第36話 聖女の伝言
思いもかけない聖女セイの反応に、ユキタカが姿を変えているランス・ファイスは、少し動揺した。
まさか、自分の嘘に、ここまでショックを受けるとは思っていなかったからだ。
イリスはランス・ファイスの経緯を知っていたから、聖女セイに意地悪のつもりで答えた事は、わかっていた。
だから、少し、視線で諭すような素振りを見せると聖女セイを介抱した。
聖女セイは、イリスの介抱で正気を取り戻した。
「すみません、ご迷惑をおかけしました……。実はその稀人は私達の勇者召喚の際に巻き込まれた人だと思います……。私がとっさに助けを求め、その人の腕を掴んだのが原因だったので、責任を感じていました……」
聖女セイは、しおらしい態度をとると、魔法収納から、あるものを取り出した。
それは、黒縁の眼鏡とモバイルバッテリーだった。
それもただの黒縁眼鏡とモバイルバッテリーではない。
ユキタカ自身のものだったのである。
「これは、その稀人、ゴトーさんの遺品です……。ある時、眼鏡は王宮に届けられていました。王家はそれを宝物庫の片隅に放置していたのですが、私が自戒を込めて預かっていました……。モバイルバッテリーの方は、勇者シオンが宝物庫で見つけ、携帯を充電しようとしたみたいですが、壊れていたのか、役に立たなかったと、私が渡されていました。──ランス・ファイス殿。よろしければ、ゴトーさんが亡くなった場所にお墓を作って、これを入れてもらえないでしょうか?」
聖女セイは、魔法収納からさらに、手数料と墓石代として、大金の入った革袋を取り出し、一緒にランスとイリスの前に差し出した。
「……」
ランス・ファイスは、想像すらしていなかった事実に言葉を失った。
勇者シオン達が、豪華な生活の中で自分を見失っている間、聖女セイだけは、この眼鏡を戒めにする事で、国の色に染まらず自重できていたのだと理解した。
とんだ嫌がらせで鬼道院聖の心を傷つけてしまったと、ランス・ファイスは内心、反省した。
「……すみません、いきなり、不躾なお願いでした。私自身がその奈落の谷間を訪れ、自分で墓を作る事ができればいいのですが、私は自由に動く事ができないのです……。贅沢な生活をさせてもらっていますが、護衛の名のもとに監視され、移動制限があるのが現実です。シオン達はそれにすら疑いを持つ事なく生活していますが、このまま、私達が強くなっても、行き着く先は殺し合いの道具として利用されるだけだと思います……。どうか、このお金で、ゴトーさんのお墓を作ってください……、お願いします!」
鬼道院聖は、ランス・ファイスに深々と頭を下げた。
その姿は真剣で、必死に見えた。
「……わかりました。眼鏡とモバイルバッテリーはそのゴトーさんの所有物のようなので、本人のもとに届けましょう。ですが、お墓は作れません。──ここだけの話、彼は生きていますから」
ランス・ファイスは、途中から声を落とすと、鬼道院聖に耳打ちした。
「!?」
鬼道院聖は、ランス・ファイスとイリスに驚いた様子で、視線を向けた。
ランス・ファイスは人差し指を口元に立てると微笑み、イリスは軽く頷く。
鬼道院聖の目には涙が一気に溢れてきた。
それは、ユキタカ・ゴトーに対する罪悪感から解放された事と、生きていた事に対する安堵だった。
「詳しい事は言えませんが、安心してください。それと、もし困った事があったら、私達を訪ねてください。協力しますので」
ランス・ファイス自身が、ユキタカである事を告げない。
さすがに正体を明かすつもりはなかったからだ。
知ったら知ったで、彼女自身が困る状況になるかもしれないし、勇者シオン達に打ち明けて問題になる可能性も十分ある。
今は知らない方がいいだろう。
「……それではお預けします。──……ゴトーさんに、伝言をいいですか?」
鬼道院聖は、ランス・ファイスを正面から真っ直ぐ見た。
「ええ」
「巻き込んで本当にすみませんでした。そして、あの時は、助けられなくてごめんなさい。生きていてくれて、安心しました。私、みんなが元の世界に戻れるように、この王宮で召喚魔法に付いて研究しています。もし、その研究が実を結んだら、その時は迎えに行きますので、それまで無事でいてください」
鬼道院聖はランス・ファイスの目の向こう側に、ユキタカの存在を感じたのかどうかわからない。
ただ、ランス・ファイスを信じ、真っ直ぐな瞳でお願いするのだった。
聖女セイは、涙を拭うと、部屋をあとにした。
「……彼女を疑って信じていなかったから、自分が擦れた大人になっていた事に気づかされたよ」
ランス・ファイスは、自嘲気味につぶやく。
「いい子でしたね。どうしますか? 彼女をここから連れ出す事も可能だと思いますが」
イリスが意外に大胆な提案をした。
「いや、ここにいた方が安全だと思う。聖女スキルの持ち主だから、大切に扱われるのは確かだからね。まあ、この世界の召喚士達の話から、あちらの世界に戻れるとはあまり思っていないけど、希望は捨てたくないし、彼女にも希望は持たせたい。だから、彼女達のこの先の危険を、取り除いてあげる方向で、動くのが良いかなと思った」
「危険を取り除く?」
「うん。その為に、魔王討伐は、必須条件になったかな」
ランス・ファイスは、辺境で長閑に暮らす一方で、魔王討伐という目標も立てていたが、現実味はなかった。
しかし、鬼道院聖に再会した事で、魔王討伐が大きな目標になった。
「ふふふっ。スキルの無い人が、魔王討伐と言っても誰も信じないでしょうが、私は信じます」
イリスはランス・ファイスの言葉に同意した。
「イリス、ありがとう。確かに、スキルの無い無能力者だからなぁ。言っている事に説得力がないね。はははっ!」
ランス・ファイスは、渋い面と声に似つかわしくないセリフを口にすると、笑ってしまうのだった。




