第19話 二人の距離
ランス・ファイス(ユキタカ)は、突然現れて事態を解決させてくれたダフネというミスリル級冒険者の事を、全然知らなかった。
王都にいた頃、自分達の護衛役として上位の冒険者達もいたのだが、その中にはいなかったからだ。
「……ダフネという人、凄いんですか?」
ランス・ファイス(ユキタカ)はそっとイリスに耳打ちする。
「はい、ミスリル級冒険者の『魔斬りの剣女』ダフネと言えば、泣く子も黙る剣豪です。ただ、冒険者というより、裏仕事が多いそうなので、評判はあまりよくないと聞いた事があります……」
ゴールド級冒険者のイリスにとっては雲の上の存在だったが、あまり尊敬はしていないようだ。
「そこのあなた達。迷惑をおかけました。というか手間が省けて良かったです」
ダフネは支部長を縛り上げると、上機嫌だ。
「あとはお任せしますよ」
ランス・ファイス(ユキタカ)は、イリスを連れて一度宿屋に戻る事にした。
冒険者ギルドの建物の表には、騒ぎを聞きつけて野次馬どころか、警備隊まで押し寄せている。
派手に施設の屋根を浮き飛ばしたのだから、当然だった。
それも含めて、このダフネに問題を押し付けようという魂胆である。
「……あなた達。意外にちゃっかりしていますね。まあ、いいでしょう。お礼代わりにこの場は引き受けます。──名前だけは聞いておきましょうか?」
ダフネは、こんな大ごとを起こしておいて、その場を立ち去ろうとする二人に呆れた。
「彼女はゴールド級冒険者のイリス。私はただのランス・ファイス(ユキタカ)だ」
「あら? その子、まだ、ゴールド級なのですか? 先程の動き、私程ではないけど、プラチナ、もしくはミスリル級成りたての冒険者なのかと思っていました。それに……、ランス・ファイスさん? あなたは何者です?」
ダフネは、イリスだけでなくランス・ファイス(ユキタカ)にも興味を持った様子だ。
一流以上でないと破壊が難しい、最高の魔法技術が施された施設の屋根を破壊するのだから、ただ者ではないのは確かだったので、興味を持たないわけがない。
「私は私ですよ。ただの槍使いです。──では、失礼」
ランス・ファイス(ユキタカ)は、表ではすでにイリスを陥れようとしたアダム達『白金の牙』が、連行される騒ぎになっている。
長居は無用とばかりに、ダフネの疑問には簡単に答えたのみでイリスを連れ、その場をあとにするのだった。
冒険者ギルドでの大捕り物劇から、一週間が経過した。
イリスは死亡届が破棄され、無事に、トールデイン王国のゴールド級冒険者としての復帰が決まった。
名誉も回復され、未踏破の『転移ダンジョン』の貴重な情報はイリスが管理する事になった。
つまり、独占である。
だが、イリスはダンジョンで得た情報を全て公開する事にした。
事情が事情とはいえ、元仲間と袂を分かつ事になったイリスは今や一人である。
その状態での情報独占は、色々と妬みを買うだけだと考えたのだ。
イリスの財産も半分以上をギルドの支部長が懐に入れていたが、これもダフネの働きで返却された。
それどころか、冒険者ギルドの名誉にもかかわる事という理由で、イリスには口止め料として大目に支払われた事は秘密であった。
「良かったですね」
ランス・ファイス(ユキタカ)は、月並みな事を口にする。
この日は、手続き等で連日忙しく動いていたイリスが、ようやく落ち着いてランス・ファイス(ユキタカ)と、久し振りの昼食を取っていた。
「はい、疲れましたが、ようやく全てを取り戻すことができました。ゴ……、ランスさん、本当に協力して頂き、ありがとうございました」
イリスは食事の手を止めると、ランス・ファイス(ユキタカ・ゴトー)に改めて感謝した。
「いえ、私はイリスさんに助けられていたので、お互い様です。これからどうしますか? 冒険者としてやり直せますし……。──あの……、良かったら僕とパーティーを組んで──」
「ごめんなさい! 私、まだ、人に対しての不信感がどうしても拭えないんです……。もちろん、ランス・ファイス(ユキタカ)さんの事は信用しています。でも、パーティーを組むとなると、どこかでまた、裏切られるのではないかと思う自分がいて……。それに、私はトールデイン王国の冒険者ですから、発見した未踏破ダンジョンの当事者として、権利絡みで今はここから動けないんです……」
イリスは、情緒不安定な早口で、かつ消え去りそうな声で応えた。
ランス・ファイス(ユキタカ)は、ここのところイリスとあまり話せていなかったが、それでも何かしらの信頼関係は生まれていると思っていた。
それだけに、断られる想像はできていなかったから、ショックで一瞬、固まる。
だが、イリスの気持ちもわからなくはない。
死の絶望まで追いつめられるような裏切りにあったのだ。
トラウマになっていないわけがない。
ランス・ファイス(ユキタカ)は、深呼吸をして自分を落ち着かせる。
「イリスさん、いや、友人として、イリスと呼んでいいですか?」
「はい、もちろんです……!」
「それでは、僕の事も名前で呼んでもらえますか? 実は少しを距離を感じていたんですよ。はははっ……」
「ユキ……」
イリスはせっかくの誘いを断った事を申し訳なく思っていたし、気を遣わせた事で、さらに申し訳なくなっていた。
その為、気安く名前で呼ぶ事にも抵抗があった。
イリスの中の葛藤を、ユキタカは誤って察し、また、距離を感じてしまう結果となった。
「あっ、無理はしなくて結構ですよ。ゆっくり気持ちに区切りをつけてください。──あ、でも、僕はこの国に長居できないので、明日の朝には、発ちますね。……本当にお世話になりました」
ユキタカはランス・ファイスの渋い姿と声のまま、イリスに別れを告げた。
「ユキ……、ランス・ファイスさん……。──またいつの日か……」
イリスは複雑な表情で別れを告げる。
やはり、イリスの中で葛藤はあるようだが、まだ、一歩踏み込む勇気は無いようだった。
「さようなら……」
ユキタカは食事を終えて席を立つ。
そこに、ダフネがやって来た。
「二人共、食事が済んだところで──、……どうしました?」
二人を包む空気の重さにダフネが気付く。
「いえ、なんでもありませんよ。──どうかしましたか?」
ランス・ファイス(ユキタカ)は、イリスの方を一切見られなかった。
「用事という程でもないのですが、王都に戻る事になったのでご挨拶を。二人のお陰で私は依頼を達成し、おまけでゴールド級冒険者『白金の牙』の犯罪も暴く事ができたので、感謝を」
ダフネ恭しくお辞儀をする。
「「……」」
「ランス・ファイス殿、あなたに提案が。──私に同行しませんか? あなたの腕ならいくらでも紹介できる仕事がありますよ。良ければ私が推薦しますが?」
「それはお断りします。明日の朝、隣国に帰るので」
ランス・ファイス(ユキタカ)は、悩む事無く即答する。
「残念です。──あっ……。それでお二人の空気が重かったのですね。別れの時は寂しいものです」
ダフネはようやく察した様子で一人頷く。
「それでは」
ランス・ファイス(ユキタカ)は、これ以上、追及されたくなくて、足早にその場を去るのだった。




