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一章 第二通 僕は届けない

「………一週間前か」

僕は思わず口に出す。


「はい。ちょうど一週間前です」

「そう」

「それだけですか?」

「それだけって?」

「お父さんが亡くなったって言ったのに」

「……何て言えばいいんだよ」

水瀬は少し考えてから、困ったように笑った。

「そうですよね。ごめんなさい。急にこんな話をして」

「いや、別に」

僕は机の引き出しを見ないようにした。

見なくても分かる。

中にある。

水瀬悠人から、水瀬凛への手紙。

死んだ人間から届いた、最後の手紙。

「水瀬」

「はい」

「お父さんに会えるって、どういう意味?」

「……雨の日にだけ、会えるんです」

「幽霊?」

「たぶん」

「たぶんって何だよ」

「私も、よく分からないんです」

水瀬は窓の外を見た。

今日は雨が降っている。

朝からずっと、細い雨が続いていた。

「お父さんが亡くなったのは、今日みたいな雨の日だったんです。その日私はお父さんと喧嘩してしまったんです。」

「喧嘩?」

「はい。くだらないことです」

水瀬は、少しだけ笑った。

「私が進路のことで反対したんです。お父さんは、私が遠くの学校に行くことを嫌がっていて。私は、どうして自分の人生なのに、お父さんに決められなきゃいけないのって言いました」

「……」

「それで、家を出ました。私は小さい時に家出した時、バス停に逃げたんです。だからお父さんはバス停で私を待っていた。そしたら、、、そのバス停に、、、」

彼女は言葉を止めた。

僕は、何も言わなかった。

何も言えなかった。

「それから、雨の日になると、バス停にお父さんがいるんです」


水瀬は、自分の傘を見た。

「お父さんは、私が小さいころから、雨の日に迎えに来てくれていました。私が傘を忘れて家出した時もいつもバス停に来てくれて、、」

「……」

「だから、お父さんはきっと、雨の日に私に会いに来てくれるんだと思います。」


僕は、机の引き出しを見た。

水瀬悠人。そう書かれた手紙がある。

「それで、何を話すんだ?」

「……何も」

「何も、、、?」

「はい。お父さんは、何も言わないんです」


水瀬は、少しだけ顔を曇らせた。

「私が話しかけても、ただ笑っているだけで。何か言おうとすると、雨が止んでしまうんです」

「……」

「でも、私は会いたいんです」

その言葉を聞いた瞬間。

僕は、引き出しの中の封筒を思い出した。

死んだ人間からの手紙。

誰かに言いたかったこと。

伝えられなかった言葉。


「届出君」

水瀬が僕を見た。

「何?」

「……何か、知ってるんですか?」

「何を?」

「私のお父さんのこと」

「……知らない。」

僕は、そう答えた。

水瀬は少しだけ僕を見つめたあと、頷いた。

「そうですよね」

彼女は、笑った。

「変なこと聞いて、ごめんなさい」

その笑顔が、妙に気になった。


放課後。

僕は、机の引き出しを開けた。

白い封筒が2つ。

昨日から、何も変わっていない。

ひとつは、

『水瀬凛へ』

『水瀬悠人』

そしてもうひとつは、、、


僕は水瀬凛に宛てた手紙を取り出す。

そして、もう一度、裏返す。

差出人の名前。

何度見ても、同じだった。

「……」

僕は、封筒を机の上に置いた。

届けなければ、手紙は自然に消える。

それは、今まで何度も確かめてきたことだ。

そして、僕の机には二度と現れない。


そうなれば、僕はもう、誰かの最後の言葉を届ける必要はない。

祖母の手紙を読んでから、ずっとそう思っていた。

誰かの言葉を届けるなんて、僕には無理だ。

届いたところで、何が変わる?

