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丑師のSNSアカウントを調べるのも、個人情報の取扱いについて調べるのも、とりあえずは、後回し。
いや、現実逃避ではなく――むしろ、現実と向き合うために、先に済ませねばならないことがある。
それは、母さんの作った昼食である。
本当なら食べるつもりはなかったし、いくら一日なにも食べていないとはいえ、空腹でも食欲はない。
食事を残せば怪しむだろうから、部屋にある適当な袋に捨てて、空になった食器だけ部屋の外においておけばいいと思った。
でも――果たして、それでいいのだろうか?
あんなにも確認してきたということは、何か、僕が食べたかどうか、判断できる罠が、この親子丼にあるんじゃないのか。
机の上に置かれた、すっかり冷えて湯気もなくなった親子丼の前に立ち、僕は見下ろす。
例えば、この親子丼、わざと変な味付けにして、僕が気が付くかどうか、試しているとか。あるいは、何か異物が入っているとか。
何の手も付けずに、捨ててしまって、大丈夫なのか?
僕が母さんのことを疑っているから、母さんも僕のことを疑っているのでは、と思えてくる。
「――……ッ」
ごくり、と僕は唾を飲み込む。
あの、玄関を開けようとしたとき、僕の視界の右下の端で、鍵を閉めなおした手が、フラッシュバックする。
黒くて、ずさんな、人の手。母さんの歪な親指の爪だけ、本物から取ってつけたような、グロテスクなリアリティ。
あの手で作られた料理を、食べたくない。
母さんは料理をするときに、手袋をしない人間だった。大抵のものは、素手で作る。
だから、きっと、この親子丼も、あの手で、そのまま作られたものだ。
食べるか、食べないか。
「――……食べるしか、ない、よな……」
少ない時間で迷ったのち、出したのはその答えだった。今から食べる、と言ってしまった以上、次に母さんが来たときには、もう、ごまかせない。
僕は椅子に座り、震える手で、箸を持つ。半熟の卵に箸を入れると、ぐちゅり、という音がして、不快だった。こんな状態でなければ、いいトロトロ具合で、おいしそうだと思えただろうに。
今はただただ、気持ちが悪い。
「一口――ひとくち、だけ……」
何も、飲み込まなくたっていい。一度、口に含んで、普通の味だったら、そのまま吐き出して、残りは全部、捨てたらいい。逆に、変な味だったら、全て残して、廊下に置けばいい。
そう、頭では分かっているのに、立った一口の親子丼を、口に運ぶ手が、ひどく重い。
「――……、ふぅッ」
深呼吸を一つして、僕は、覚悟を決め、一口、口の中へと突っ込んだ。




