一章 第六通 佐々木柚子と美咲
僕は封筒を開けた。
中には、前回よりも少し長い手紙が入っていた。
『柚子へ。
前の手紙で、ちゃんと伝えられたか分からないから、もう一度書きます。
あの日、私はあなたにひどいことを言いました。
あなたが悪いわけじゃないのに、私は自分のことばかり考えていました。
本当は、あなたと仲直りしたかった。
でも、どうやって話しかければいいのか分からなくて、結局何も言えませんでした。
あなたが私に言ってくれたこと、私は今でも覚えています。
だから、どうか自分を責めないでください。
あなたは何も悪くない。
だから、どうか幸せになってね。
大好きだよ。』
「……」
僕は手紙を読み終え、ゆっくりと便箋を折りたたんだ。
「凛」
「はい」
「これは、どうしても届けなきゃいけない」
「……そうですね」
凛は頷いた。
「でも、どうして二通も届いたんでしょう」
「分からない」
僕は封筒を見つめる。
二通届くのには、何か特別な理由があるのか。
「とにかく、佐々木を探そう」
「はい」
昼休み。
僕たちは校内を探し回った。
保健室にも、図書室にもいない。
昨日と同じように、階段の踊り場にもいなかった。
「どこにいるんでしょう……」
「今日は来てると思ったんだけどな」
「もしかしたら、早退したのかもしれませんね」
「そうだな」
僕は窓の外を見る。
雨はまだ降っている。
「……公園に行ってみるか」
「この前の公園ですか?」
「ああ。あいつが学校に来ていないなら、あそこにいるかもしれない」
僕たちは急いで校舎を出た。
公園に着くと、柚子はいた。
昨日と同じベンチに座り、膝の上に鞄を置いている。
「……佐々木さん」
凛が声をかける。
柚子は顔を上げた。
そして、僕たちを見るなり、少し嫌そうな顔をした。
「……また?」
「悪いな」
「もう話すことはないって言ったよね」
僕は封筒を取り出す。
「これを渡しに来た」
柚子の視線が封筒に向く。
「……また?」
柚子は俯く。
「もういいってば……」
「二通目だ」
「……え?」
「前の手紙とは別に、もう一通届いた」
柚子は何も言わなかった。
僕は封筒を差し出す。
「読んでやってくれないか」
「嫌」
「……」
「読まないって言ってるでしょ」
柚子は封筒から目を逸らす。
「何度言われても同じ。私はもう美咲と関わりたくない」
「どうしてだ?」
「関係ない」
「関係あるだろ。お前宛ての手紙なんだから」
「だから何?」
柚子が立ち上がる。
「手紙が届いたからって、何なの? 美咲が死んだことが変わるわけじゃない。あの時のことがなかったことになるわけでもない」
「……」
「今さら謝られたって困るんだよ!」
柚子の声が公園に響いた。
凛が一歩前に出る。
「佐々木さん……」
「私がどんな気持ちでいたか、分かる? 毎日毎日、あのことばっかり考えて……」
柚子の声が途切れる。
「……もう、嫌なの」
彼女は顔を伏せた。
「美咲のことを思い出すのも、あの日のことを思い出すのも。全部嫌なの」
僕は封筒を持つ手に力を込めた。
「……分かった」
柚子が顔を上げる。
「え?」
「今日は渡さない」
「……」
「でも、これだけは言っておく」
僕は封筒を鞄にしまった。
「怖がって手紙を見ないならきっと一生後悔する。」
「……何それ」
「手紙を読むかどうかは、お前が決めればいい」
柚子は何も言わなかった。
「僕たちは帰るから、気が変わったら、いつでも言ってくれ」
そう言って、僕は凛に目配せをした。
凛は小さく頷き、柚子に頭を下げる。
「失礼します」
僕たちは公園を後にした。
帰り道。
凛はずっと黙っていた。
「……どうした?」
「私、何もできませんでした」
「別にいいだろ」
「でも、佐々木さんはずっと苦しそうで……」
