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『拾われた孤児、拾い主はまさかの退役軍人にして天才科学者』  作者: ティラピア池
第二部:崩壊の始まり

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第39話: 寝返る者

はじめまして、または再びこんにちは。今回もお付き合いいただきありがとうございます。


絶え間ない攻撃が、日本各地を容赦なく打ち据えていた。


その中でも、海軍の防衛網を支える要衝――横須賀では、相次ぐ攻撃による被害の修復と、防衛体制の立て直しが急ピッチで進められていた。


だが、今回の本当の脅威は、空からでも海からでもない。


――内側からだ。


市街地から少し離れた薄暗い路地を、一人の男が悠然と歩いていた。


たった一人で都市全体の防衛システムを麻痺させるという重責を背負っているにもかかわらず、その顔には焦りの色が微塵もない。


「一人でやるには、ちと重荷だな」


男は、誰に聞かせるでもなく小さく呟いた。


「ま、報酬がそれに見合うなら文句はないがね」


男は深く息を吸い込み、表情を切り替える。


そして、軍人と市民が慌ただしく行き交う大通りへと足を踏み出した。


すると、警戒中だった二人の警察官が男の進路を塞いだ。


「おい、お前は何者だ?」


警察官の一人が鋭い目を向ける。


「俺か?」


男は穏やかな笑みを浮かべた。


「この街の重要人物だがね」


「証明できるものを見せろ」


男は懐から身分証と任務書を取り出した。


どちらも一分の隙もない、完璧な偽造品だった。


熟練した者でさえ見抜くことができないほど精巧な書類を前に、警察官たちは顔を見合わせる。


やがて、二人は小さく頷いた。


そして男を、緊急防衛司令の中枢へ直結する重要区画へと案内した。


忙しく立ち回る職員たちの間に自然に紛れ込み、男は誰にも怪しまれることなく目的地へと滑り込んでいく。


その先にあるのは――都市の生命線ともいえる電力制御室だった。


扉の前に立つ衛兵が、怪訝そうな視線を向ける。


「止まれ。ここは立入禁止だ」


「電力系統の効率を検査しにきた」


男は微動だにせず、涼しい顔で答えた。


「上層部からの特命だ」


衛兵は疑う様子もなく、あっさりと扉を開けた。


「……そうか。入れ」


重い扉が閉ざされた瞬間だった。


計器を確認していた一人の技術者が、男へ振り返る。


だが、次の瞬間――男の手が動いた。


技術者は声を上げる間もなく、その場に倒れ込んだ。


外にいた衛兵が、ただならぬ気配を察知する。


一人が応援を呼ぶために走り出し、もう一人が内部を確認しようと扉へ手をかけた。


しかし、その瞬間――冷たい刃が閃いた。


衛兵は声を上げる暇もなく、その場に倒れた。


残った衛兵が非常用無線へ手を伸ばそうとした時、すでに冷酷な男の銃口が背後へ迫っていた。


だが――。


放たれた弾丸は、空中で真っ二つに切り裂かれた。


どこからともなく現れた一振りの剣が、弾道を正確に断ち切ったのだ。


「ほう」


日本軍の特殊部隊員が、冷ややかな視線を向けながら立っていた。


「パンデモニウムの連中も、汚ねえ真似をするようになったもんだな」


しかし、特殊部隊員の視線が床へ落ちる。


そこには、倒れ伏した同僚の姿があった。


「……殺したな」


その言葉が途切れるより早く、背後から冷たい銃口が彼のうなじへと押しつけられた。


室内を、極限の緊張感が支配する。


唸りを上げる発電機の低い駆動音が、張り詰めた空気をさらに重くしていた。


「動くな。一歩でも動けば、その頭を吹き飛ばす」


暗がりから、もう一人のパンデモニウム工作員が姿を現す。


低い声で囁きながら、特殊部隊員へ銃口を向けていた。


だが、選りすぐりの特殊部隊員が、そんな脅しに屈するはずもない。


長年の実戦で培われた直感が、彼の身体を瞬時に動かした。


銃声と同時に身体を沈め、放たれた弾丸を紙一重で回避する。


弾丸はそのまま正面のメイン回路盤へと突き刺さった。


青緑色の火花が激しく弾け、制御室の主電源が完全に落ちる。


周囲は一瞬にして闇に包まれた。


頼りになるのは、回転しながら明滅する赤い非常灯だけだった。


その不気味な赤い光が、暗闇の中を断続的に照らしていく。


「……!」


特殊部隊員は疾風のように反転し、短剣を抜き放った。


キィンッ!!


