前半
「ねえ、一週間だけ私と恋人にならない?」
そう告白してきた私の親友は、幸せそうに眠っている。
外では、蝉がうるさいくらい鳴いているのに君は起きない。
そんな君の頬を私は優しくなでた。
・・
ねぇ、蝉の寿命って知ってる?
大体の人が一週間って答えるけど、それは誤解らしい。実際には、ほとんどの蝉が数週間は地上で活動するという。
それなのに、どうして「蝉の寿命が一週間」なんて言葉が生まれたのか。
子どもたちに捕まえられた蝉が、籠の中で早く死んでしまうから。というのが理由の一つだと考えられているらしい。
人間は、蝉の一生を一週間だと思っている。でも蝉の寿命は蝉しか知らない。
私たち人間だってきっと同じだ。誰があとどれくらい生きるのかなんて、本人しか知らない。
そう、私たちだって。
・・
突然、親友の優芽に告白された。
「なんで一週間?」
突然の告白より、私はそっちに疑問を持った。
「んー。蝉の気持ちを知ってみたかったからかな」
「...蝉?」
「そう。蝉」
優芽はそう言って、窓の外を見た。
開けっ放しの窓から、蝉の声が響く。耳を塞ぎたくなるくらいうるさいのに、彼女はその騒がしい声が好きらしい。
「蝉ってさ、一週間しか生きられないって言われてるじゃん」
「うん」
「でも本当は違うんでしょ?」
「そうらしいね」
「だから、一週間って言われた気持ちってどんなんなのかなって思って!」
優芽はビシッと親指を立てて、自信満々に言い放ったけど、
「...え?それって蝉の気持ちを知るのは私ってこと?」
と聞くと、彼女は「あっ」と少し考えて答えた。
「...そっか。...うん。確かに、そういうことになるね」
「あんた絶対何も考えてなかったでしょ」
「あはは、ごめんごめん。それに…最後の夏、目一杯楽しみたいから」
「最後の夏って言っても高校最後のでしょ?」
困った顔をして笑った優芽は、急に切り替えて私に迫ってきた。
「で!どうなの!」
「なにが?」
「だーかーらー。一週間だけ」
真剣な目で私を見つめている。
「私の恋人になってよ」
こんなこと言えるのなんてあんたしかいないし...とかぶつぶつ言っている優芽は、少し顔色が悪くて痩せている。でもそれは私が初めて優芽に会った時と変わらない。
「うーん...まぁいいけど」
「ほんと?」
「うん」
「やった」
子どものように笑う親友を見て、私も微笑んだ。
「じゃあ今日からね!」
「え!今日から?」
「うん、今日が1日目。月曜だからきりいいし」
「えぇ、適当だなぁ」
「いいじゃん。分かりやすいし」
そう言って優芽は立ち上がった。
「じゃあ、さっそく恋人らしいことしよ!」
「急だなぁ。何するの?」
「デート。一週間しかないんだから、少しも時間を無駄にできないよ」
それもそっか、と私は笑った。
「じゃあどこ行く?」
「海」
「暑いよ?」
「そりゃ夏だもん。当たり前だよ」
「水着持ってないんだけど」
「今日、買えばいいよ」
優芽は当然のように私の手を取った。
「ほら、行くよ」
「ちょっと待って。荷物...」
「財布とスマホがあればなんとかなるよ」
「いや、着替えとか...」
「そんなの向こうについてから考えればいいよ」
「ほんと適当なんだから」
呆れて笑ってしまった。優芽らしいっちゃらしいけどね。
そんな優芽に引っ張られて、駅に向かった。
外はそこら中から蝉の声が鳴り響いている。優芽も一緒に「ミーンミンミン」なんて楽しそうに鳴いている。
「優芽って蝉好きだよね」
「え?うん」
「うるさいのに?」
「うるさいから好きなの」
「...私にはわからないわ」
「だって、夏って感じするじゃん」
優芽は空を見上げたから私もつられて空を見た。雲一つない青空。太陽がギラギラと私たちを照らしつける。
「...今年の夏も、長いといいな」
「まだ始まったばっかだよ」
「...そうだね」
海に着いたころには、私たちはもう汗だくになっていた。
「あっつい...」
服をパタパタさせて、日陰を探しながら歩く。
「優芽が海に行きたいなんて言ったから...」
「じゃあ責任取らないとね。私が楽しませてあげる!」
優芽はそう言って、砂浜を走り出した。
「あ、ちょっと」
私は慌てて後を追いかけた。波打ち際まで来ると、優芽は振り返った。
「ほら、早く!」
「待ってよー、わっ」
靴を脱ぐ暇もなく、波が足元まで押し寄せてきた。
