も行くんだ」


「だったら、早く知らせよう!」


アルスが言った。


スカラも頷いた。


「役人にも報告しよう。詳しい調査が必要だ」


リーダーが口を挟む。


「……でもよ。全部閉鎖されたら、俺たちはどうやって食っていくんだ?」


スカラは男を見た。


「危険な場所と、比較的安全な場所を分ける必要がある。採掘そのものをやめるのではなく、安全な方法を探したい」


男はしばらく考えた。


そして笑った。


「……最初からそう言えよ」


「今、分かったんだ」


フォンも笑った。


「ほんと、変なやつだな!」


***


塔を降りた三人は、その足で採掘を管理する役所へ向かった。


スカラが見取り図を広げると、役人は難しい顔になった。


「……東側の区画か」


「はい。複数の建物に崩壊の危険があります。少なくとも、調査が終わるまで危険な場所には人を入れない方がいい」


役人は図面を眺めた。


「だが、ここは採掘量の多い地区だ」


「だからこそ、早く調べる必要があります」


「……」


役人は長く息を吐いた。


「分かった。現場の責任者へ知らせよう」


アルスが尋ねる。


「……すぐに止められないの?」


「採掘を止めれば、その日の賃金を失う者もいる。代わりの仕事もなく、一方的に閉鎖するわけにはいかん」


「……」


「まずは現場を確認させてくれ」


役所を出ると、フォンが東の空を見た。


「……ちゃんと伝わるかな」


誰も、すぐには答えられなかった。


その帰り道、廃墟漁りのリーダーが声をかけた。


「仲間を助けてくれた礼に、とっておきのものを見せてやるよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。