下加茂の柊、尾州熱田の鶏
聖テレサ・スチュアート学園――通称TS学園――は、ミッション系の女子高であった。
全寮制と厳しい規則、気品溢れるデザインの制服、そしてどこか神聖さを感じさせる校舎で知られる本校は、50年もの長きに渡り、多くの女子達を一人前の淑女に仕立て上げ、世に送り出してきた。
しかし、時代の流れというものには何者も抗えぬものである。
少子化や、子供の学力低下など、様々な要因が重なり、入学希望者が年々減っていったのだ。
そして悪化した経営を歯止めをかけるため、ついに学園は大きく舵を切ることを余儀なくされた。
共学化である。
物憂げな表情でため息をつく女性がいる。
修道服を着た20代半ばぐらいの若い女性だ。
彼女は本校の卒業者である。
高校時代に薫陶を受け、自らの心を律して清らかな心を育む喜びを知った。
その恩返しをしたい一心で教師の道を志し、このたび母校へ帰ってきたのであった。
しかし、彼女の心は憂鬱だ。
なぜならば1年の副担任になってしまったからである。
1年、つまりは共学化した本校の、初めての男子生徒を受け持つのである。
女の聖域に入り込んだ異物をどのように扱うべきか、新米教師にとっては難しい問題といえよう。
だが、それだけではこれほどまでに憂鬱な気持ちにはならない。
彼女がここまで憂鬱なのは、今朝、学校に来る際にたまたま見聞きしてしまったことが原因である。
晴れやかな太陽が照る絶好の入学式日和、懐かしの母校に歩を進めていると、前方に数名の男子の姿が見えた。
皆、修道服を模した制服を着ている。
先輩教師に教えてもらったから分かる。アレは母校の男子用の制服だ。
彼らは集まって何かを話しているようだ。
自分が受け持つかもしれない生徒ということもあり、話の内容には大いに興味がある。
彼らの視界に入らないように距離をとりつつ、さりげなくその様子を伺い、その言葉を聞こうと意識を集中する。
そして数秒後、彼女はそのことを後悔した。
「ついに来たぜ! 入学式、この日をどれだけ待ち望んだか」
「くっくっくっく、TS学園の女はみんなレベルが高いって有名だからな」
「にひひひひ、女の子にあーんなことや、こーんなことを……笑いが止まらねえなあ」
「おいおい、あんまり派手にやるんじゃねえぞ。 教師にチクられでもしたらコトだぜ?」
「チクるんならチクらせときゃいいのさ。教師といっても所詮は女、力じゃ勝てねェンだからよ」
「違いねェ。なんならアッチのビデオを撮って脅してやるか!」
「いいねえ、その時は俺も混ぜてくれよ」
「俺も!」「俺も俺も!」
「それにイザとなったらオヤジの力でもみ消せばいいしな!」
「まあ、ここいらでおまえんチに逆らえるヤツなんていねえからな」
「「「ぎゃはははは」」」
「さあて、ヤロウども、夢のハーレム生活が俺たちを待ってるぜ!」
そう言ったリーダー格の少年は、歳不相応な邪悪な笑みを浮かべている。
ああ、なんということだろう。
美しき母校が、この邪悪な小鬼どもに汚されてしまう。
それだけじゃない。もしかしたら自分自身でさえも……
晴れ晴れと辺りを照らしていた太陽は、いつしかどんよりとした曇り空に覆われていた。
不安がさめ止まぬ中、教室に入ると、いた。
今朝見かけた邪鬼どもが純朴で、おとなしそうな人間の皮を被り着席していた。
このケダモノどもと3年間を過ごしていかなければならないのか――冷たい不安が背筋を流れ落ちていくのを感じた。
5月になった。
しかし、彼女の不安とは裏腹に、彼らは何も行動を起こさなかった。
たまに校舎の裏に集まって何かをしているようだが、精々のところそれだけだ。
女子生徒の雰囲気は変わらないし、彼らも女子達に対して積極的に関わろうとしていない様子だ。
どうしたことだろう?
6月になった。
男子生徒たちは相変わらず、何も行動を起こしていないようだ。
校舎裏に集まって作戦でも練っているのだろうか?
そういえば、この間の運動能力テストの彼らの成績は散々なものだったなと思い返す。
何をやらせても一般の高校生男子のレベルに達していない。
途中で下腹部を痛め、見学に回った者さえいた。
握力が一番低かったのが、あの日「力じゃ男に勝てない」と発言した者だったのには笑いを堪えるのに苦労したものだ。
なにせ、彼の握力ときたら本校の女子生徒の平均を下回るものでしか無かったのだから。
7月になった。
プール開きが近づいた頃、彼女の元に男子生徒たちがやってきた。
「相談したいことがある」と言われ、校舎裏まで来たら、少年達に周りを囲まれてしまう。
ついにこの時が来たか……と身構える彼女の前に、一人の男子生徒がオドオドとした様子で近づいてきた。
ハーレムがどうとか息巻いていたリーダー格の少年だ。
彼は思春期前の少年のような声でこう言った
「先生に見てもらいたいものがあるんです」
そして、おもむろにズボンを脱ぎだすと……
神の宿る場所には不思議な現象が起こるものである。
『下加茂の柊、尾州熱田の鶏』はその一例である。
京都は下鴨神社の摂社に比良木社と呼ばれるものがある。
この比良木社の境内に木を植えると、どのような木であろうとその葉がギザギザの柊に変じるという。
また、神宮のある名古屋の熱田の地でも同様の現象が起きたことがあるという。
他の地より移養した鶏がすべて牡と化したのである。
その後も聖テレサ・スチュアート学園は数多くの淑女達を世に送り出した。
しかし、共学化したはずの本校であるが、未だに誰一人として男子生徒の卒業者は出ていないのだという。




