31
スマホを持っている手に力が入らなくなって、ぽとり、とそれを落とした。
こんな生活をしていれば、親の死に目に会えるとは思っていなかった。気が付いた頃には親が死んでいて、僕は何も知らないまま、部屋にいて。なんとなく、そんな予想をしていた。
でも、まだ、三十半ば。親の死なんて、童話よりも遠いどこかの、関係ない話のように思っていた。
僕はたまらなくなって、身を丸め、頭を抱えた。
心から大好きだと言える母親ではなかったけれど。
なんの迷いもなく大嫌いだと思う母親でもなかったのだ。
自分の理想の『こうあるべき』に当てはめてこようとする悪癖さえなければ――。しんかホームの信者たちも、同じようなことを考えて、家族を殺し、進化させようとしたのだろうか。
「――……まって」
さらにもう一つ。気が付きたくなかったことに、気が付いた。思い至らなければよかった。その事実に、意識が向かないまま、母さんの死の可能性に、嘆いていられればよかった。
でも、後悔しても遅い。
僕は気が付いてしまったのだから。
母さんは殺されて、『進化』して、抜け殻の副産物だけがこの家にいて――僕は生きている。
僕は、殺されていない。
つまり、僕は――。
「――いらなかった、って、こと……?」
僕はもう一度スマホを取り、事件を調べた。あらましだけではなく、被告人の言葉ものっているようなニュースサイトを探す。必死になって、僕が察した事実が嘘であってほしいと、願いながら。
でも、現実なんて、甘くない。そんなものだ。
信者たちの一言には【ぎぃか様のために行った】【『進化』に至るには、依り代が必要。そのために殺した】【ぎぃか様】【ぎぃか様】【ぎぃか様】……。被告人の言葉があるニュースサイトでは、どこでも、ぎぃか様の一言が掲載されている。ある種の狂気のようなものを感じるが、今問題なのは、そこではない。
僕の予想は、正しかった。
ぎぃか様を行うには、進化させたい家族を殺す必要がある。その死体を依り代として理想の家族に進化させるから。
でも、僕は生きている。
つまり――理想の家族に、僕は必要なかったということだ。
一部分だけ直せば、理想の家族。僕はそのレベルではなかった、ということだ。
今の僕を見た誰かは、こんなニートが、何を言うかと思うだろうか。自業自得だと。
それでも、リビングにある、あの四人掛けのテーブルが、家族みんなで埋まることは、どうあがいても、もう二度とないことが分かってしまった僕は、どうしようもなくて、ただ、鼻をすすってごまかすしかなかった。