「だからって、僕たちにできることがあるわけじゃない」
「……そうですね」
凛は足元を見つめる。
「手紙を届けるって、難しいですね」
「ああ」
「……」
僕は少し考えた。
「なあ、凛」
「はい?」
「お前は、どうして柚子が手紙を読みたくないのか分かるか?」
「……美咲さんとの間に何かあったから、でしょうか」
「それだけじゃないと思う」
「どういうことですか?」
「手紙を読んだら、何かが変わってしまうと思ってるんじゃないか」
凛は首を傾げる。
「変わる……?」
「ああ。今まで自分が信じていたこととか、ずっと抱えていた気持ちとか。そういうものが、手紙一つで変わってしまうかもしれない」
「……」
「だから、読めないんだろ」
凛は少しだけ考えてから、頷いた。
「……私も、そうだったのかもしれません」
「え?」
「お父さんの手紙を読む前、私はずっと怒っていました。お父さんがどうしてあんなことをしたのか、どうして私の気持ちを分かってくれなかったのか」
凛は少しだけ笑った。
「でも、手紙を読んだら、お父さんのことを嫌いになれなくなってしまった」
「……」
「本当は、嫌いになりたかったわけじゃないんですけどね」
凛は空を見上げる。
「だから、佐々木さんも怖いのかもしれません。手紙を読んだら、今までの気持ちが変わってしまうことが」
「……かもな」
僕たちはしばらく黙って歩いた。
きっと怖いんだろう。手紙を読んで、美咲をまた好きになり、大切な人を失ったと改めて感じることが。
やがて、凛が口を開く。
「手紙くん」
「なんだよ」
「私、明日も佐々木さんに会いに行きます」
「そうか」
「でも、今度は手紙を渡すためじゃありません」
「……」
「ただ、話をしてみたいんです」
僕は凛を見た。
「僕も行く。お前1人じゃ何をやらかすかわからん。」
「はい」
凛は少しだけ笑った。
翌日。
凛は一人で柚子のところへ向かった。
僕は少し離れた場所から、その様子を見ていた。
公園のベンチには、柚子が座っている。
凛が近づくと、柚子は顔を上げた。
「……また来たの?」
「はい」
「もう、何度来ても同じだよ」
「今日は手紙を持ってきていません」
「……え?」
「ただ、少しお話ししたくて」
柚子は困ったような顔をした。
「話すことなんてないよ」
「そうですか」
凛は無理に隣へ座ろうとはしなかった。
少し離れたところに立ったまま、柚子を見つめている。
「じゃあ、私の話をしてもいいですか?」
「……勝手にすれば」
「ありがとうございます」
凛は小さく頭を下げた。
「私、つい最近まで父と喧嘩をしていました」
柚子は何も言わない。
「進路のことで意見が合わなくて、私、ひどいことを言ってしまったんです。自分の人生なんだから、お父さんに決められたくないって」
凛は少しだけ視線を落とす。
「その日、私は家を出ました。昔、私が家出をした時に父が迎えに来てくれたバス停があったんです。だから、もしかしたら今回も来てくれるんじゃないかって、どこかで思っていました」
柚子が少しだけ顔を上げた。
「でも、父は……」
凛は言葉を詰まらせる。
「その日、亡くなってしまいました」
「……」
「だから、私はずっと後悔していました。最後にあんなことを言わなければよかったって。ちゃんと謝ればよかったって」
凛は小さく息を吸う。
「でも、父から手紙が届いたんです」
「……手紙?」
「はい。そこには、私のことを心配していたこと、私のことを誇りに思っていること、そして愛していることが書かれていました」
凛は少しだけ笑った。
「それを読んで、ようやく父とお別れができた気がしたんです」
柚子は黙って聞いていた。
「もちろん、手紙を読んだからって、後悔が全部なくなったわけじゃありません。でも、父が私に何を伝えたかったのかを知ることができました」
