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奈那子と父さんの会話の間に、ぐちゃ、くちゃ、という、粘っこい音が挟まる。奈那子も父さんも、その音に気が付いていないのか、それとも僕にしか聞こえないのか。
「奈那、給食のハンバーグも好きだけど、ママのハンバーグが一番好きだな」
ぐちゃ。
「母さんは料理が上手だからね。父さんもこれを食べるために、一日頑張っているんだよ」
くちゃ、くちゃ、くちゃ。
「パパとママ、なっかよしー!」
ぐちゃり。
「――……駿汰? 食べないのか?」
ふと、父さんが僕に話しかけてくる。僕は慌てて、箸を取った。
「た、食べるよ」
おおよそ、食事にはそぐわない音。聞いていると、食欲が失せる。出来立てのハンバーグは、ソースがつやつやとしていて、実においしそうだ。でも、なぜだか、食べる気にはなれない。
それでも、僕は怒られないために、ハンバーグへと箸を入れた。肉汁があふれる。でも――食べたくない。そもそも、口に入れたくない。飲みこみたくない。
体内に――入れたくない。
「あっ」
僕はハンバーグを取りこぼし、思わず声を上げる。ぺちゃ、と間抜けな音を立てて、テーブルにハンバーグが落ちる。
「あーあー、ほら、ちゃんと箸を持たないと」
「――ひっ」
僕は思わず、息を飲んだ。
落ちたハンバーグを拾おうとして、僕の皿の近くに落ちた父さんの手が、真っ黒の何かになっていたから。
手のひらがあって、指があって。それはまるで人の手のように動く。出来が拙く、指二本分くらい太い部分もあれば、骨が入っているのかと疑問に思うほど細い場所もあって。
そのくせ、動きだけは、本物の人間の手のように滑らかだから、その差が、歪だった。
そして、この出来損ないの手を、僕は見たことがある。
「駿汰?」
歪んだ、母の声。
母さんだと認識できるし、母さんの声だと思うのに、その声に重なって、低く、加工した、偽物の声も聞こえてくる。
「あ――」
僕が顔を上げると、母さんも、父さんも、奈那子も、皆、黒い、人型の何かに代わっていた。
体のサイズ感は、母さん、父さん、奈那子と同じ。体のパーツは、あるべき場所に存在している。でも、細部が明らかに人間を模しているだけで、似ても似つかない。
母さんがいるべき席に座っている偽物は、僕の方を見た。手づかみでハンバーグを食べていたのだろう、黒い手と頭では分かりにくいが、口のあたりに当たる部分と、手の部分に、ソースが汚らしく、べったりと着いている。
気が付けば、僕と母さんの席にだけ、ハンバーグをはじめとした料理があって。父さんと奈那子の席には、空の食器が並べられている。先程まで確かに料理があったはずなのに、食器には埃がかぶっていた。
「――分かるの?」
母さんの声が、どんどんと消えていく。声量は変わらないのに、母さんの声が偽物の声に負けていく。
「分かるのね?」
べちゃり。
母さんが――母さんの偽物が、持っていたハンバーグを手放し、それがそのまま、テーブルへと落ちる。埃まみれのテーブルへ。
ハンバーグをつかんでいた母さんの偽物の手が、僕に伸びる。
僕はその手から逃れることも、目を逸らすこともできなかった。
はたから見れば、随分と間抜けだろう。危機が迫っているのに、硬直して、一歩も動けず、一言も発せずにいる。
母さんの、手が、僕の目の前にまで、の、び――。




