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母さんが出るだろう、と思っていたのに、廊下を歩く音は聞こえない。そもそも、あの偽物は足があるのか怪しいのだが。
もしかして、今、あの偽物は家にいないのか? 前に小学生がいたずらでインターホンを連打していたときも出なかったし……。
丑師は、ぎぃか様によって生まれた偽物は、本物の家族がいなくなったことが周囲にバレないように、本物と同じ行動を繰り返す、と言っていた。ということは、普通に食材の買い出しへと行くこともあるのだろう。現に、一階の冷蔵庫に入っていた食材は、どれも賞味期限が切れていなかった。
スーパーの店員からしたら、普通の母さんが、ただ、買い物に来ただけに見えるのだろう。だから、騒ぎにもならない。
僕が、ああして、人間のなりそこないの、黒い人型に見えるというだけだ。
――ガチャ。
……今、ガチャって、扉が開く音がしたか?
玄関は広く、階段からも近いので、結構音が響く。
あの状態の一階へと客を通して、果たして何も思われないのだろうか? 埃がすごいだけで散らかってはいないけれど……。でも、人を通せるような状態ではない。
単純に母さんが帰ってきただけなのか? それとも、誰か別の人間が来たのか。少なくとも、玄関の扉が開いたのは、聞き間違いではないと思うけれど――……。
扉の前にいながらも、僕はどう動くべきか迷っていると、トン、トン、と階段を上ってくる音が聞こえて、体がこわばった。
誰かが、何かが、僕の部屋に向かってきている。
僕の部屋に向かう何かは、ビニール袋を持っているのか、足音に加えて、しゃらしゃらと、ビニール袋が擦れる音が聞こえてきた。
扉を開けて確認する勇気が出ない。
さっと下を見て、すぐに扉を閉めれば確認できるだろうけど、迷っているうちに、どんどんと足音が階段を上ってくる。確認して部屋に戻る猶予すらなくなった。
――コンコン。
扉が叩かれる。上の方を、二回。母さんの叩き方とは、少し違う。
「どうもー」
聞こえてきた声は、母さんのものじゃない。どこかで聞いたことあるような、ないような。でも、どこか作っているような甘ったるくて間延びした声に、僕はすぐに反応できなかった。
「丑師だよー。初見さん、ここの部屋でしょ?」
……丑師? あのバーチャル配信者の? 本当に? なんで、彼女がこんなところに――いや、僕が住所書き込んじゃったんだっけか。でも、どうして僕の部屋がここだって分かるんだ?
「まあいいや、開けるよ? わたしは入ろうと思えば、勝手に入れるからね」
そう言われて、ドアノブが動く。しまった、カラーボックスをつっかえにしていない。
僕がドアノブを抑えようとするより早く、扉が開いた。
「こんにちは、君の救世主、丑師こっこんでぇす」
そこには、コンビニのビニール袋をひっさげた、一人の女性が立っていた。




