第37話: 二つの海岸線
はじめまして、または再びこんにちは。今回もお付き合いいただきありがとうございます。
大規模攻撃が予想される三日前。
沼津と九十九里――二つの海岸では、すでに昼夜を問わず防衛準備が進められていた。
ほぼ同時刻、それぞれの海岸へ三人の日本軍将軍が到着し、大規模な機甲部隊を率いていた。
「海岸線に沿って、深く、そして幅の広い対戦車壕を掘れ!」
来須正人将軍は、目の前に広がる海岸線を指差しながら、鋭い声で命じた。
「前線には地雷原を設置! それから、ここ――それとあそこに砲兵陣地を配置しろ!」
その隣では、星野蓮将軍が次々と到着する部隊の配置を指揮していた。
各部隊が本来の役割を最大限に発揮できるよう、兵力と装備を適切な位置へと振り分けていく。
一方、石川大悟将軍は防衛陣地全体を歩き回り、配置に問題がないか細かく確認していた。
少しでも弱点を見つければ、その場で改善案を出し、戦術的な修正を加えていく。
もう一つの海岸でも、ほぼ同規模の防衛準備が進められていた。
バルドル・クライシュ自身が予告した大規模攻撃まで、残された時間はほとんどない。
一秒たりとも無駄にはできなかった。
そして――。
大規模攻撃が予想されていた日の、さらに一日前。
予想を覆す緊急報告が、日本軍司令部へ飛び込んできた。
「敵軍、上陸を開始!」
「攻撃地点は……五か所です!」
日本各地の五つの海岸で、同時に敵軍による奇襲攻撃が始まったのだ。
想定されていたよりも、遥かに多い攻撃地点だった。
緊急通信が瞬く間に各部隊へ伝達される。
日本軍は残存戦力を可能な限り各海岸へ振り分け、迎撃態勢を整えた。
その中には、陽炎率いる特殊部隊も含まれていた。
彼らに与えられた任務は、敵歩兵部隊による大規模な上陸攻撃を受けている海岸の防衛だった。
しかも――敵側には、戦車や装甲車両が一台も確認されていない。
日本政府は以前から、敵が防衛準備の整った地点へ戦車部隊を投入してくる可能性を予測していた。
そのため、あえて防衛が手薄になりやすい「歩兵のみの攻撃地点」へ、追加戦力を優先的に投入していたのである。
最も予測しにくく、そして最も準備が整っていない場所。
そこを守るのが、陽炎たちだった。
「ようやく、まともな歩兵と戦えるな」
陽炎の部下の一人が、緊張感のない様子で身体を伸ばした。
「ずっと、あの人間じゃない戦車どもを相手にするのには飽きてたんだよ」
「へえ?」
陽炎は淡々とした口調で返しながら、僅かに口元を吊り上げた。
「でも、昨日戦車と戦った時、一番最初に逃げ出したのは誰だったかしら?」
「…………」
「今さら、飽きたなんてよく言えるわね」
部下は気まずそうに口を閉ざした。
周囲の隊員たちは、必死に笑いを堪えている。
張り詰めた戦場の空気の中に、一瞬だけ小さな笑いが生まれた。
やがて特殊部隊は、日本軍の正規部隊と装甲車両による支援部隊とともに海岸線へ到着した。
その直後――。
「敵影、確認!」
海上の彼方から、第一波となる敵歩兵部隊が姿を現した。
「全員、戦闘配置!」
次の瞬間、海岸線全域で激しい戦闘が始まった。
小銃の銃声が絶え間なく響き渡り、各所で手榴弾が炸裂する。
兵士たちの怒号、指揮官の命令、負傷者の叫び声が入り混じり、戦場は凄まじい混乱に包まれていった。
両軍から次々と負傷者が運び出される。
軍用救急車のサイレンが途切れることなく鳴り響き、負傷兵たちは急設された野戦医療施設へと搬送されていった。
しかし、医療施設の収容能力すら追いつかないほど、負傷者の数は増え続けていた。
そして――。
歩兵戦がようやく一段落してから二日後。
ついに、本命の大攻勢が始まった。
Pandemoniumの大規模な戦車部隊が、沼津と九十九里へ向けて一斉に進撃を開始したのである。
それは、当初から予想されていた通りの展開だった。
対戦車壕。
地雷原。
そして砲兵陣地。
日本軍は可能な限りの防衛準備を整えていた。
それでも――。
圧倒的な敵戦力を前に、犠牲者は増え続けていった。
日本政府の関係者たちは、ただ息を殺して戦況を見守っていた。
頼みの綱は、ただ一つ。
北方から送られてくると約束された援軍だった。
――間に合ってくれ。
そう願うしかなかった。
その時だった。
中央司令部の作戦室に、一件のホログラム通信が突然展開された。
光の粒子が集まり、スクリーンの中に一人の軍人の姿が現れる。
外国軍の制服を身に纏った、威厳ある将軍だった。
「ロシア連邦援軍部隊、Andrei Volkov将軍だ」
その声が、作戦室全体へ明瞭に響き渡る。
「我々の援軍は、すでに到着した」
「三つの海岸において、我が軍による全面的な支援を開始している」
司令室にいた者たちが、一斉にスクリーンへ視線を向けた。
ヴォルコフ将軍は、さらに続ける。
「戦車部隊による攻撃を受けていた二つの海岸」
「そして、大規模な歩兵部隊による攻撃を受けていた一つの海岸」
「いずれも、我々の援軍が間に合ったことで、防衛に成功した」
その瞬間――。
作戦室に、安堵の声が広がった。
張り詰めていた空気が一気に緩み、何人かの顔には、こらえきれない涙が浮かんでいる。
ここ数日間、絶望と緊張に耐え続けてきた者たちにとって、それはまさに待ち望んでいた知らせだった。
戦争の闇が晴れたわけではない。
それでも――。
ほんの一瞬だけ、日本の戦場に再び希望の灯火がともった。
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