「……それで?」
「だから、私は佐々木さんにも、そんな手紙が届いていることを知ってほしかったんです」
「……」
「でも、昨日のあなたを見て思いました。私の経験を、あなたに押しつけてはいけないって」
凛は少し頭を下げた。
「ごめんなさい。何度も押しかけて」
柚子はしばらく何も言わなかった。
そして、ぽつりと呟いた。
「……あなたのお父さん、いい人だったんだね」
「はい」
「羨ましいな」
その言葉は、ひどく小さかった。
凛は少しだけ目を伏せる。
「……そうですね」
「私には、そんな人いなかったから」
「……」
「美咲は、もう私のことなんて嫌いだったんだと思う」
柚子は膝の上で手を握る。
「最後に会った時も、喧嘩してたし。私があんなこと言わなければ、あの子だって……」
そこで、柚子は言葉を止めた。
凛は何も言わなかった。
ただ、柚子の言葉を待っていた。
「……ごめん。今の忘れて」
「分かりました」
「もう帰って」
「はい。また来ますね」
「来なくていいってば」
凛は小さく笑って、頭を下げた。
そして僕の方へ戻ってくる。
「どうだった?」
「少しだけ、話せました」
「そうか」
「佐々木さん、まだ何か抱えているみたいです」
「ああ」
「でも、少しだけ分かった気がします」
「何が?」
凛は公園の方を振り返った。
「佐々木さんは、美咲さんに嫌われたままだと思っているんです」
「……」
「だから、手紙を読むのが怖いんだと思います」
僕はポケットの中にある封筒を握った。
「……だろーな。」
その日の放課後。
机の中には、以前届いた二通の手紙が鞄の中に入っている。
一通目。
二通目。
どちらにも、名前は書かれていない。
どうして、名前を書かなかったんだろう。
……あの日、あなたが言ってくれた言葉。
一体、何のことなんだろう。
二通とも、謝罪と感謝。
そして、柚子に自分を責めないでほしいという言葉。
……美咲は、柚子のことを嫌っていたわけじゃない。
いや、そう簡単に決めつけることはできない。
人間関係なんて、そんな単純なものじゃない。
仲が良かったからこそ、傷つけてしまうこともある。
大切だったからこそ、謝れなくなることもある。
「……手紙くん」
教室の入口から声がした。
凛だった。
「帰らないんですか?」
「もう少しだけな」
「何をしていたんですか?」
「手紙のこと、考えてたら
「美咲さんの、、、ですか?」
「ああ」
凛は僕の机の隣に来る。
「何か分かりましたか?」
「いや、何も」
僕は封筒を見つめた。
「ただ、美咲さん、相当佐々木のことを大切に思っていたんだろうな」
「……そうですね」
「だからこそ、どうしてこんなことになったのか気になる」
「私もです」
凛は少しだけ考える。
「佐々木さんが話してくれるまで、待つしかないんでしょうか」
「そうだな」
僕は立ち上がった。
「帰るぞ」
「はい」
教室を出ようとした時だった。
机の中が、小さく震えた。
「……ん?」
俺と凛は同時に振り返る。
机の引き出しを開けると、そこには新しい白い封筒が入っていた。
宛名は、やはり佐々木柚子。
「……三通目?」
凛が驚いた声を上げる。
「こんなの初めてだ」
僕は封筒を手に取った。
今まで、同じ差出人から三度手紙が届いたことはなかった。
しかも、最初の二通とは違い、封筒の表には小さな文字が添えられていた。
『これが最後の手紙です』
僕は思わず息を呑んだ。
「手紙くん……」
「……ああ」
封筒を開ける。
中には、便箋が一枚。
今までの二通よりも、少しだけ文字が乱れていた。
そして時々、文字がぼやけている
『柚子へ。
これで最後にします。
何度も手紙を書いてごめん○。
どうしても伝えたいことがあったから、何度も書い○しまいました。
あの日、私たちが喧嘩したことを覚えていますか?
