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『拾われた孤児、拾い主はまさかの退役軍人にして天才科学者』  作者: ティラピア池
第二部:崩壊の始まり

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第41話: 消し去られた横浜

はじめまして、または再びこんにちは。今回もお付き合いいただきありがとうございます。

――横浜の消失――


 パンデモニウムの主要幹部たちが緊急の用件を処理するために部屋を出ていった後、災害対策本部の内部は突然、静まり返った。


 豪華な室内には、今や静寂だけが残されている。


 しかし、鋼鉄製の扉の外では、完全武装した数名の警備兵が依然として警戒態勢を維持していた。


 カチッ。ガタッ。


 天井にある換気口の格子が、ゆっくりと押し開けられる。


 カゲロウと四人の部下が一人ずつ換気ダクトから降り、静かに大理石の床へ着地した。


 ――ドサッ。


 ブーツが床に触れた瞬間、少し大きな音が響いた。


 カゲロウは反射的に息を止め、鋼鉄製の扉へ視線を向ける。


 数秒が過ぎる。


 しかし、外からの反応はない。


 カゲロウはようやく、ほっと息を吐いた。


 この部屋には、高度な軍用防音システムが備えられていたのだ。


 内部でどれほど大きな音を立てても、防音壁が音を吸収し、外部にはほとんど届かない。


 扉の外にいる警備兵たちは、何も知らずに彫像のように立ち続けていた。


 カゲロウは時間を無駄にせず、手で合図を送る。


「メインパネルを探して」


 五人はすぐにオペレーター席の間を素早く移動する。


 そのとき、サイバー技術に長けた部下の一人が、大型コンソールの前で足を止めた。


 その目が鋭く輝く。


「見つけました、隊長。周波数ハッキング用パネルです」


 彼はすぐに席へ座り、作業を開始した。


 指がデジタルキーボードの上を高速で走る。


 数秒もしないうちに、パンデモニウム軍の軍用通信システムへの侵入に成功した。


 そして、パンデモニウム最高司令部の命令に見せかけた偽の指令を通信網へ送り込む。


「全セクターへ通達! 敵が南西方向から大規模な反撃を開始した! 全艦隊を直ちに転進させろ!」


 偽命令は瞬く間に軍用通信網全体へ広がっていった。


 モニターを見つめていたカゲロウの目に、異変が映る。


 それまで整然と動いていたパンデモニウム艦隊が、一斉に進路を変え始めた。


 異なる命令を受けた部隊が現れ、ある部隊は反転し、別の部隊は別セクターへ移動する。


 さらに複数の艦艇が、互いに同期していない命令を受けたことで、進路上ですれ違い始めた。


 短時間のうちに、パンデモニウム軍の連携は完全に混乱した。


 ――カゲロウの情報操作は成功した。


 彼ら自身が信じてしまった偽情報によって、パンデモニウム軍の指揮系統は大きく揺らいでいた。


 任務を終えると、カゲロウと四人の部下はすぐに換気ダクトへ戻った。


 そして、侵入した痕跡を残さないよう、格子を元通りに取り付ける。


 しかし、カゲロウはすぐには立ち去らなかった。


 その瞳が、冷たい光を帯びる。


 まだ一つ、終わっていないことがあった。


 以前、仲間の一人がパンデモニウム兵によって殺された。


 そしてカゲロウは、その犯人を探していた。


 捜索の末、彼らは施設外周部にある人気のない廊下へたどり着いた。


 そこで、全員の足が止まる。


 廊下の奥には、パンデモニウムの高位処刑人が二人、すでに待ち構えていた。


 二人とも武器を構えている。


 カゲロウは一瞬で状況を理解した。


「……待ち伏せか」


 次の瞬間――。


 戦闘が始まった。


 狭い廊下が、一瞬にして近接戦闘の舞台へと変わる。


 鋼鉄が激しくぶつかり合い、銃声が壁の間を駆け抜ける。


 カゲロウたちは五人。


 対する敵は二人。


 それでも、その二人の処刑人は普通の兵士とは比較にならないほどの戦闘能力を持っていた。


 カゲロウは部下たちを率い、戦術的な陣形を組む。


 互いに援護しながら位置を入れ替え、隙を見つけて攻撃を仕掛ける。


 戦闘は激しさを増していった。


 カゲロウは持てる技術をすべて駆使し、二人の処刑人と対峙する。


 長い戦闘の末、最後に残った処刑人もついに倒れた。


 カゲロウは荒い息を吐きながら立ち尽くす。


 復讐は、果たされた。


 だが――。


 休んでいる時間はない。


「隊長! 今すぐ車両へ戻らないと!」


 部下の叫び声が響く。


 カゲロウはすぐに頷いた。


 五人は施設外に停めてあった戦術車両へ向かって走り出す。


 しかし、車両へ乗り込もうとした、その瞬間――。


 横浜の夜空が変わった。


 カゲロウが空を見上げる。


 その顔から、一瞬で血の気が引いた。


 雲を突き抜け、高高度から巨大なミサイルが急降下している。


 ――ICBM。


 その軌道は、横浜の中心部へ向かっていた。


 残された時間は、ほんの数秒。


 カゲロウはその場に立ち尽くした。


 額から冷たい汗が流れ落ちる。


「隊長!!」


 部下の一人がカゲロウの肩を強く揺さぶった。


「ぼーっとしてる場合じゃありません! 今すぐ逃げないと、俺たちまで終わります!」


 その声で、カゲロウの意識が戻る。


 彼女はすぐに運転席へ飛び込み、アクセルを思い切り踏み込んだ。


 戦術車両のエンジンが激しく唸る。


 車両は最大速度で道路を駆け抜け、背後から迫る災厄から逃れようとする。


 しかし――。


 ほんの数秒、遅かった。


 ――ドォォォォンッ!!!