死んだ人間は戻ってこない。

手紙を読んだ人間が、泣いたり、笑ったりしたところで。

何も変わらない。

僕は、封筒を引き出しに戻した。

「……届けない」

誰もいない教室で、そう呟いた。


そのとき。


「何を?」

背後から声がした。

僕は、振り返った。

神崎冬馬が、教室の入り口に立っていた。

「……何だよ」

「何だよ、じゃねえよ。お前、まだ帰ってなかったのか」

「お前こそ」

「忘れ物」

冬馬は自分の机から教科書を取り出した。


そして、僕の机を見た。

「……何だ、それ」

「何が?」

「封筒」

「……」


僕は引き出しを閉めた。

「何でもない」

「何でもないって顔じゃねえだろ」

「どういう顔だよ」

「今にも世界が終わりそうな顔」

「そんな顔してない」

冬馬は、僕の机の前まで来た。

「……届出」

「何?」

「何かあったのか?」


僕は、少しだけ考えた。

冬馬に話しても、どうせ信じないだろう。

死んだ人間から手紙が届くなんて。

そんなことを言ったら、きっと笑われる。

「何もない」

僕はそう答えた。

冬馬は、しばらく黙っていた。

それから。

「……そうか」

彼は、机の上に置いてあった僕のプリントを手に取った。

「じゃあ、これ。明日提出だぞ」

「……あ」

「また忘れるなよ」

冬馬は教室を出ていった。

僕は、その背中を見送った。

そして、机の中を見る。

封筒は、まだそこにあった。


次の日。

朝から雨だった。

僕は、いつもより早く学校に着いた。

教室には、まだ誰もいない。

机の中を見る。

手紙は、まだ消えていなかった。

「……」

僕は封筒を取り出した。

読むつもりはない。

届けるつもりもない。

ただ、差出人の名前を見ているだけだ。

『水瀬悠人』




そのとき。

教室の扉が開いた。

「……届出君?」

水瀬凛だった。

「何してるんですか?」

「……別に」

僕は封筒を隠そうとした。

けれど。

水瀬は、僕の手元を見ていた。

「それ、手紙ですか?」

「……」

「私宛て?」


僕は答えなかった。

水瀬は、僕の机に近づいた。

「……お父さんから?」

その声は、昨日よりも小さかった。

僕は、思わず封筒を握りしめた。

「……違う」

「でも、差出人は」

「違うって言ってるだろ、、、!」

「……」

水瀬は、少しだけ俯いた。

「届出君」

「何」

「お願いがあります」

僕は、顔を上げた。

「……何だよ」

「その手紙を、読んでください」

「……」

「お父さんが、何を言いたかったのか。知りたいんです」

「……」

「私は、もう一度お父さんに会いたい。でも、雨の日に会えるお父さんは、何も言ってくれないんです」

彼女は、僕を見た。

「だから、お願いです」

僕は、封筒を握りしめた。

届けなければ、手紙は消える。

読まなければ、誰にも何も伝わらない。

僕はもう、誰かの終わりを誰かに伝えるなんて、、したくない。


「……悪い」

僕は、言った。

「できない」

水瀬は、何も言わなかった。

ただ、少しだけ目を伏せた。

「……そうですか」

その声は、あまりにも静かだった

「………ごめん。」

水瀬は、頷いた。

「はい」

そして。

彼女は、教室を出ていった。


その日の昼休み。

冬馬が、僕の机に弁当を置いた。

「……食え」

「何で?」

「今日も、母さんが作りすぎた」

「毎日作りすぎてないか?」

「うるせえ」

僕は弁当を受け取った。

冬馬は、僕の顔を見た。

「……水瀬と、何かあったのか?」

「……何で?」

「朝、あいつが教室から涙目で出ていくのを見た」

「……」

「お前、何か言っただろ」

僕は、弁当の蓋を開けた。

「……別に」

冬馬は、ため息をついた。

「お前さ」

「何?」

「何でもかんでも一人で抱え込むなよ」

「……」

「別に、話せって言ってるわけじゃねえけど」

冬馬は、自分の弁当を開けた。

「誰かに話したら、少しは楽になることもあるだろ」

僕は、何も答えなかった。

でも。

その言葉が、妙に頭に残った。


放課後。

僕は、いつものように机の引き出しを開けた。

手紙は、まだそこにあった。

今日で、六日目。

今まで手紙は一週間ほどで消えていた。

これでいい。これでいいんだ。

ただ、、、、

一つだけ。気になることを確認しなければならない。


僕は水瀬凛宛てではない手紙。水瀬凛が転校してくる前に届いていた僕(・)宛(・)て(・)の(・)手紙を取り出す。

捲ると裏には差出人が書かれている。



                    


                     『水瀬悠人』

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