第2話 次のステージ
トシアキの言う「あと少し」は、半年続いた。
借金は百万円を超えた。
だがSNSの中のトシアキは、以前よりも成功していた。
アップラインから言われたのだ。
「最近、お前の投稿、貧乏臭いよ」
「え?」
「今どきホテルのロビーくらいじゃ、優秀な奴は引っかからない。アピールのレベルを上げないと」
トシアキは頷いた。
成功するためには、
もっと成功しているように見えなければならない。
二十八万円のセミナーに申し込んだ。
テーマは、
「年収一億円マインド構築プログラム」
払う金はなかった。
だから借りた。
次は交流会。
高層ビルのレンタルスペース。
三時間九万八千円。
参加費三千円。
参加者十四人。
当然、赤字だった。
だが写真は完璧だった。
東京の夜景。
シャンパングラス。
スーツ姿の男女。
中央にはトシアキ。
『今夜は次世代リーダーたちとのシークレットミーティング』
過去最高の反応だった。
さらにクルーザーを借りた。
一時間だけ。
四十五分を撮影に使った。
海を楽しんだ時間は、ほとんどなかった。
それでも写真の中では、
トシアキは世界のすべてを手に入れた男のように笑っていた。
銀行口座はマイナスだった。
A社から借りて、B社に返す。
B社から借りて、カードを払う。
カードのキャッシングで商品の仕入れをする。
高額な健康食品が、ワンルームの壁際に積み上がっていく。
売れない。
寝る場所だけが狭くなる。
だが、その箱を写真に写すことはなかった。
画面の中に、
現実を入れてはいけない。
ある朝。
インターホンが鳴った。
トシアキは布団の中で息を殺した。
もう一度鳴る。
「清水さん」
知らない男の声。
「返済の件で確認があります」
身体が硬くなった。
スマートフォンが震える。
会社。
続いて金融会社。
「至急ご連絡ください」
トシアキは耳を塞いだ。
だが現実は消えなかった。
数日後。
アップラインから呼び出された。
「トシアキさあ」
男はアイスコーヒーをかき混ぜる。
「最近、エネルギー落ちてるよね」
「いや、でも俺、今月も――」
「数字じゃないんだよ」
男はため息をついた。
「在り方の問題」
トシアキは黙る。
「お前、借金あるらしいじゃん」
心臓が跳ねた。
「誰から……」
「そういうのは伝わるんだよ」
男は笑った。
「余裕のない奴には、人が寄ってこない」
トシアキは尋ねた。
「どうすればいいですか」
男は優しい声で答えた。
「一回、冷却期間置こう」
その日。
トシアキはグループチャットから外された。
翌週。
トシアキが座っていたセミナー最前列の席には、別の若い男が座っていた。
その男の投稿。
『成功者に囲まれる環境に感謝!』
隣には、アップラインが笑っていた。
三日間。
トシアキは部屋から出なかった。
腹が減った。
食べる物はない。
壁際には、健康食品だけが大量に積んである。
一箱一万数千円。
自分が人に売っていた商品だった。
仕方なく、一袋開ける。
水に溶かす。
飲む。
まずかった。
トシアキは笑った。
床に座ったまま、
しばらく笑った。
そのとき。
スマートフォンが光った。
SNSの通知。
予約投稿していた文章が、自動で公開されていた。
『人生には何度も壁が来る。
壁とは、成長している証拠だ。
さらなる飛躍を目指して』
コメントが並ぶ。
「トシアキさん、本当に尊敬します!」
「勇気をもらいました!」
「私も頑張ります!」
そして。
ユイの名前があった。
「私ももっと頑張ります。トシアキさんに出会えて本当によかったです!」
その瞬間。
トシアキは洗面所へ走った。
吐いた。
胃の中には何もない。
酸っぱい液体だけが出た。
顔を上げる。
鏡の中に男がいた。
無精髭。
脂ぎった髪。
落ちくぼんだ目。
頬は痩せている。
これが、
成功者だった。




