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八話

サインは休日、布団で小さな明かりをつけて本を読んでいた。

窓の外から差し込む弱い冬冷気がひどく寂しい気持ちにさせる。

内容はほとんど頭に入ってこないまま、ただ文字を追うという行為だけを続けていた。

アリアに関するものは今朝すべて捨てた、花の残骸も、テーマパークの半券も、あの短い手紙も。

視界に入るたびに胸の奥を引き裂くような感覚だけを残していくそれらを、無理やりゴミ袋に押し込んで結び、見えないところへ追いやった。

手紙の通り、忘れようと思ったのだ。


忘れなければ前に進めないと、自分はずっとあの時間に縛られたままになると、そう理解しているつもりでいた。


ページをめくる。


音だけが、やけに大きく響く。

しばらくして、指が止まる。


同じ行を何度も読み返していることに気づく。


内容は、やはり何も残っていない。


小さく息を吐く。


本を閉じる。

視線を上げる。

部屋は、汚かった


散らかった机、無造作に置かれた本、、以前の自分の部屋が、そこには確かにあった。


それなのに、どこか違う。


物にあふれているのに、ずっと、何か足りない


何も起きない。

何も残っていない。


それでいいはずなのに、胸の奥だけが落ち着かない。


ゆっくりと立ち上がる。


窓の外を見る。


冬に近づいた街が、暗い夜の中で淡く色を失いながら広がっている。


遠くで、かすかにサイレンが鳴った気がした。


気のせいかもしれない。


だが、もう一度鳴る。


今度ははっきりと。


低く、長く、空気を震わせるような音。


サインは動かない。


ただ、聞いている。


三度目。


連続する警報。


いつもの日常には存在しない、あまりにもはっきりとした“異物”。


ゆっくりと、顔を上げる。


窓の外、空の一角に、赤いラインが走る。


「「「都市全域警報。」」」


「「「避難勧告。」」」


無機質な音声が、街全体に流れ始める。


警報音がけたたましく鳴り響く

本が、手から滑り落ちる。

床に落ちる音が、やけに遠く感じる。


しばらく、そのまま立っている。


何も考えないようにしていたはずの頭に、ひとつだけ浮かぶ。


――投入対象がLH-23に移った。


奥歯を噛みしめる。


「……関係ない」


小さく呟く。


……


マンションの階段を降りる。

外は暗い


「逃げろ!!」


「おい!止まるな!!」


最低限のものだけを持って外へ出た。

外は人にあふれ、皆パニック状態だ


「「避難経路はこちらです」」


誘導ドローンの誘導灯に導かれるままに進む人の流れに合流する。

緊急事態の時に、赤信号というものは役に立たないらしい。

車の流れは止まり、乗り捨てられた車があちこちに見られる

泣く子供、人でごった返してうまく進めていない老人、忘れたものがあるのか、必死に列に逆らう人。


サイレンが、強く鳴り響く。


強い誘導灯の光が周囲を照らす


ふと、目の端にゴミ捨て場が映る

今朝、ごみを捨てた場所だ


ゴミ袋に入りきらなくてそのまま捨てた花束が目に入る


枯れた白いダリア

薄汚れたオレンジのガーベラ

茶色くなったコスモス


サイレンが、さらに強く鳴り響く。


角を曲がった先には避難所がある、それに逆らえば戦場。命の保証はない。


サインは目を閉じる。


一瞬だけ。

赤信号が青に変わる。


そして、開く。


次の瞬間、体が動いていた。



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