 核弾頭が横浜・みなとみらい地区へ落下した。


 一瞬にして、夜空が巨大な光に包まれる。


 直後、凄まじい衝撃波が都市全体を襲った。


 爆心地周辺の建物や道路、各種インフラが大きな被害を受け、街の景色そのものが崩れていく。


 カゲロウの戦術車両は、なおも走り続けていた。


 背後から大量の粉塵と瓦礫が迫ってくる。


 間一髪のところで、彼女たちは破壊の波から逃れた。


 カゲロウはバックミラーを見つめる。


 日本の重要な防衛拠点の一つだった横浜は、もはや以前の姿を失っていた。


 だが――。


 破壊は、それだけでは終わらなかった。


 沿岸部で発生した巨大な爆発は、横浜湾の海面にも甚大な影響を与えた。


 海水が大きく押し動かされた後、巨大な波となって沿岸部へ押し寄せる。


 港湾区域は一瞬にして大混乱に陥った。


 横浜ベイブリッジも大きな損傷を受け、一部が崩落する。


 港に停泊していた日本軍とロシア軍の艦艇も、次々と被害を受けた。


 わずかな時間で、日本有数の重要都市は瓦礫、浸水、火災、そして空を覆う黒い粉塵に包まれた。


 横浜壊滅の報は、瞬く間に広がっていった。


 東京の日本政府は直ちに非常事態を宣言し、司令部は混乱に包まれる。


 日本にとって第二の防衛拠点ともいえる都市が、失われたのだ。


 一方、ロシア政府にも横浜で発生した甚大な被害の報告が届いた。


 港湾区域に展開していたロシア軍部隊や艦隊にも、大きな損害が発生していた。


 ロシア政府はパンデモニウムに対して強い非難を表明する。


 そんな混乱の中――。


 パンデモニウム軍の前線に、一人の男がいた。


 大型モニターに映し出された横浜の惨状を、静かに見つめている。


 その男の名は――。


 ラグナル・ヴォス。


 パンデモニウム陸軍の将軍である。


 ラグナルは、日本軍とロシア軍が横浜の壊滅によって混乱している様子を報告映像で確認していた。


 そして――。


 彼は笑った。


「ハハハ……ついに奴らも、制御を失い始めたか」


 日本とロシアの混乱。


 それは、パンデモニウムにとって領土をさらに拡大する絶好の機会だった。


 一方――。


 横浜から遠く離れた道路では、カゲロウたちを乗せた戦術車両が走り続けていた。


 カゲロウは、ゆっくりと後方を振り返る。


 しばらく無言のまま、破壊された横浜を見つめる。


 そして――。


「……ふぅ」


 カゲロウは大きく息を吐いた。


 四人の部下たちも、同時に安堵のため息を漏らす。


 どうにか、生き延びることができた。


 ――少なくとも、今は。


---


 それからしばらくして。


 ロシア政府は、新たな決断を下した。


 撤退はしない。


 むしろ、パンデモニウムが占領した都市の一つへ攻撃を開始することを決定した。


 ロシア軍は大規模な戦力を投入し、複数方向から攻撃を開始する。


 しかし、今回の戦況には一つの変化があった。


 パンデモニウム軍の位置情報が、以前よりも簡単に入手できるようになっていたのだ。


 その裏では、カゲロウと四人の部下たちが敵の情報システムへ干渉し続けていた。


 パンデモニウム軍の通信は再び混乱する。


 複数の部隊情報が正確に伝わらなくなり、戦場では誤った情報が飛び交い始めた。


 その結果――。


 ロシア軍の進撃は、さらに容易になった。


 一つ、また一つと、パンデモニウム軍の陣地が圧迫されていく。


---


――パンデモニウム軍・戦車部隊――


 その頃、別の場所ではパンデモニウム軍の戦車が偵察任務を行っていた。


 装甲車両は狭い道路をゆっくりと進んでいる。


 ――ヴルルルル……。


 戦車は左右へ細かく進路を変えながら、ジグザグに前進していた。


 乗員たちは周囲を警戒する。


 森。


 荒れた道路。


 放棄された建物。


 どこを見ても静かだった。


 ――静かすぎる。


 戦車は、そのまま前進を続ける。


 そのとき――。


「……待て」


 操縦手がブレーキを踏み込んだ。


 車長が前方を凝視する。


 道路の向こうから、一台の装甲車両が姿を現した。


 パンデモニウム軍の車両ではない。


 車体に刻まれた紋章を見た瞬間、戦車の乗員全員が息を呑んだ。


 ――ロシア軍の戦車。


 向こうのロシア戦車も、同時に停止した。


 その車体は、パンデモニウム軍戦車の進路を完全に塞いでいる。


 二台の戦車が、至近距離で正面から向かい合った。


 動かない。


 撃たない。


 ただ、両方のエンジン音だけが静かに響いている。


 ――ヴルルルル……。


 両方の車内で、乗員たちは同じことを理解した。


 ――敵と遭遇した。


 パンデモニウム軍戦車の車長が、ゆっくりと手を上げる。


 ほぼ同時に、ロシア軍戦車の車長も手で合図を送った。


 両陣営の乗員が戦闘態勢に入る。


 しかし――。


 先に撃つのは、どちらだ?


 二台の戦車が睨み合う場面で、時間が止まったかのように静寂が訪れる。


 ――次の瞬間、戦場を揺るがす一発が放たれるのか。


 それとも――。


 次回へ続く……。

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