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雨の音から始まる、静かな異世界転生  作者: レイン
第四章 降りないという選択
26/30

第26話 聞こえなかったもの

雨は、降らなかった。


 それが、まずおかしかった。


 あれだけ溜めて、

 あれだけ空が重くなって、

 それでも——落ちてこない。


 街は安堵していた。


 装置は成功した。

 私たちは正しかった。


 そんな声が、昼の光の中を歩いている。


 私は、その声を**聞いていない**。


 聞かないと決めたまま、

 市場を歩いた。


 水溜まりは、ない。

 濡れた靴底の跡も、ない。


 なのに。


 空気が、乾いていない。


 「……変だね」


 マレナが言う。


 「雨が降ってないのに、

  終わった感じがしない」


 私は、頷いた。


 耳を澄まさなくても、分かる。


 ——これは、止まってない。


 ただ、**遮られているだけ**。


 谷へ向かう途中、

 道の脇に、小さな羽根が落ちていた。


 白くて、細い。


 濡れていないのに、

 指先が、ひやりとする。


 拾い上げた瞬間、

 胸の奥が、かすかに鳴った。


 でも、音は聞こえない。


 代わりに、**景色がズレた**。


 谷の向こう。

 雲の溜まり方。

 川の流れ。


 全部が、

 「本来そこにあるべき位置」から、

 ほんの少しだけ外れて見える。


 「……マレナ」


 「なに?」


 「雨って、

  “どこかに落ちるもの”だと思ってた」


 自分でも、何を言っているのか分からない。


 でも、言葉は止まらなかった。


 「でも、

  今は違う」


 マレナは、黙って聞いている。


 「落ちない雨は、

  消えない」


 「……溜まる?」


 「ううん」


 首を振る。


 「**迷う**」


 その瞬間、理解した。


 聞いていた頃の私は、

 雨の“声”だけを追っていた。


 行き先。

 量。

 危険。


 でも、今は違う。


 聞こえないからこそ、

 **残った痕跡**が見える。


 谷の土が、

 必要以上に乾いている。


 街の空が、

 必要以上に低い。


 どちらも、

 「雨が来る前提」で

 成り立っていた形だ。


 ——止めたことで、

 世界の前提が壊れ始めている。


 「……これ」


 私の手の中で、

 羽根が、わずかに震えた。


 音はない。


 でも、確信がある。


 **雨は、選択を嫌う**。


 止められることも、

 救われることも。


 ただ、流れることを望んでいる。


 「ユイ」


 マレナが、静かに言った。


 「聞いてないのに、

  分かっちゃった顔してる」


 私は、苦く笑った。


 「……うん」


 「たぶん」


 「聞いてた時より、

  悪いことに気づいた」


 その夜。


 空は、やっぱり鳴らなかった。


 でも、街の外れで、

 建物の壁に——


 **二つ並んだ足跡**が残っていた。


 猫のもの。


 片方は、街へ。

 もう片方は、谷へ。


 どちらにも、進んでいない。


 ただ、そこにある。


 私は、それを見て、初めて理解した。


 猫は、

 選択の“結果”を見ているんじゃない。


 **選ばなかった可能性**を、

 記録している。


 聞かなかったからこそ、

 それが、はっきり見えた。


 雨は、まだ終わっていない。


 ただ——

 もう、私の耳には頼ってこないだけだ。


 私は、羽根を握りしめた。


 聞く力を失って、

 代わりに手に入れたものが、

 重すぎる真実でないことを、

 祈りながら。


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