私○あなたに、ひどいことを言いました。
あなたが私のためにしてくれたことを、全部否定し○しまいました。
本当は、そん○ことを言いたかったわけじゃなかった。
あなたに嫌われるのが怖かった。
でも、あなたに嫌われたくないと思いながら、私はあなたを傷つけてしまった。
最後まで、素直になれなくてご○んなさい。
それから、
あなたは、私にとって大切な友達でした。
一緒に過ごした時間は、全部楽しかった。
だから、どうか笑っていてください。
私のこと○忘れてもいいです。
でも、私と過ごした時間まで、なかったことにしないでください。
柚子。
あなたと友達になれて、本当によかった。
ありがとう。
〇〇』
読み終えた僕は、便箋をそっと閉じた。
文字が時折ぼやけている理由は明らかだ。
そして、ずっと名前を書かなかったのは、柚子に負い目を感じさせないため。
本当は忘れて欲しくなんかないはずなのに。
凛も、何も言わなかった。
「……手紙くん」
「ああ」
「これを、届けましょう」
「……そうだな」
僕は封筒を鞄にしまった。
今度こそ、届けなければならない。
何があっても絶対に。
翌日。
雨は降っていなかった。
柚子は、いつものベンチに座っていた。
「……また来たの?」
「悪いな」
「もう、何度も言ってるけど」
「今日は最後にする」
僕は鞄から白い封筒を取り出した。
「これが最後の手紙だ」
柚子は封筒を見つめる。
「……三通目?」
「ああ」
「どうして、そんなに何通も届くの……?」
「僕にも分からない。ただ、これで最後だと書いてあった」
柚子は封筒から目を逸らす。
「……読まない」
「そうか」
「何度言っても同じだよ」
「分かった」
僕は封筒を鞄にしまおうとした。
その時、
「……ねえ」
柚子が口を開いた。
「何だ?」
「美咲って、どんなことを書いてたの?」
「……知りたいのか?」
「別に。読むつもりはないけど」
「そうか」
僕は少しだけ考えた。
「謝ってたよ」
「……」
「お前にひどいことを言ったこと。仲直りしたかったのに、素直になれなかったこと」
柚子は何も言わない。
「それから、お前が悪いわけじゃないって」
「……」
「お前と友達になれてよかったってさ」
柚子の手が震えた。
「……そんなの」
小さく呟く。
「そんなの、今さら言われたって……」
「そうだな」
僕はベンチの前に立った。
「今さらだよ」
「……」
「どれだけ謝ったって、過去は変わらない。どれだけ感謝したって、もう直接伝えることはできない」
柚子は俯いた。
「でも、だからって伝えなくていいわけじゃないだろ」
僕は封筒を差し出す。
「読むかどうかは、お前が決めろ」
柚子はしばらく封筒を見つめていた。
そして、ゆっくりと手を伸ばす。
指先が封筒に触れる。
しかし、すぐには受け取らなかった。
「……怖い」
柚子が呟く。
「うん」
凛が小さく頷く。
「読んだら、全部変わっちゃう気がする」
「変わるかもしれないな」
僕は答えた。
「でも、変わったっていいんじゃないか」
柚子が顔を上げる。
「今までずっと抱えていたものを、少しだけ置いていけるかもしれない」
「……」
「もちろん、読まなくてもいい。僕たちは無理に読ませるつもりはない」
僕は封筒を持ったまま、柚子の目を見た。
「ただ、美咲さんが伝えたかった言葉は、ここにある」
柚子はしばらく僕の顔を見つめていた。
やがて、ゆっくりと封筒を受け取った。
「……読む」
その声は、かすれていた。
「読んでみる」
柚子は封筒を開けた。
便箋を取り出す。
そして、一文字ずつ、ゆっくりと読み始めた。
最初は、表情を変えなかった。
ただ、じっと文字を追っていた。
けれど、途中から手が震え始めた。
何度か目を擦り、息を整える。
そして最後の一文を読み終えた時。
ぽたり。
便箋の上に、一滴の涙が落ちた。
「……ばか」
柚子が呟く。
「ほんと、ばかだよ……」
次々と涙が落ちる。
「そんなこと、言わなくたって分かってたのに……」
柚子は便箋を胸に抱えた。
「美咲のばか……」
凛は隣で静かに見守っている。
僕も何も言わなかった。
しばらくして、柚子が口を開いた。
「……私ね」
「うん」
「美咲と、幼稚園の頃からずっと一緒だったの」
「そうなのか」
