第27話 迷った雨は、必ず降る
夜になっても、雨は降らなかった。
空は低く、雲は重なっているのに、
音だけが、落ちてこない。
街は、その静けさを歓迎していた。
「成功だ」
「やっぱり止められたんだ」
明かりの灯る窓の下で、そんな声が混ざる。
私は、宿の屋根裏で、膝を抱えて座っていた。
耳は塞がない。
でも、澄まさない。
聞かないと決めたまま、
時間だけが過ぎていく。
——来る。
それだけは、分かる。
理由はない。
音もない。
ただ、世界の重さが変わる。
深夜。
最初の一滴は、気づかれなかった。
石畳に落ちて、
すぐに吸い込まれるほど、弱い雨。
次の一滴も、その次も、同じだった。
小雨。
誰も、警戒しない。
でも、止まらない。
装置のある礼拝所から、光が漏れた。
稼働音。
低く、一定。
街の人たちは、安心した顔で空を見上げる。
「ほら、効いてる」
その時、私は気づいた。
雨が、**下を向いていない**。
落ちるはずのものが、
行き先を探している。
谷の方角で、風が鳴った。
次の瞬間、雨は一斉に向きを変えた。
降る、というより、
**流れ込む**。
谷の上空に、雲が集まりすぎる。
装置の光が、強くなる。
止めている。
でも、逃がしていない。
「……まずい」
誰かが言った。
遅かった。
雨は、谷の端を削った。
家一軒分の土地が、
音もなく、崩れる。
人はいない。
でも、土は戻らない。
同時に、街で音がした。
金属が歪む音。
礼拝所の床が、ひび割れる。
円の中心が、沈んだ。
装置は、止まらなかった。
止まれなかった。
溜められた雨が、行き場を失って、
**内側から押し返した**。
光が消える。
次の瞬間、
街にも雨が落ちた。
短く、強く。
祝福みたいに。
でも、それで終わりだった。
雨は、それ以上、降らなかった。
静けさが戻る。
私は、屋根裏の窓から外を見た。
谷は、少し欠けている。
街は、少し壊れている。
どちらも、立っている。
正解は、ない。
そのことだけが、はっきりしていた。
石畳に、足跡があった。
小さくて、丸い。
猫のもの。
雨に濡れて、
途中で、消えている。
追いかけようとして、
やめた。
もう、追わない。
私は、耳を澄まさなかった。
でも。
この夜に、
**何が選ばれなかったか**だけは、
はっきり見えた。
雨は、止まっていない。
ただ、迷ったまま、
次の夜を待っている。




