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雨の音から始まる、静かな異世界転生  作者: レイン
第四章 降りないという選択
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第25話 耳を塞ぐという選択

 雨の気配は、あった。


 空は低く、

 音はまだ落ちてこないのに、

 **来ると分かる重さ**だけが街を覆っていた。


 私は、宿の部屋で窓を閉めた。


 鍵をかける。


 それだけの動作が、

 どうしようもなく重い。


 「……本当に、聞かないつもり?」


 マレナが、背中越しに言った。


 責める声じゃない。

 確認でもない。


 ただの、事実の共有。


 「うん」


 短く答える。


 喉が、少しだけ痛んだ。


 雨聴の力は、

 **意識しなければ聞こえない**。


 でも、完全に遮るには、

 自分から閉じる必要がある。


 私は、椅子に座り、深く息を吸った。


 ——聞かない。

 ——今夜は、聞かない。


 胸の奥で、何かが反応する。


 それは、痛みじゃない。

 **違和感**だ。


 今まで、

 耳を澄ませば、必ず応えてくれたものが、

 遠ざかっていく感覚。


 「……逃げてるみたい」


 思わず、口に出た。


 マレナは、首を振る。


 「違うよ」


 彼女は、静かに言う。


 「これは、

  “全部を背負わない”って決めた人の顔」


 その言葉に、少しだけ救われる。


 外で、雷が鳴った。


 近い。


 反射的に、身体が強張る。


 ——聞こえる。

 ——まだ、聞こえる。


 私は、両手で耳を覆った。


 子どもみたいな仕草。


 でも、必要だった。


 その瞬間——


 **雨の声が、はっきり形を持った**。


 〈来る〉

 〈溜まっている〉

 〈どこへ〉


 頭の奥に、流れ込んでくる。


 街。

 谷。

 人。

 土。


 選択肢が、同時に浮かぶ。


 ——今なら、間に合う。

 ——止められる。

 ——逸らせる。


 胸が、熱くなる。


 でも。


 私は、目を閉じた。


 「……ごめん」


 誰に向けた言葉か、分からない。


 雨か。

 先代か。

 それとも、

 今までの自分か。


 私は、**聞くのをやめた**。


 音が、途切れる。


 完全な静寂。


 代わりに、

 胸の奥が、すうっと冷えていく。


 「……ユイ」


 マレナが、名を呼ぶ。


 私は、頷いた。


 「大丈夫」


 嘘じゃない。


 辛いけど、

 壊れてはいない。


 ——これが、代償。


 力を使わない代わりに、

 **世界との距離が、少しだけ開く**。


 その夜。


 雨は、降らなかった。


 街では、

 装置が動いたという話が広がる。


 成功だと、皆が言う。


 でも。


 宿の前の路地に、

 小さな跡が残っていた。


 猫の足跡。


 いつもより、深い。


 まるで——

 迷ったみたいに。


 私は、しゃがみ込んで、それを見つめた。


 聞いていないのに、

 分かってしまう。


 **何かが、ズレた**。


 でも、それはまだ、

 壊れた音じゃない。


 選択は、終わっていない。


 私は、立ち上がり、窓を閉めたまま、夜を待った。


 聞かないと決めた夜が、

 どんな形で返ってくるのか。


 それを引き受ける覚悟だけは、

 もう、できていた。



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