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一章 第一通 僕の机には、死んだ人間から手紙が届く

僕の机には、死んだ人間から手紙が届く。


正確に言えば、死んでしまい、伝えたいことが伝えられなかった人間だ。

それ以上経った人間からは届かない。

手紙の内容は、だいたい決まっている。


「ありがとう」


「ごめんなさい」


「会いたかった」


そして、たまに。

「お前のせいだ」


僕はそれを滅多に読むことはない。

読めば、差出人が誰なのか分かる。

読めば、宛先が誰なのかも分かる。

でも、読んでしまえば最後。

その手紙を届けなければならなくなる。

だから僕は、いつも机の引き出しにしまっていた。

誰にも見つからないように。

誰にも知られないように。

そして、いつか手紙が届かなくなることを、ずっと願っていた。



「おい、届出。聞いてるか?」

「聞いてる」

「絶対聞いてないだろ」


隣の席から、シャープペンシルの先が伸びてきた。

僕のノートを突いている。

「届出。先生が呼んでる」

「そうか」

「そうか、じゃねえよ。何ぼーっとしてんだ。」

「考え事してた」

「何の?」

「人生について」

「授業中に?」

「授業<人生だろ。」

隣の席の男、神崎冬馬は、呆れた顔で僕を見た。

「お前、本当に高校生か?」

「高校生だよ」

「だったら、もう少し高校生らしくしろ」

「高校生らしいって、どういうことだよ。」

「知らねえよ」


冬馬はため息をついて、前を向いた。

僕は机の上に置かれたプリントを見る。

プリントの右下に、小さく書かれた先生のコメント。

『届出、今度は提出期限を守ること』

……そうだった。

昨日、提出期限を過ぎた課題を出したのだった。

プリントを机と中に入れようとする。

すると、そこに。

白い封筒があった。

「……」

思わず、息が止まる。

封筒は、机の中から出てきた。

さっきまで、確かに何もなかったはずだ。

白い紙。

古い切手。

そして、宛名。

『届出 手紙(たより)』

僕は、封筒を引き出しの中にしまった。

窓の外で雨が降っていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

僕がこの奇妙な手紙を受け取るようになったのは、中学二年の秋だった。

最初の手紙は、祖母からだった。

祖母は、僕が小学五年のときに亡くなった。

僕は祖母が好きだった。

祖母も僕を可愛がってくれた。


けれど、祖母が死ぬ前の数日間、僕は一度も病院へ行かなかった。

怖かった。

病院の匂いが嫌だった。

白い天井が嫌だった。


何より、祖母が死ぬところを見たくなかった。

最後に祖母と会ったのは、病院ではなく、家だった。


祖母は、僕の名前を呼んだ。

僕は返事をした。

祖母は、何か言っていたけど、もう思い出せない。


そして、その三日後。

祖母は死んだ。

僕は葬式で泣かなかった。

泣けなかった。


それから三年後。

ある雨の日に、僕の机に手紙が届いた。

差出人は祖母だった。


『手紙へ。

手紙は、自慢の孫です。

幸せになってください。』


僕はその手紙を、最後まで読んだ。

最悪の気分だった。どうせならもっと酷いことを書いて欲しかった。

僕を恨んでいて欲しかった。

泣かなかった僕を。

そして、それを読んでも僕は泣けなかった。

あんなに楽しくても死ぬのなんて一瞬だ。

泣く理由がわからない。


翌朝、机の引き出しから手紙は消えていた。

それ以来、僕は雨の日に手紙を受け取るようになった。

死んだ人間から。

まだ、誰かに言いたいことが残っている人間から。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「届出。」

昼休み。

冬馬が、僕の机に弁当を置いた。

「お前、今日も購買行かないのか?」

「行かない」

「じゃあ、これ食え」

「何で」

「お前の分」

「……いや、何で?」

「母さんが作りすぎた」

「嘘だろ」

「嘘じゃねえよ」

冬馬は、僕の机に置いた弁当を指さした。

「食わねえなら、捨てるぞ」

「それはもったいない」

「じゃあ食え」

僕は弁当を受け取った。

冬馬の弁当は、いつも量が多い。

本人は「母さんが作りすぎた」と言うが、たぶん僕が昼食を抜くことを知っている。

知っているくせに、何も聞かない。

その距離感が、僕にはありがたかった。

「そういえば」

冬馬が、箸を動かしながら言った。

「明日、転校生が来るらしいぞ」

「へえ」

「女子だって」

「そうか」

「お前、興味なさすぎだろ」

「転校生が来ることと、僕のこれからの人生に何か関係はあるのか。」

「……ないけど」

冬馬は笑った。

「まあ、そうだな」


そして次の日の朝。

教室の扉が開いた。

担任の先生が入ってくる。

「席に着け。紹介するぞ」

生徒たちが騒ぎ始めた。

「届出。流石に顔くらい上げとけ。」

冬馬が肩を叩く。

先生が黒板の前に立った。

「今日から、このクラスに新しい生徒が入る。入ってこい」

扉の向こうから、少女が現れた。

黒い髪。

白い肌。

少し大きめの制服。

そして、何より。

彼女は、傘を持っていた。

雨は、降っていない。

「……」

僕は、思わず目を見開いた。

少女は教室の前に立つと、少し緊張した様子で頭を下げた。

「初めまして。水瀬凛です」

その声を聞いた瞬間。

僕の机の引き出しが、かすかに震えた。


放課後。

僕は、引き出しを開けた。

白い封筒が一つ。

その隣に、もう一つ。

新しい手紙だった。

宛名は。

『水瀬凛へ』

僕は、封筒を握りしめた。

「……何だよ」

思わず、声が出る。

死んだ人間からの手紙は、いつも僕の机に届く。

でも、宛先は僕じゃない。

今まで、何人もの人に手紙を届けてきた。

手紙を受け取った人が泣くこともあった。

怒ることもあった。

笑うこともあった。

そして、手紙を読んだ人は、必ず言った。

「あなたが羨ましい。」

けれど。

羨ましいわけない。

誰かと変われるなら僕は喜んで変わる。

でもそれは許されることはない。

僕はもう、誰にも手紙は届けないと決めた。

届けなければ手紙は自然と消えていく。

だから、この手紙も届けない。

そう思ったが、流石に差出人くらいは確認しよう。

僕は封筒を裏返した。

名前が、書かれている。

『水瀬悠人』

その名前を見た瞬間。

僕は、息を止めた。

水瀬悠人。

僕は、、、、、、その名前を知っていた。




「届出君」

翌朝。

水瀬凛が、僕の机の前に立っていた。

「……何?」

「昨日、私のことを見ていましたよね」

「見てない。」

「見てました。なぜ見てたんですか。」

「……」

僕は、少し考えた。

「傘を持っていたから」

「傘?」

「雨降っていなかったのに」

水瀬は、自分の傘を見た。

「……ああ」

「何か、理由があるの?」

「あります」

彼女は、静かに言った。

「私、雨の日が嫌いなんです」

「……そう。僕も雨の日は大嫌いだ。」

「でも、雨の日にしか会えない人がいるんです」


僕は、顔を上げた。

「誰?」

水瀬は、少しだけ笑った。

「お父さんです。」

その瞬間。

僕の机の引き出しが、また震えた。

嫌な予感がする。

「……水瀬」

「はい」

「お父さんは、いつ亡くなったの?」

彼女は、少しだけ目を伏せた。

「一週間前です。」

教室の窓の外で、雨が降っている。

僕はその日机の中を見ることはなかった。

いつもとは少しテイストを変えて、不思議な世界観を描いて見ました。感動する作品にしますのでぜひこれからも読んでみてください

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