起きてしまったらヤツがいる (転移コメディー)
!注! ダチョウへの正しい知識はありません。
ダチョウ転移コメディーです。
主人公は聖女。
ダチョウ。
フィジカルで敵う訳のない相手が朝、起きたら私の顔を覗き込んでいた。
私は首をごく小さく上げ、頭を少しだけ左右させて、周囲の様子を恐る恐る観察した。
どうやら、私とダチョウは草木もまばらな平原のような場所にいるらしい。音らしい音は無かった。
サバンナよりは暑くは無いのだろうけれど、唇の下にじんわり汗が浮いてくるような熱に包まれているのは分かった。
ダチョウの羽は飾り羽がなく茶色い。メスなのかもしれない、と私は思い。
――なんで私、無事なのだろう――
と考えた。
ダチョウの気性はとても荒いのだ。
それなのに私の身体は何処も痛くなかった。
なんで……?
なんで、ダチョウ??
日本の自室のベッドで寝たよね、私……。
――ちきゅう、おわったの?
私とダチョウだけを遺して滅んだ文明……?
これ、SFのディストピア展開とかなのかな……?
「目覚めましたか聖女よ」
寝ぼけて混乱した私の頭に、いきなり、中性的な声が降ってきた。
――日本語だ!
母国語での知的な語りかけに、私は静かに心の中でだけ、打ち震えた。
ダチョウは笑っている。
起き上がると攻撃判定を食らいそうで、怖くて私はちょっとも動けなかった。
声はダチョウからしたのではない。
降ってきた声は、脳の奥に直接ひびくような、骨伝導で伝えてくるゲーミングイヤフォンみたいな、体内のチップからの信号音のような……神秘的で少し不可解な聞こえ方を想起させるものだった。
かといって、不自然に造られたキカイっぽさもない、今まで一度も聴いたことのないような、不思議な温度を感じる声音だった。
その声が、決まり事のように私に言う。
「和泉清子――、この世界を救うべく召喚されし若き聖女よ、立ち上がりなさい」
……え?
――いや、無理ですよ。
だっていま、私のすぐ横にダチョウがいるんですもの!
「――どうしました、聖女よ、立ちなさい――」
――いやいやいやいや、無理ですって!
ダチョウのスイッチはいつ何をしたら入ってしまうか分からないんだもん!
意思疎通とか出来ないヤツなんだもん!!
ヒクイドリなら、獰猛で蹴りが世界一危険とか言われているあのヒクイドリなら、動物大好きで図鑑を複数冊ふかく読み込んだ私になら、まだ2、3の対処が出来たと思う。
けれど、相手はよりにもよってあのダチョウだ。
ダチョウはなんの予備動作もなく、また知性もなく、それなのにとんでもない身体能力をしていて、とにかくまず行動に出すような2メートルクラスの巨大な鳥だ。
あの鳥からは私は何も読み取れないのだ。
読んだとて対処法が間に合いもしないし。
ダチョウは恐ろしくタフな相手だ。
チーターなんかメじゃない。
総合的なスピードと持久力なら、二足歩行の鳥類のくせに、かなりの速度を維持し続けられる。
ヤツと不意に居合わせる羽目になるのなんて、運転知識の無いドライバーが飲酒して軽トラックをMAXスピードで乗り回して突っ込んでくるのと変わらない恐怖体験なのだ。
だめ。ぜったいにダメ!!
脆弱な肉体をしている人類なんぞの私になんか、武器も防具もない広い平原や草地では、全く勝ち目はないのである。
チーターなんかは肉食で靭やかな肢体を持ち、見た目も美しいので、最速のスマートな狩人、というイメージを抱かれがちだが、あの肉食のネコ科はスタミナが本当にない。あと顎の力も弱めだ。
よく狩りに失敗し、また群れを持たず単独生活のため、子供を置いて狩りに出るしかなく、生存率が極端に低い。それに、スタミナが無いので無駄な相手にエネルギーを割いて即座に飛びかかることも少ないし。
対して、ダチョウは免疫力も回復力もヤバいし、凶暴だし、知性でなく本能で生きているので、繁殖面でも誰が自分の子かにすらこだわらず、結果、群れの仲間が増えやすくなっているというようなモンスターだ。
落下するか自身のスピードによる事故死が多いと言われているが、ダチョウの身体は自分でぶつかって怪我をしたとしてもすぐに治してしまうのだ。
走り出したら最高時速約60〜70キロで走り続けられるタフな巨体を持つため、瞬発力に特化した肉食動物たちのスタミナでは、チーターどころかライオンや、賢く群れ持久力もある、あのハイエナでさえも、加速したダチョウに追い付く事は難しい。
そして、そんなスピードを叩き出す数トンの脚のキック力が私に向けられたら……。
――矮小な私という人間は、簡単に粉砕されてしまうだろう。
しかも更に悪いことに、今の私は仰向け寝の体勢だった。
頭蓋も内蔵も無防備に剥き出し、の状態なのだ。
薄氷の上で戦々恐々、の状態でいつヤられるかもしれないのに、よく分からない天からの声に『立ち上がれ』とか『聖女』とか言われても……、本当にムリ……!! だった。
生存者として、防衛本能の方が理性より強く早く私に働きかけてきていた。
つまり、今の私に体勢を高く出来る理由はない!