「家も近くて、小学校も中学校も一緒で。」
柚子は手紙を見つめる。
「ずっと一緒だったから、何でも分かってるつもりだった」
「……」
「美咲が何を考えてるのかも、何が好きなのかも、何が嫌いなのかも」
柚子は小さく笑った。
「でも、全然分かってなかったんだね」
「どうしてそう思う?」
「だって、あの子が私に嫌われるのを怖がってたなんて、知らなかった」
柚子は手紙を握りしめる。
「私も、同じだったのに」
凛が静かに尋ねる。
「何かあったんですか?」
柚子は少し迷ってから、話し始めた。
「……私たち、去年の冬に喧嘩したんだ」
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美咲は、昔から明るい子だった。
誰とでもすぐに仲良くなれて、困っている人がいたら放っておけない。
私はその反対。
人見知りで、知らない人と話すのは苦手だった。
だから、昔から美咲が私の隣にいてくれた。
私が一人でいると、必ず声をかけてくれた。
「柚子、一緒に帰ろう!」
「柚子、今日のお昼一緒に食べようよ!」
「柚子、これ見て!」
いつも美咲が話しかけてくれて、私はそれに答えるだけ。
それが当たり前になっていた。
でも、高校に入ってから、少しずつ変わっていった。
美咲は友達が増えて、私以外の子ともよく話すようになった。
私はそれが嬉しかった。
……はずだった。
ある日、美咲が私に言った。
「柚子も、もっと他の子と話してみたら?」
私は顔を背ける。
「別にいいよ」
「えー、どうして?」
「美咲がいるし」
「でも、私だってずっと一緒にいられるわけじゃないよ?」
「……」
「柚子にも、もっと友達ができたらいいなって思って」
その時の私は、どうしてそんなことを言うのか分からなかった。
美咲は私と一緒にいたくないのか。
私が邪魔なのか。
そんなことばかり考えていた。
そして、ある日の放課後。
美咲が他の友達と帰ろうとしているところを見かけた。
私は思わず声をかけた。
「美咲、今日一緒に帰らないの?」
「ごめん! 今日はちょっと用事があって」
「……そっか」
「また明日ね!」
美咲は笑顔で手を振った。
私はその場に立ち尽くした。
その時、隣にいた女の子が言った。
「柚子ちゃんって、いつも美咲ちゃんと一緒だよね」
「……うん」
「仲良しなんだね」
「まあね」
「でも、美咲ちゃんって最近、他の子ともよくいるよね」
その言葉が、妙に引っかかった。
私はその日、家に帰ってからもずっと考えていた。
そして翌日。
美咲に言ってしまった。
言ってはいけないのはわかっていた。
ただ、きづいた時にはもう口からこぼれていた。
「私と一緒にいるの、嫌になった?」
美咲は驚いた顔をした。
「え? どうして?」
「最近、他の子とばっかりいるから」
「そんなことないよ」
「じゃあ、どうして昨日一緒に帰ってくれなかったの?」
「それは用事があったから……」
「私より、他の子の方が楽しいんでしょ」
美咲は困ったように笑った。
「柚子、そんなことないって」
「じゃあ、どうして私に友達を作れって言うの?」
「それは……」
「私と一緒にいるのが嫌だからでしょ!」
その時、美咲も声を荒らげた。
「もう! どうしてそうなるの!」
「……」
「私は柚子のことを思って言ってるんだよ!」
「頼んでない!」
「……っ」
美咲の表情が変わった。
「そう。じゃあ、もういい」
そのまま、美咲は行ってしまった。
私は追いかけなかった。
それからしばらく、私たちは話さなかった。
仲直りしたいとは思っていた。
でも、どうやって話しかければいいのか分からなかった。
時間が解決してくれる。そう思っていた。
そんな時、美咲が事故に遭った。
突然のことだった。
私は何もできなかった。
最後に会った時、喧嘩をしたままだった。
謝ることも、仲直りすることもできなかった。
それなのに、私は美咲がいなくなってからも、ずっと怒っていた。
どうしてあんなことを言ったんだろう。
どうして私から謝らなかったんだろう。
どうして、もっと一緒にいなかったんだろう。
考えれば考えるほど、自分が嫌になった。
だから、学校に行きたくなくなった。
美咲と過ごした場所に行くのが怖かった。
