↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
成功者 ~SNSで年収1億円を演じ続けた男が、借金まみれで自己破産して「本物の笑顔」を取り戻すまで~  作者: 品川太朗


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/3

第1話 成功者のつくり方



「虚栄は投資だ」


トシアキは、鏡の前でそう呟いた。


もう一度。


「虚栄は、投資だ」


左手首には、黒い文字盤の腕時計が光っている。

本物なら百万円を超える。

トシアキがフリマサイトで買った値段は、一万二千八百円だった。


スマートフォンを取り出す。


夕暮れの街を見下ろす大きな窓。

高級ホテルのラウンジ。

テーブルに置かれたコーヒー。

そして、袖口からわずかに覗く高級腕時計。


完璧だった。


トシアキは投稿文を入力した。


『今日も最高の仲間とブレスト。

思考を拡張する時間こそ、成長への最高の投資。

見える景色が変われば、人生も変わる』


最後に、


『この景色を見られるのは、ごく一握りの人間だけ』


と付け加える。

投稿。

数秒で「いいね」がついた。


トシアキは満足してスマートフォンを伏せた。

そして、テーブルに置かれた伝票を見る。


ブレンドコーヒー、九百円。

このホテルで、一番安いメニューだった。


財布の中には千八百四十二円。

給料日まで、あと十一日。

朝から何も食べていない。


それでもいい。

これは投資だ。


食事は消費。

九百円のコーヒーは投資。

そう思えば、何もおかしくない。


トシアキはネットワークビジネス、いわゆるマルチ商法の会員だった。


二十八歳。中小企業勤務。

手取り二十二万円。家賃六万三千円。

何者にもなれないまま、会社とアパートを往復する毎日。


そんな彼に転機が訪れたのは、一年半前だった。


大学時代の知人から、一通のメッセージが届いた。


「今すごい人たちと仕事しててさ。トシアキって向上心あったよね?」


誘われたセミナー。

壇上の男は叫んだ。


「成功してから成功者らしく振る舞うんじゃない!」


会場が静まり返る。


「成功者らしく振る舞うから、成功するんだ!」


大きな拍手。


「成功するまで、成功者を演じろ!」


トシアキは救われた気がした。

今の自分が惨めでもいい。

何も持っていなくてもいい。

演じればいい。

演じ続けていれば、いつか本物になる。


そのときアップラインの男が教えてくれた。


「虚栄は投資だよ」


その言葉を、トシアキは信じた。


それから彼は努力した。

誰よりも努力した。


高級ホテルには泊まれない。

だからロビーだけ使った。

スタッフが来る前に何十枚も撮影する。


高級車は買えない。

だからショールームへ行く。

「購入を検討しています」

と言って運転席に座る。

ハンドルに手を置き、時計を見せる。


撮影。

投稿。


『新しい相棒を検討中。次のステージにふさわしいものを選びたい』


ブランド服も買えない。

試着室で着る。タグを写さず撮る。買わずに帰る。


豪華な料理も食べられない。

デパ地下の総菜を黒い皿に移し、ベビーリーフを添え、夕日の光で撮影する。


『今日は自分へのご褒美。良質な食事は、良質な思考を作る』


撮影が終わるころには、料理は冷めていた。

トシアキは台所で立ったまま、それを食べた。


だが努力は報われた。

SNSのフォロワーが増え始めた。


「トシアキさんの生き方に憧れます」

「普通の会社員でも人生を変えられますか?」

「成功の秘訣を教えてください」


トシアキは丁寧に返事をした。


「もちろん変えられます」

「僕も最初は普通の会社員でした」

「大事なのは環境です」

「もし本気なら、一度お話ししましょう」


アップラインは、そんな人間を「見込み客」と呼んだ。

仲間内では、もっと短く呼ぶ。


鴨。


最初は嫌な言葉だと思った。

だが、すぐに慣れた。


鴨。

便利だった。

相手を人間だと思わなくて済む。


ある日。

二十三歳の女が、トシアキに会いに来た。

ユイ。

地方から上京したばかりだった。


「私、ずっと思ってたんです」


カフェで向かい合いながら、ユイは言った。


「普通に会社で働いて、一生終わるのかなって」


何十回も聞いた言葉。

そして、かつて自分が口にした言葉だった。


トシアキは微笑む。


「人生って、環境なんですよ」


いつもの話をする。

成功者のそばにいれば成功できる。

思考を変えれば人生が変わる。

行動した者だけが自由を手に入れられる。


ユイは夢中になって聞いていた。


「トシアキさんも、最初は普通だったんですよね?」

「もちろん」

「今は……自由なんですよね?」


一瞬だけ、言葉が止まった。


財布の中には、二千円もない。

カードの引き落としは三日後。

スマートフォンには、消費者金融からの着信履歴。


それでもトシアキは笑った。


「自由ですよ」


ユイは、まぶしいものを見るように言った。


「私……トシアキさんみたいになりたいです」


胸の奥に、何かが刺さった。

それでもトシアキは答えた。


「なれますよ」


少し間を置く。


「行動すれば」


その日の夜。

ユイは入会した。


彼女を見送ったあと。

トシアキは一人、カフェに残った。


スマートフォンを見る。

数分前に投稿した写真。

ユイと向かい合っていたテーブル。


『素晴らしい出会いに感謝。

また一人、未来を変える若者と出会えた。

僕も次のステージへ』


いいね、百三十七。

コメント、二十四件。


「素敵です!」

「人脈がすごい!」

「トシアキさんみたいになりたい!」


画面の中の自分は、満たされていた。

現実のテーブルには、空のコーヒーカップ。

今日の夕食は抜きだ。


トシアキは、ふと思った。


――次のステージって、一体どこなんだ?


高級ホテル。

高級車。

高級な食事。


写真の自分は、どんどん豊かになっている。

現実の自分は、どんどん貧しくなっている。


貧乏な人間が、貧乏な人間に金持ちのふりを見せる。

それを信じた貧乏な人間が金を払い、

今度はその人間が、別の誰かに金持ちのふりを見せる。


その連鎖のどこにも、

本物の金持ちはいない。


トシアキは、そっとスマートフォンを伏せた。

急にすべてが虚しくなった。


しかし。

五分後。

スマートフォンを裏返す。


新しいDMが届いていた。


「お話を聞いてみたいです!」


トシアキは、それをじっと見つめた。

そして、小さく笑った。


――まだいる。

まだ、鴨はいる。


「何考えてんだ、俺」


ここでやめたら、今までの努力が全部無駄になる。

成功する直前が、一番苦しい。

夜明け前が、一番暗い。

諦めなかった人間だけが、景色を変えられる。


「もう少しだ」


トシアキは呟いた。


「あと少しだけ」


そしてDMを開いた。


「ご連絡ありがとうございます。あなたの熱意に感動しました」


指が、再び動き始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。