三話
休養期間という名目だった。
だが、その実態はただの監視延長だ。サインは端末の画面を閉じ、短く息を吐いた。
「外出許可、居住移動、能力装置は取り外し……監視権限は維持」
読み上げるように呟く
背後で少女が興味なさそうに覗き込む。
「それなぁに、難しそう」
「簡単に言えば、お前は俺の管理下で外に出る」
「へぇ」
「逃げるなよ」
「ふふっ、お兄さんの命令は絶対だもんね?」
言葉が軽い、
サインはその軽さに引っかかりながらも、それ以上は言わなかった。どうせ逃げる場所など、彼女には存在しない。
・・・・・・
太陽が二人の横顔を照らす。なんやかんやあって夕方になってしまった。
扉が閉まる。少女が部屋の中を見回した。
「ここが、お兄さんの部屋?」
「そうだ。」
IBT本社の内定が決まった4年前に引っ越してきた部屋だった
「ここ、ほんとに部屋なの?」
少しあざとく笑って
床には脱ぎっぱなしの服、机には資料と空のカップが散乱し、シンクには洗っていない食器が積まれている。
生活感というより放置された痕跡に近い。
「……ふ~ん」
「なんだよ」
「お兄さんの部屋独特だね」
(きっぱりと言い切りやがって……)
サインは靴を脱ぎながら適当に蹴飛ばしてスペースを作る。
(最近は研究室に寝泊まりしてたから久しぶりだな)
など考えていると
少女は部屋の中央まで歩く、足元の服をつまんで持ち上げた。
「これ、いつからあるの?」
「知らん」
くるりと一回転するが、今度は足元のゴミを避けながらだった。
「前の人の部屋はもっと広かったなぁ~」
「俺を前の人っていう人と比べるのをやめろ」
・・・・・・
夏の夜。静かだった。
外の音がかすかに入ってくる。
遠くの車、風、生活音。
少女はソファに寝転び天井を見ている。
「ねぇ、お兄さん」
「なんだ」
「とっても静かだね」
「普通だ」
「ふふっ、これが?」
「そうだ」
少女は体を起こし、扇風機にあたりながら布団で本を読んでいるサインに近づいた。
布団の周りはさらに散らかっていた。
「ねぇ、お兄さん」
「……なんだ」
振り返った瞬間、顔が近い。
「近い」
「だよね」
全く引かない。
「こういう時にさ」
軽い声で続ける。
「どうすればいいか、私知ってるんだよ」
サインの眉が動く。
「……何の話だ」
少女は答えず布団の方へ行き、そのまま迷いなく潜り込む。
サインの方を見る。
熱い
読書用の小さな明かりが彼女を照らす
下着姿だった。
「簡単だよ」
あっけらかんと言う。
サインは一瞬固まる、驚きの感情はすぐに苛立ちに変わる。
「……やめろ」
低いがはっきりした声。
少女が止まる。
「え?」
「なんで?」
本気で分かっていない。
「そういうこと、しなくていい」
サインは一歩も動かず言う。
少女は瞬きをする。
「でも」
少しだけ声が弱くなる。
「今まで、それで――」
言いかけて止まる。
サインは理解した。
ダコタから休養期間はこれまで何度もあったことは聞いていた。
そうすると、前の監視者たちは相当下種だったようだ、あっち系のことを強要されたりしていたのだろう。
サインは視線を逸らさない。
「俺は違う」短い言葉。
少女は黙り、布団の中で少し身を引く。
別に俺に欲がないわけではない。
ただ、こんな事を当たり前にしようとする少女が恐ろしい
「じゃあさ、どうすればいいの?」
その声は昼間より静かだった。
サインは少し考える。
「……何もしなくていい。無理に合わせる必要はない。そのままでいろ」
少女は黙る。
「……そのまま?」
「そうだ」
少し間を置いて
すこし安心したように
「難しいね、それ」
と言って潜り直した。サインはそれ以上何も言わなかった。
・・・・・・
翌朝。
強い匂いで目が覚めた
何かが焼けている。
サインは一瞬で目を開けた。
肌身離さず持っているトリガーを構えた
嫌な予感しかしない。
「まさか……」
寝室を飛び出す。
キッチンに、少女がいた。
フライパンを持っている。
煙が上がっている。
「お兄さん、おはよう」
昨日のことは夢だったのだろうか。
サインは一瞬、状況を理解できなかった。
「……何してる」
「朝ごはんだよ~」
当然のように言う。
テーブルには、皿が並んでいた。
見た目は悪くない。むしろ、ちゃんとしている。
サインは警戒しながら席につく。
「……食えるのか、これ」
「もう、お兄さん失礼だなぁ」
少女は少し頬を膨らませる。
サインは目玉焼きを一口食べた。
次の瞬間、
「辛ッ!!」
思わず立ち上がる
舌に刺さる塩気。
暴力的な味。
「なんだこれ!?毒か!?」
「え~?」
少女が首を傾げる。
「おっかしいなぁ~、料理うまいはずなのになぁ」
「どこがだ!!!」
思わず叫ぶ。
少女は不満そうに腕を組む。
「おかしいなぁ……」
少し考えてから、
「味、ちゃんと見たんだけどなぁ……」
サインが止まる。
「……どうやって」
何でもないことのように言った。
「勘で」
サインは頭を抱えた。
少女は味覚を、もう失っている。
それを理解した瞬間、
さっきのやり取りが、少しだけ重くなる。
だが、
「ごめんなさい、お兄さん」
少女が笑う。屈託なく。
「次はちゃんとやるから」
その笑顔を見て、
サインは何も言えなくなった。
「……次は塩を減らせ」
それだけ言うのが精一杯だった。
「……ほんと、ろくな任務じゃない」
だが、その声は昨日より少しだけ弱くなっていた。