金属同士が激しくぶつかり合い、暗闇の中で火花が弾ける。


そこへ、二人目の工作員による銃撃が容赦なく降り注いだ。


「ダダダダッ!」


特殊部隊員は鋼鉄の床を転がり、発電機の陰へ身を滑り込ませる。


そして、近くにあった重い鉄パイプを蹴り飛ばし、敵の足元へと叩きつけた。


「くっ!」


一人目の工作員が踏み込み、剣による高速の斬撃を繰り出す。


そこへ洗練された体術まで織り交ぜ、間髪入れずに攻撃を重ねていく。


特殊部隊員は剣で攻撃を受け流し、手首を返して相手の体勢を崩した。


「――そこだ!」


全体重を乗せた膝蹴りを、相手の鳩尾へ叩き込む。


「ぐっ……!」


だが、死角から回り込んでいた二人目の工作員が、強烈な回し蹴りを放った。


蹴りは特殊部隊員の胸部を直撃し、その身体を高圧変圧器へと叩きつける。


「ぐあっ……!」


背中を走った高電圧の衝撃に、特殊部隊員の動きが大きく鈍る。


その隙を、二人の工作員は見逃さなかった。


二人は息の合った連携で、一気に距離を詰める。


一人目が正面から強烈な斬撃を叩き込み、特殊部隊員の短剣を完全に封じ込めた。


その隙を突き、二人目が死角から滑り込む。


そして、冷たい銃口を特殊部隊員の腹部へと突きつけた。


――パンッ!


至近距離から放たれた銃弾が、防弾ベストを貫いた。


「ぐっ……!」


特殊部隊員はその場で力を失い、手にしていた短剣を落とした。


カラン……。


冷たい床に、短剣が虚しく転がる。


一人目の工作員は自らの剣を引き抜くと、冷たい一閃を放った。


特殊部隊員はその場に崩れ落ち、二度と動かなかった。


街を守るはずだった最後の盾が、赤い非常灯の下で静かに沈黙する。


荒い息を吐きながら、工作員は頬についた血を拭った。


そして、完全に破壊された制御パネルを満足げに見つめる。


「……これで終わりだ」


こうして、要港・横須賀の防衛システムは完全に沈黙した。


その頃――。


はるか離れた別の前線では、カゲロウが無線機から届いた不吉な報告を受け取っていた。


横須賀の警備任務についていた部下の一人が、何者かによって討ち取られたという。


カゲロウの顎が強く引き締まる。


握り締めた拳に力が入り、指の関節が白くなる。


胸を焼くような激しい怒りが込み上げてきた。


だが、目の前では激戦が続いている。


今すぐ敵を討ちたいという思いを押し殺し、カゲロウは無理やり意識を自らの戦場へと引き戻した。


「……今は、目の前の敵に集中するしかない」


怒りを胸の奥へ押し込み、再び戦場へと向き直る。


その頃、地上の防衛ラインでは、リンドウ将軍が絶え間なく怒号を飛ばしていた。


次々と押し寄せる敵の圧倒的な物量によって、統率されていた陣形が少しずつ崩れていく。


兵士たちの間には、底知れない恐怖と混乱が広がり始めていた。


「敵が突破してくるぞ!」


「防衛ラインを維持しろ!」


「左翼を支えろ!」


同じような戦況は、日本各地で繰り広げられていた。


空では、雲を切り裂くジェット戦闘機の群れが激しく交錯し、幾重もの飛行機雲を残しながら死闘を繰り広げている。


海では、艦砲射撃の轟音とミサイルの爆発が絶え間なく響き渡っていた。


終わりの見えない激戦の日々。


戦争はついに、すべての戦線が同時に崩壊しかねない――そんな危険な臨界点へ、音を立てて近づきつつあった。

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