「あ、靴濡れたんだけど!」
「あはは!」
優芽は楽しそうに笑った。その顔を見てると、なんだかどうでもよくなってしまう。
「...もう」
海なんて何年ぶりなんだろう。優芽と海に来ることも初めてだった。
去年は優芽が家族で海外旅行に行くって言って会えなかったから。でも帰ってきて渡されたお土産には驚いた。
まさかの『東京ばなな』だった。それ日本で買えるやつ!!優芽曰く、旅行が楽しすぎて忘れてたらしい。散々ごめんねと謝られた。いや、全然いいんだけどね。
優芽といると毎日が刺激的で楽しい。
その日は一日中海で遊んだ。
水着を買って、写真を撮って、海に入って、浜辺でどろどろのアイスを食べて、夕方になってから帰った。
帰りの電車では、優芽が私の肩にもたれて眠っていた。
「まぁ、あれだけはしゃいでたら疲れるよね」
私は窓の外を見た。夕焼けに染まった町が、ゆっくりと流れていく。
優芽の骨ばった肩が私の腕に食い込んで少し痛い。それに優芽は軽い。ちょっと押せば簡単に倒れてしまいそう。こんな細いのにどこからあんなパワーが出てくるのか。
「...ほんと、子どもみたい」
小さくつぶやいて笑った。心做しか優芽も眠っていたけど、笑っているように見えた。
朝起きるとスマホにメッセージが入っていた。
『おはよう』
優芽からだ。私も『おはよう』と返すと、すぐに返信が来た。
『今日暇?』
『暇ー』
『じゃあ映画観に行こ』
『いいよ』
すぐに出かける準備をして家を出た。
集合場所に着くと、優芽も時間差でやってきた。彼女は私を見つけるとすぐに駆け寄ってきて、突撃する勢いで私に抱きついてきた。
「わっ。ちょ、ちょっと。ここ外だよ?」
「いいじゃん。恋人なんだから」
ふむ、そう言われればそうだ。
映画館に着くと、優芽がポップコーンを買ってくれるらしい。
「ポップコーン何味がいい?私は塩」
「んーキャラメルかな」
「じゃあ、半分ずつね。ふふふ、なんか恋人っぽい」
この子のこういうところはかわいいと思う。
映画が始まると、暗い館内でスクリーンの光に照らされた優芽の横顔が見えた。私は映画よりも彼女の横顔の方が、なんとなく気になってしまった。
すると突然、優芽の手が私の手に重なった。
びくっと肩が跳ねる。
「...なに?」
もう映画の公開日からだいぶ日が経ったから、館内には私たちと離れたところに数人しかいない。だから小さい声で話しかけたけど、優芽は何も答えなかった。答えるかわりに指と指を絡めてきたから、私も握り返した。
ホラー映画だったからか怖くてずっとドキドキしている心臓がうるさい。
結局、映画が終わった後も、手を繋いで駅まで歩いた。
「じゃあ、また明日ね」
「うん。また明日」
駅までついて、手を離した。さっきまで繋いでいた手は、少し汗ばんでいて気持ちが悪かったけど、優芽の手がそこになくて少しだけ寂しく感じた。
手を振って、改札を通っていった優芽の後ろ姿を、見えなくなるまでしばらく眺めていた。
三日目は買い物に行った。
買い物っていっても街中には行かず、地元にある大型ショッピングモールで、普段からよく二人で来る場所。優芽からの強い希望だ。
「何買うの?」
「んー...特に決めてない」
「じゃあなんで買い物にしたの?」
「恋人とショッピングって定番じゃん?」
そう言って、優芽は私の腕に自分の腕を絡ませてきた。
優芽って時々そこ?ってところにこだわるんだよね。
「ちょっと、歩きにくいよ」
「いいじゃん。私は歩きやすいよ」
「私が歩きにくいの」
「じゃあ慣れて」
「無茶苦茶だなぁ」
そんな言い合いをしながらも、私は優芽の腕を振りほどかなかった。
アクセサリーショップの前を通ったとき、優芽が「ここ見たい」と言ったので二人で立ち寄った。じっくり見て回って結局優芽が買ったのは小さなヘアピンだけ。
「それだけでいいの?」
「うん。これがよかった」
「ここかわいいのたくさんあったから、もっと買えばいいのに」
私も何か買おうかと思って店内を見回すと、ショーケースに入ったブレスレットが目に入った。
「これ、優芽に似合いそう」
「え?」
「ほらこれ」
細い銀色のチェーンに、小さな青い石がついているブレスレット。
「私の好きな色だ」
「でしょ?これ、プレゼントするよ。優芽に」
「え?」
「恋人へのプレゼント。普通でしょ?」
「あ、うん。ありがとう...」
