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雨の音から始まる、静かな異世界転生  作者: レイン
第四章 降りないという選択
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第28話 役目を終えた人

 雨の夜から三日が過ぎた。


 街は、思ったより早く落ち着いた。

 壊れた床は板で塞がれ、

 礼拝所には近づくな、という札が立てられただけ。


 谷の方でも、同じだった。


 崩れた土はそのままに、

 人は別の道を使い始めている。


 誰も、大きな声で責任を問わなかった。


 たぶん、

 **問い続けるのが怖かった**のだと思う。


 私とマレナは、谷に近い古い小屋で、追跡者と向かい合っていた。


 彼は、立ったままだった。

 椅子を勧めても、首を振った。


 「……先代の話をしよう」


 そう言った時の声は、淡々としていた。


 怒りも、悔いもない。


 ただ、記録を読むみたいな調子。


 「最後の夜、あの人は——」


 追跡者は、少しだけ間を置いた。


 「**何もしなかった**」


 私は、黙って聞いている。


 驚きは、なかった。


 どこかで、もう分かっていた。


 「雨は、来ていた」

 「止めることも、逸らすことも、できた」


 彼は、事実だけを並べる。


 「だが、あの人は耳を澄まさなかった」


 「猫も、追わなかった」


 「街にも、谷にも、行かなかった」


 マレナが、静かに息を吸った。


 「……じゃあ」


 言葉を選びながら、聞く。


 「逃げた、ってこと?」


 追跡者は、すぐに首を振った。


 「違う」


 即答だった。


 「逃げるなら、

  もっと早く、もっと派手にできた」


 彼は、窓の外を見た。


 雨の跡は、もう乾いている。


 「**降りると決めた**んだ」


 「選択の場から」


 その言い方が、不思議と重くなかった。


 「……結果は?」


 私が聞く。


 追跡者は、少し考えてから答えた。


 「世界は、歪んだ」


 「だが、終わらなかった」


 それだけ。


 良かったとも、悪かったとも言わない。


 「その後、あの人は?」


 マレナの問いに、彼は答える。


 「雨を語らなくなった」


 「力を失ったのか、

  使わなかったのかは、知らない」


 「ただ——」


 一拍。


 「**記録だけは、残した**」


 追跡者は、懐から一枚の紙を出した。


 古く、端が擦り切れている。


 そこには、地図とも、日記ともつかない線が引かれていた。


 場所。

 日付。

 そして、小さな印。


 「足跡だ」


 猫のものか、人のものか、

 見分けがつかない印。


 「選択があった場所にだけ、残っている」


 私は、その紙を見つめた。


 胸の奥が、静かに鳴る。


 ——同じだ。


 今の私が、見ているものと。


 「……正しかったんですか」


 思わず、口に出た。


 追跡者は、私を見た。


 初めて、感情が揺れた気がした。


 でも、答えは短い。


 「知らない」


 「私は、

  正しさを測るために、

  あの人を追っていたわけじゃない」


 「ただ、

  **終わったことを確認する役**だった」


 沈黙が落ちる。


 重くない。

 でも、逃げ場もない。


 「……じゃあ」


 私が言う。


 「あなたは、

  今の私を追ってるんですか」


 追跡者は、少し考えた。


 そして、首を振る。


 「いや」


 「もう、追っていない」


 「お前は、

  まだ選択の中にいる」


 「先代は、

  そこから降りた」


 「それだけの違いだ」


 外で、風が鳴った。


 雨の匂いは、しない。


 私は、ゆっくり息を吐いた。


 「……降りる、か」


 その言葉を、口の中で転がす。


 追跡者は、背を向けた。


 「降りるのも、

  残るのも、

  どちらも選択だ」


 扉が閉まる。


 足音が、遠ざかる。


 小屋には、私とマレナだけが残った。


 「……どうするの?」


 マレナが聞く。


 私は、答えなかった。


 まだ、決めていない。


 でも、分かったことがある。


 先代は、

 世界を救おうともしなかった。


 壊そうともしなかった。


 **ただ、役目を終えた**。


 それが、

 終わり方の一つなのだと。


 外に出ると、地面に薄い跡があった。


 交わらない、二つの足跡。


 並ぶことも、重なることもない。


 私は、それを消さずに、通り過ぎた。


 次に選ぶのは、

 私だ。

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