↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
13/61

第十三話 初めての反抗

明け方、アルスは鶏の声で目を覚ました。


横を見ると、スカラが穏やかな寝息を立てていた。昨夜、あれほど考え込んでいたのが嘘のようだ。


外には、まだ見張りの気配がある。


朝になれば、この村を追い出される。


スカラには、病気の原因について何か考えがあるらしい。だが、村人が話を聞いてくれなければ、確かめることさえできない。


「……どうすればいいんだろう」


その時。


コン。


コンコン。


床の下から、小さな音がした。


「……?」


竹と竹の隙間を覗き込むと、そこにヤナがいた。


「ヤナ!?」


ヤナは慌てて唇に人差し指を当てた。


「しーっ!」


それから、扉の方を指す。


アルスがそっと外を覗くと、見張りの男たちが二人そろって地面に寝転がっていた。


傍らには、空になった芋酒の壺。


「……何があったの?」


「昨夜、お酒を届けたんです」


「ヤナが?」


「はい。夜は冷えるからって」


「それで、二人とも飲んじゃったんだ……」


ヤナは小さく頷いた。


「私……初めて村長の言いつけを破りました」


その声は震えていた。


「見つかったら、きっと怒られます」


「だったら――」


「でも!」


ヤナが顔を上げた。


「お母さんを、助けたいんです」


アルスは口を閉じた。


昨日まで、村の掟に逆らうことすら考えられなかった少女が、今は自分たちを助けに来ている。


「……分かった」


アルスは頷いた。


「ちょっと待ってて」


スカラの肩を揺する。


「スカラ!起きて!」


瞼をゴシゴシしながら目を覚ます。少しボーとしているようだ。


「……何だ?」


「ヤナが来た!」


スカラはようやく目を開けると、床の隙間からこちらを見ている少女に気づいた。


「……なるほど」


すぐに起き上がる。


「では、行こう」


「ちょっとは驚いてよ!」


三人は見張りを起こさないよう、そっと小屋を抜け出した。


***


村の裏手。

朝靄の残る細い道を進み、ヤナは人目のない木陰で足を止めた。


「……あの」


「どうしたの?」


アルスが尋ねる。


ヤナは二人を見た。


「昨日の話、本当なんですか?」


「病気のこと?」


「はい」


小さな声が震える。


「あれは……本当に、呪いなんかじゃないんですか?」


スカラが口を開こうとした。


だが、その前にアルスが答えた。


「俺は、呪いなんかじゃないと思う」


「……!」


「病気のことは俺には分からない。スカラみたいな知識もないし、神様のことだってよく知らない」


アルスは少し考えた。


「でも、一つだけ聞いていい?」


「……はい」


「ヤナは、何か悪いことした?」


「え?」


「誰かを傷つけたり、困らせたり」


ヤナは首を振った。


「……してません」


「ヤナのお母さんは?」


「お母さんは……すごく優しい人です」


「だったらさ」


アルスは笑った。


「二人が罰を受けなきゃいけない理由なんて、俺には思いつかないよ」


「……」


「ヤナはいい子じゃないか」


まっすぐに目を見た。


「少なくとも、俺はそう思う」


ヤナの目から、ぽろりと涙が落ちた。


「えっ!あ、ごめん!俺、変なこと言った?」


ヤナは何度も首を振った。


涙が次々と溢れ、顔がくしゃくしゃになる。それでも、笑っていた。


「違うんです……」


「え?」


「そんなこと……」


息を詰まらせる。


「そんな優しいこと、初めて言われたから……」


アルスは何も言わなかった。


ヤナが涙を拭うのを、じっと待った。


しばらくして、そっと尋ねる。


「お母さんに会わせてくれないか?」


ヤナが顔を上げる。


「スカラと一緒に、何かできないか考えたいんだ」


スカラも頷いた。


「私も診てみたい。もちろん、お母さんが許してくれるなら」


「……!」


ヤナの目が大きくなった。


「それに、私が探している素材も、この森にあるようだからね」


「……スカラ」


アルスが振り返る。


「今、それ言う?」


「事実だ」


「ほんっと、そういうところなんだよなぁ……」


ヤナが思わず笑った。


スカラは不思議そうに首を傾げた。


ヤナの家は、村の外れにあった。

小さな竹の小屋。壁はところどころ朽ち、屋根にも穴が開いている。


ヤナがそっと扉を開けると、薄暗い室内へ朝の光が細く差し込んだ。


ゴホ。


ゴホ……。


咳が聞こえた。


蒸し暑い朝なのに、布団の上に横たわる女性は厚い毛布を巻きつけて震えていた。


「お母さん!」


ヤナが駆け寄る。