のだ!!
ハイリスク! RISKY! CRAZY!!
マジで、ただただ危ないだけ!
立ち上がれなんかしないんですよ!!
せめて内蔵を守る形にゆっくりダンゴムシのように丸まるか、うつ伏せ向きにじっくり寝転ぼうか……、と考えていたら。
ダチョウがふいに何かに反応し……、
そして静止して、また、笑い出した。
満開の花、春爛漫、天衣無縫といった様子で笑っている……、ように見える顔をし始めた。
こわいこわいこわい!!
しかし、私の恐怖心などお構いなしに、たぶんダチョウは何も考えていないだけだ。
こんなに怖いのにヤツとは何も通じ合えない。
その事実が、ほんっとーうに、ひたすらに、心の底から、私には怖くてしかたなかった。
しかも、この感情を共感できる相手は存在しないのだ。
「……声を出して答えなさい、聖女よ。この世界では立ち上がる気さえもないという事なのですか?」
――え。
『この世界』??
天の声さま、今『この世界』、って言った?
うそでしょ? ここ、異世界なの?!
「い、いせかいに……、ダチョウ、って……いるの、です、か……?」
一方的に降ってくる声に小さく私は応えた。
ダチョウは首を上げ遠くを見て、何かに向けて朗らかに口を開けて瞬膜を素早く開閉している。
「……ダチョウ? ダチョウ、とはなんですか」
中性的な天の声の主は、ダチョウを知らないようだった。やはり、異世界にダチョウほどの生き物は居ないらしい。
――それでは、ここにいるダチョウはなんなのか。
「……この大きな鳥がダチョウです……!」
小さく小さく、しかし必死に、私は降る声に応える。
ダチョウは少し歩くとクルクル回り始めた。
「この美しく大きな鳥はダチョウと言うのですか。貴女という聖女を導く折り、この鳥が貴女の対として私の手元に喚ばれたのです。別の世界の生命を此方に渡らせる際には、必ず対となる魂が同じ世界から喚び出されます。この美しい鳥が貴女の対――ああ、同じ世界のモノ同士でも、貴女はこの鳥の性質を深くは知らないのでしょうか――この鳥は肉を食べはしないようです。貴女に即座に危害を与えるような事はしないでしょう……さぁ、心配事は無くなりましたね? 立つのです、聖女よ」
私が喋った事が天の声さまには嬉しかったのかもしれない。そう、やや饒舌にお答えくださった。
この回答で、私に話しかける声の主がどうやら真実、超常の存在と謂われるもので、そして……ダチョウについて何も解っていないらしい……、ということが、私にも判った。
クルクル回るダチョウを見て「聖女として起つ貴女への祝福のダンスですか」なんて微笑ましいセリフを落としている。
え、まって?
私の対となる魂が……、ダチョウ?
それは……、どういう……。
ギリシア神話とかの、神に付随したり象徴として描かれる動物が、私の場合は『ダチョウ』だって……、こと??
それは……、私が……、すごく……。
「阿呆だってこと?!」
――それか、すごく身体が弱くて賢い、そんな真逆の性質の魂を持っている……とかって、そういう意味なの!?
遂に、私の理性は崩壊した。
叫びながら、ガファッと起き上がってしまった。
クルクル回っていたダチョウは案の定、私の大声に驚いてパニックとなり、凄い勢いで私の所へ走り込んで来る。
――ダチョウスイッチ、押してしまった――
視界全てがスローモーションになった世界で、これ、別に魔法とかじゃなくてヤバいゾーンに入っているだけだろうなぁ、と私は自身の体感をもはや俯瞰してみていた。
――数秒止まった私の世界の、枯れ草色の平原で、ヤツの蹴りが鮮やかに大きく決まった――
☆★☆
「――そうですね、聖女の力、とは……、あの凄まじいまでの怪鳥『ダチョウ』の身体の秘技たる回復力や免疫力などを、この世界に持ち込むもの――だった……、のかも知れません」
後の世に真の恒久的な長寿と万病からの癒やしをもたらした薬学の神の一柱は、眠りに就く前、そう語って目を閉じたらしい。
……やっぱり人名要らなかったかもしれないです凹




