後半
今日は、優芽と地元の祭りに行くと前から約束していた。昨日の今日だから、優芽と会うのにちょっと緊張している。だって親友と、キ、キス(小声)しそうになっちゃったんだもん!いや今は恋人だけどさ!
待ち合わせ場所に現れた優芽は浴衣を着ていた。
「あー!かわいい!」
彼女は私が着ている浴衣を一番に褒めてくれた。その笑顔があまりにもいつも通りで、私は肩の力が抜けた。
「優芽も似合ってる。かわいい」
「えへへ。浴衣着てくるか迷ったけど、着てきてよかったー」
優芽は満足そうに笑った。
頭にひょっとこのお面をつけて、子どものようにはしゃぐ優芽を見ていると、こっちはなんだか大人になった気分になる。
「ねえねえ、見て。真っ青」
ブルーハワイ味のかき氷を食べながら、舌をべっと見せてきた。ほら、子どもみたい。
「私も、見て」
と、頭におかめのお面をつけた私は、メロンシロップで緑になった舌を見せた。
「ぎゃー!妖怪みたい!!」
「優芽だって!」
結局私もまだまだ大人になれなかった子どもね。このお面、夜中に見たら絶対怖いよ。この前優芽と見たホラー映画を思い出してちょっと身震いした。
二人で笑い合っていると、夜空に花火が上がった。
「わー!きれいだね!」
「ほんと。きれい...ねぇ、優芽?」
「んー?なにー?」
「来年も来ようね。お祭り。二人で」
「...そうだね!来年も二人で!」
二人で手を繋いで、上がり続ける花火を眺めた。もう違和感はない、恋人繋ぎ。
花火が一発上がるたびに、優芽の横顔が明るく照らされた。
六日目、その日は朝から雨で、昨日の花火が嘘みたいに空は灰色だった。それに優芽から連絡が来ない。いつもは必ず私が起きるより前に『おはよう』とメッセージが入っているのに。私から連絡しても、なかなか既読にならない。
お昼が過ぎて一度電話をかけてみた。何回かコール音がなってやっと繋がった。
『…もしもし…』
なんとなく、優芽の声がいつもと違って聞こえた。
「優芽?大丈夫?まだ寝てた?」
『え?うん、ごめん。今起きた』
「じゃあ今日はゆっくり休も。連日遊んで疲れたよね。昨日も帰ったの遅かったし」
『うん。ごめんね』
「謝らなくて良いよ。まだ明日もあるし」
『...うん。じゃあ、また。明日ね』
「うん。また明日」
電話を切って、ベッドに潜り込んだ。
私も疲れてたのかな。そのまま私は、次の日までぐっすり眠ってしまった。
目が覚めて時計を見ると、なんと二十時間近く寝てたらしい。
「...コアラじゃん」
自分でも笑ってしまった。
最終日。優芽から告白されてちょうど一週間。今日も優芽の家にお呼ばれされた。
「おじゃましまーす!」
「いらっしゃい!」
いつも通り元気よく優芽の家にお邪魔すると、いつも通りの優芽が出迎えてくれた。
「昨日はごめんね。心配かけちゃったみたいで」
「いいよ。私も今日二十時間寝ちゃってたし」
「二十時間!?」
「そう。あの電話の後寝ちゃって、起きたら朝」
「寝過ぎでしょ」
「優芽には言われなくないんだけど」
「あはは。確かに」
優芽は笑いながら私を部屋に案内した。
いつもと同じように二人で床に座って、どうでもいい話をしていると、いつの間にか時計は午後六時を指していた。
「...もうこんな時間か」
「ねえ。最後だし、今日くらいわがまま言ってもいい?」
「え、今日くらい?じゃあ、今までのはわがままじゃなかったってこと?」
「え?私わがまま言ったことあったっけ?」
「...」
こいつ...。相変わらず図太い神経をしているな。
まぁ、この子のわがままに付き合い続けられるのも私だけだろうし、最後までとことん付き合ってやろうじゃない。
「わかった。言ってみなさい」
私は覚悟を決めて何を言われても受け入れる準備をした。
優芽が少しだけ俯く。
「あのさ...ぎゅってしてもいい?」
想像していたものの百倍くらい優しいわがままで、思わず拍子抜けしてしまった。
「え?」
「ほら、恋人だしさ」
「うん、いいけど。別に恋人じゃなくてもハグくらいするよ?」