「市場で会った、アルスさんとスカラさん」


女性はゆっくり体を起こそうとした。


「ヤナが……大変お世話になりました」


苦しそうに、それでも頭を下げる。


「どうお礼を申し上げたら……」


「そのまま寝ていていい」


スカラは傍らに座った。


「少し、体の状態を確かめてもいい?」


女性は戸惑っているが、ヤナがそっと手を握る。


「お母さん……」


しばらくして、女性は小さく頷いた。


毛布がめくられる。


アルスは息を呑んだ。


片脚が、大きく腫れ上がっている。皮膚は厚く硬くなり、まるで木の皮のようにごわついていた。


思わず、一歩下がりそうになる。


その瞬間、ヤナの言葉が浮かんだ。


――私が近くに行くと、みんなが嫌がります。


アルスは足を止めて、もう一度前へ出た。


スカラは母親に痛む場所を尋ね、腫れの様子を確かめていった。


「熱が出るのは、ずっと?」


「いえ……何日かすると下がります」


「そして、また?」


「……はい」


「脚が腫れ始めたのは?」


「何年も前です」


スカラは頷いた。


次に、部屋を見回す。


水瓶。開け放した窓。軒下に溜まった雨水。夜に使う寝具。


「……なるほど」


「何か分かったの?」


アルスが尋ねる。


「まだ断定出来ないが疑っている病気はある」


「本当!?」


スカラは母親へ向き直った。


「その病気なら、触れただけで人から人へ直接うつることはない」


「……え?」


ヤナは母親の手を見た。


ずっと、触れることさえ禁じられたその手を、ぎゅっと握り直す。


「治せるの?」


アルスが尋ねた。


スカラは少し間を置いた。


「長年続いた脚の腫れは、元に戻らない部分があるかもしれない」


ヤナの顔が曇る。


「でも」


スカラは続けた。


「苦しさは和らげるかもしれない。それに、原因が分かれば、これ以上病気になる人が減らせる」


「……本当ですか?」


「試す価値はある」


ヤナの瞳が揺れた。


スカラは室内を見渡した。


「そのためには、村の人たちの暮らしを知りたい。水の使い方も、病気が出た時期も、どんな虫がいるのかも」


「……」


「私一人では分からないことばかりだ」


アルスが頷いた。


「そのためにも村のみんなの協力が必要なんだ」


ヤナは母親の手を握ったまま俯いた。


村長にも、村人にも、昔からの言い伝えにも逆らうことになる。


「……無理です」


小さく呟いた。


「私が何を言っても、きっと誰も聞いてくれません」


「ヤナ」


アルスが傍へしゃがんだ。


「市場まで何時間も歩いて、村のみんなの食べ物を買ってきたのは誰?」


「……私です」


「病気の人の家へ、食べ物を届けているのも?」


「……私です」


「だったら」


アルスは笑った。


「この村のみんなが、どんなに困ってるか。一番近くで見てきたのはヤナじゃないか」


「……私が?」


ヤナは母親を見た。


熱に苦しみながらも、娘を心配そうに見つめている。


「……怖いです」


ぽつりと呟いた。


「村長に逆らったことなんて、一度もないから……」


「うん」


アルスは頷いた。


「怖いよね」


「……」


「俺も、オオカミ岩じゃ死ぬほど怖かった」


アルスは笑った。


「でもさ。怖くても、やってみるしかない時ってあるんだよ」


ヤナの瞳に、迷いが浮かんだ。


長い沈黙。


やがて、小さく頷く。


「……分かりました」


アルスが笑う。


ヤナも、ほんの少し笑った。


その時だった。


「いたぞ!」


外から怒鳴り声が響いた。


三人が振り返る。


開け放された扉の向こう。小屋へ続くぬかるんだ道に、いくつもの足跡が残っていた。


「……来たか」


アルスが呟く。


何人もの男たちが走ってくる。先頭にいたのは、村長のオサだった。


「ヤナ!」


低い声が響いた。


ヤナの顔から血の気が引く。


オサは室内を見た。


病に伏せる母親。その手を握るヤナ。そして、二人のよそ者。


「……お前」


オサの表情が変わった。


「病を見せたのか」


ヤナは震えていた。だが、今度は俯かなかった。


「……はい」


オサが目を見開く。


ヤナは母親の手を握ったまま、もう一度言った。


「私が、お願いしました」


「……」


「お母さんを、助けてほしかったから」


その瞬間、オサの顔からすべての表情が消えた。


「……連れていけ」


男たちが動き出す。


「二人ともだ」


「村長!」


ヤナが叫んだ。


だが、オサは答えず、ただ低い声で告げた。


「村の掟を破った者には、償ってもらわねばならない」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。