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「コンビニ? 何をしにいくの」
変わらず、不機嫌そうな、母さんの声。
下手に会話が成り立っているほうが、いかにも人間らしくて、背筋がぞわぞわする。いっそ、言葉の通じない相手だったら、母さんの偽物の化け物だ、と、考えることを諦められたのに。
もしかしたら、本当は母さんなのかも、という希望が捨てきれない。
頭のどこかでは、そんなはずがない、と分かり切っているから、こうして振り返って声の主を確認することができず、足も、手も、まるで根が張ってしまったかのように動けないわけなのだが。
「あ、えっと……か、買い物」
まともに展開されない話題。根掘り葉掘り聞かれる前に外に出たい僕としては、適当にごまかすしかない。
「何が欲しいの。母さんが代わりに買ってきてあげるから。その恰好で出るのはやめなさい。ご近所さんに見られたらどうするの」
「あ、いや、でも……」
「部屋に戻りなさい」
母さんの、強い口調。思わず肩が跳ねる。今、この瞬間だけは、得体のしれない何かの声にではなく、純粋に、母さんの命令におびえた。
いい年して、母親にきつく言われてビビるなんて、周りからは笑われるかもしれないが、長年、この命令口調を聞いてきた身としては、体が勝手に反応してしまう。
この声のトーンからして、あと一回でも逆らえば、声を荒げて怒られる。僕も父さんも、母さんがこうなったら、それ以上反論しないことが一番だと、学んだのだ。
――ガチャン。
「――ッ!」
音もなく、背後に何かが近づいてきて、玄関の内鍵を閉める。全然気が付かなかった。
そして、僕は、見てしまう。
僕の視界の右下。鍵を閉めた手が、真っ黒で、つたない人の手の形をしていたことに。
粘土で手を作り、黒く塗ったらこうなるかも、という見た目。見せられたら、十人が十人、人の手を作りたかったのだろう、と分かる程度には近いのに、質感も、造形も、本物とは全然違う、それ。
そこまで稚拙なのに、「昔、剥がれた後にうまく治らなかったの」と言っていた母さんの、少し歪な親指の爪だけが、完全な再現がされていて、そこだけ目立って気持ちが悪い。
ドアノブに触れていた僕の指先が酷く震え、ドアノブと爪が何度も当たり、カチカチと音を立てる。
「それで、何を買いたかったの」
僕の様子に気が付いているのか、それとも、分かった上で無視をしているのか、声の主は、僕に問うた。
ここで変なことを言ったら、ただ外へ出たいだけで、コンビニに行きたいというのが嘘だったとバレてしまう。
「ま、漫画雑誌……。いつも、読んでたやつ。新しいの、始まるらしいから……」
咄嗟に思いついたのは、小学生の頃に読んでいた、有名な週刊漫画雑誌だった。あれを僕に勧めたのは母さんだったから。多分、漫画が面白い、というのではなく、そういうものを子供が読むものだと思っていたからだと思うけど。