「今がいいの」
「わかった。はい」
両手を広げると、優芽は遠慮がちに私に抱き着いてきた。
いつもの勢いはどうしたんだよー!なんて思いながら彼女を抱きしめ返す。
「あったかい…」
確かに、クーラーがそこまで効いているわけではないのに、優芽の体温はちょっと低かった。それに彼女の細い体は私の腕でも十分に包み込むことができた。
しばらく抱き合ったら、優芽が私の肩を押しながら「ありがとう」と言って離れた。
私はちょっとだけ恥ずかしくなって誤魔化すようにお茶を飲んでいると
「ね、ねえ...キス、してもいい?」
「ぶっ」
優芽が顔を赤らめながら問いかけてきた。
この前のことが頭によぎる。あの時もこの部屋だった。
「げほっげほっ」
「だ、大丈夫!?」
「う、うん大丈夫!キスね、いいよ!今日はやけに甘えん坊だね」
慌ててティッシュで口を拭っていたら、優芽が近づいてきて、唇が重なった。
彼女の淡い唇はちょっとだけ柔らかくて冷たくて、気持ちがよかった。
ちゅっと当てるだけのキスをして離れた。優芽は耳まで真っ赤に染まっている。たぶん私も。
駅までの道中は、お互い恥ずかしくてしばらく沈黙が続いた。
もうなんなの。初恋じゃあるまいし。初キスじゃあるまいし。いや初キスでしょ!と私は頭の中で一人ツッコミして冷静になろうとしたが、さっきのキスが忘れられない。
でもその沈黙を破ったのは優芽の一言だった。
「...それでさ、この一週間で蝉の気持ち、知ることはできた?」
「え?あぁ…」
そういえば、告白してきたときにそんなことを言っていた。
「結局考えるのは私なのね」
優芽はにこにこ笑っている。
「そうだなぁ...」
私は少し考えて、ひっくり返ってる蝉を横目に見た。
「一週間って、思ったより長いかも」
「...うん」
「最初は短いなって思ってたけど、毎日一緒にいたらいろんなことできたし」
「そうだね」
「海にも行けたし、映画も見たし、夏祭りにも行けた」
「うん」
「だから、蝉も案外...」
私はそこで一瞬言葉を止めた。
「...幸せなのかもね」
「...そっか、ならよかった」
「え?」
「ううん」
「ねえ莉紅」
「ん?」
「一週間ありがとう。私、すっごい――だよ」
優芽は泣きそうな笑顔で最後にそう言った。一番大事なところで風が吹いて、その言葉はかき消されそうになったけど、私にははっきり聞こえた。
「うん、私もだよ」
そうして、私たちの恋人期間が終わった。
「じゃあ、またね。優芽」
「うん。またね」
あれから何日も優芽とは連絡が取れていない。
メッセージも電話も返答がない。家にも行ったけど留守だった。
ぼーっと椅子に座っていると、突然窓がバンっと音を立てた。見に行くと、蝉がベランダでひっくり返って足を一生懸命動かしている。あぁ、蝉ってこうやって死んでいくんだ。
その蝉の死に際を眺めていると、スマホが震えた。そこに表示された名前を見て、私は慌てて電話にでた。
「優芽!連絡もしないで今までなにしてたの!」
「...」
「優芽...?」
「...莉紅ちゃん?優芽の母です」
「...え?あ、優芽のお母さん。あの、優芽は...」
「うん、あのね。優芽ね――」
…え?
それは突然の連絡だった。
・・
ねぇ、蝉の寿命って知ってる?
大体の人が一週間って答えるけど、それは誤解らしい。実際には、ほとんどの蝉が数週間は地上で活動するという。
人間は、蝉の一生を一週間だと思っている。
でも本当の一生がどれくらいだったのかなんて、蝉にしかわからない。
長かったのか、短かったのか。
幸せだったのか、そうじゃなかったのか。
それを決められるのは、その一生を生きた本人だけなんだと思う。
・・
今日も外では蝉がうるさいくらいに鳴いている。
少しひんやりした優芽の頬を優しくなでた。
「...顔色、よくなったね」
私は優芽の顔を見ながら一生懸命に微笑んで、彼女にプレゼントしたブレスレットを強く握りしめた。
私の親友は棺桶の中で幸せそうに眠っている。