お会計をしてもらい、店員さんが包もうとしてくれたのを断って、その場で優芽の手首につけた。
「うん。やっぱり似合ってる」
「...ありがとう」
優芽は手首を眺めながらうれしそうに笑った。でも今にも泣きそうな顔にも見えた。
「これ大切にする。ずっと付けてるね!」
「うん」
お店を見終わって、フードコートでソフトクリームを食べながら、ふと聞いてみた。
「ねぇ優芽。一週間が終わったらどうするの」
「...え?」
「付き合うのは一週間でしょ?その後は普通に親友に戻るの?」
「ああ...うん。そうだね」
「そっかぁ」
「えー?なになに?恋人じゃなくなっちゃうの残念?」
「いや、このお子様の面倒見る必要がなくなって清々するわ」
「なにをーーー!」
優芽が頬を膨らませた。私はすかさずその顔を手でつまんだ。
「ぶふっ」
その拍子に優芽の口からソフトクリームが噴き出てきた。
「わっ!きたな!」
「あんたのせいでしょーが!」
紙で口元を拭きながら反撃しようとしてきたから、私はアイスを口にほおばって臨戦態勢に入った。
「それもっとやばいやつじゃん」
「やりはきゃやりは(やりたきゃやりな)」
「高校三年生がすることじゃない...」
それを言っちゃあおしまいよ優芽。私たちはおとなしくアイスを食べて帰路についた。
優芽の家にお呼ばれされた。
朝から『話したいことがある』とメッセージが来たもんだから、何事かとちょっと緊張している。
「それで、話って?」
「…うん。あのね」
優芽の態度がいつもと違って、なんか嫌な予感がする。
「実は、私ね…」
ゴクリ吐息をのむ。
「私、なんとゲームを買ったんだ!」
「…は?」
優芽が無駄に引っ張るもんだから、もっと何か重大なことかと思っていて拍子抜けしてしまった。私の緊張を返しなさいよ。
「ってことで、さっそく始めよ!」
「ちょ、ちょちょちょちょっと待って!!」
「え?何?びっくりするじゃん」
あまりの自覚の無さに開いた口が塞がらない。
「そんな変な顔してどうしたの?」
あんたのせいだよ。
「…まぁいいや。それで?なんのゲーム買ったの?」
優芽が自慢げに「ジャーン」と見せてきたのは、赤色の服を着たキャラクターがお姫様を助けるために敵の城を攻略していく、大人気ゲームの新シリーズだった。前シリーズは私も一時期コンプリートを目指して相当やりこんでいたから、腕には自信がある。
「これがなかなか進まなくてさー。このゲーム得意って言ってたから一緒にやりたいなって思って」
「ぜひやりましょう」
「おっ!いつもの調子に戻ったね。それでは…」
ゲーム機を起動し、ソフトを差し込む。進まないって言っても、もうほとんど攻略していて驚いた。こやつ、なかなかやりおる。
キャラクターを選んで、さっそく続きから始めた。知らない敵やアイテムが出てきて、これは中々面白い。二人で黙々と、たまに「うわー」とか「ぎゃー」とか奇声を発しながらコースを進んでいった。
なんとか最後の城も攻略して二人で喜んで抱き合った。でも私の方が勢いをつけ過ぎてしまって、優芽を押し倒す形で思いっきり床に倒れ込んだ。
「うっ」
「あっ、ご、ごめん!大丈夫?」
私はすぐに体を離して優芽を見下ろす。
「うん、大丈夫…」
そう言って私を見上げた優芽と目が合った。私の髪が優芽の頬にぱらぱらと落ちた。
優芽はその髪を私の耳に掛け、そのまま私の頬に手を添えた。
「ん…」
くすぐったくて声が漏れた。
ち、近い…。彼女の手がひんやりしていて気持ちがいい。私の心臓は飛び出そうなくらいドキドキしていた。相手は親友なのに。いや今は恋人だけど。
優芽の瞳は私の目を捕らえて離さない。いつかの告白の時のように真剣で、少し潤んだ瞳。私は無意識に、それに吸い込まれるように顔を近づけていった。そんな私を優芽は拒まない。
優芽はゆっくりと目を閉じた。
心臓が痛い。苦しい。でも止められない。
あと数センチで唇が触れそうというところで、扉がノックされた。
我に返り、急いで体を起こして、優芽もひっぱり起こした。
部屋に入ってきたのは、優芽のお母さんだった。
「今日、ご飯食べて行く?」
「い、いえ!今日はお暇します!また明日ね、優芽」
「あ、うん」
特に予定があるわけではないけど、家路を急ぐ。心臓の音と足音と蝉の鳴き声がライブハウスにいる時みたいに頭の中に響き渡った。