教室に入るのも、みんなの顔を見るのも。
全部、嫌だった。
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「だから、誰とも話したくなかったの、、」
柚子は時折しゃっくりをしながら話す。
「みんなは、私が美咲と仲が良かったことを知ってる。だから、私を見るたびに美咲のことを思い出すんじゃないかって」
「そんなことないと思うぞ」
「分かってる。でも、怖いんだよ」
柚子は涙を拭った。
「美咲がいない学校に、私だけ普通に通うなんてできない」
凛がそっと口を開く。
「……美咲さんは、佐々木さんに学校に行ってほしいと思っているんじゃないでしょうか」
「……分かってる」
柚子は手紙を見つめる。
「分かってるよ。あの子なら、きっとそう言う」
少しだけ笑った。
「だから、余計に困るんだよね」
しばらくして、柚子は手紙を封筒に戻し、鞄にしまった。
「……ありがとう」
柚子が僕たちに言う。
「別に。僕たちは手紙を届けただけだ」
「それでも、ありがとう」
柚子は凛の方を見る。
「水瀬さんも」
「いえ。私は何もしていません」
「そんなことないよ」
柚子は少しだけ笑った。
「話を聞いてくれて、ありがとう」
凛は嬉しそうに頷いた。
「どういたしまして」
「……ねえ」
柚子が俺を見る。
「また、話しかけてもいい?」
「僕たちに?」
「うん」
「別に構わないけど」
「そっか」
柚子は少しだけ安心したように笑った。
「じゃあ、またね」
「ああ」
「また明日、学校で会いましょうね」
凛がそう言うと、柚子は少し驚いた顔をした。
そして、
「……うん」
と、小さく頷いた。
翌朝。
雨は降っていなかった。
僕が教室に入ると、冬馬がいつものように自分の席で弁当を食べていた。
「おはよう、届出」
「朝からなんでご飯食ってんだよ。」
「朝飯だ。朝飯。」
僕は自分の席に向かう。
すると、
「おはよう」
後ろから声がした。
振り返る。
そこには、佐々木柚子が立っていた。
「……おう」
「昨日はありがとう」
「もういいって」
「ううん。ちゃんと言いたかったから」
柚子は少しだけ笑う。
「ちゃんといろんな人と話して友達になろうって決めたんだ。美咲のお願いだもん。」
「そうか」
「まだ、少し怖いけど」
「無理すんなよ」
「うん」
柚子は自分の教室に向かう。
その後ろ姿を見ていると、冬馬が食いついてくる。
「……何かあったのか?」
「別に」
「ふーん」
冬馬はニヤニヤしている。
「お前、最近忙しそうだな」
「そうか?」
「そうだよ。水瀬に佐々木。ずいぶん友達が増えたじゃん」
「友達じゃねーよ」
「またまた」
「うるせー」
僕は机の中を見た。
白い封筒は入っていない。
今日は雨が降っていないからだろうか。
「手紙くん!」
教室の入口から凛の声がした。
「おはようございます!」
「ん、おはよう」
「佐々木さん、来てますね!」
「見れば分かるだろ」
「ふふっ。よかったです」
凛は歩いている柚子の方へ駆け寄っていく。
「佐々木さん、おはようございます!」
「おはよう、水瀬さん」
「今日は一緒にお昼食べませんか?」
「えっ?」
「もちろん、無理なら大丈夫ですけど……」
柚子は少し考えた後、笑った。
「……うん。いいよ」
「本当ですか!」
「うん」
その様子を見て、僕は小さく息を吐いた。
……まあ、悪くない。
死んだ人間の手紙を届けたところで、何かが劇的に変わるわけじゃない。
過去は変わらないし、亡くなった人が帰ってくることもない。
それでも。
ほんの少しだけ、誰かの明日が変わることはあるのかもしれない。
「で、なんでお前ら僕の席に来るんだよ。」
凛と柚子が僕のところに来てお弁当を広げている。
「だって、ここ、集まりやすいんだもーん。」
「手紙くんも大事な友達ですから。」
「はぁ、、、めんどくせ。」
この時、少しだけ悪くないかもと思ったのは内緒だ。
僕が席に座ろうとした時、机が少し揺れる。
窓の外を見ると少し雨が降っている。
「また、手紙だな。」
「ご飯を食べたら、確認してみましょう?」
「だな。」
僕たちのその様子を見て佐々木が言う。
「私も手伝うよ。手伝いたい。」
「好きにしろ。」
この騒がしい非日常はもう少し続きそうだ。




