第24話:静まり返った司令部
はじめまして、または再びこんにちは。今回もお付き合いいただきありがとうございます。
普段なら多くの車で賑わっている高速道路を、私たちの車は猛スピードで走っていた。今では道路を走る車もほとんどなく、どの車も何処かへ急いでいるように見えた。
後部座席では、ホタルが緊急用の武器庫から持ち出した武器を、一つずつ確認している。拳銃、アサルトライフル――さらには軽機関銃まで、その膝の上に置かれていた。
「それ……全部、一人で持ち運べるのか?」
私は前方の道路から目を離さずに尋ねた。
「私、武器の扱いが得意なの忘れた?」
そう答えるホタルの声には、いつもの気楽さがまったくなかった。
「使えるものなら、何だって使えるよ」
私たちはそのまま走り続けた。街へ近づくにつれて、至る所に混乱の痕跡が現れ始める。
突然閉店した店。最低限の荷物だけを抱えて走る人々。そして、街のあちこちから響いてくるサイレン。
大きな交差点に差しかかった、その時だった。
数十メートルほど前方を、日本軍の戦車部隊が隊列を組んで進んでいるのが見えた。履帯が道路を踏みしめるたび、砂埃が舞い上がっている。
次の瞬間――その上空を、ジェットエンジンの轟音が切り裂いた。
二つの大きな爆発が、先頭を走っていた二両の戦車を直撃する。一瞬にして、瓦礫と炎が空へ舞い上がった。
私は息を呑み、ハンドルを強く握り締める。それでも、車を止めることはなかった。
「そのまま走って」
ホタルの声は緊張していたが、芯の強さがあった。
「ここで私たちにできることはないよ。まずは父さんの司令部へ向かおう」
私はぎこちなく頷き、アクセルをさらに踏み込んだ。そして、決して後ろを振り返らないようにしながら、その混乱を抜けていった。
それからの道のりは、終わりのない悪夢のようだった。瓦礫で道が塞がれていて、何度も迂回を余儀なくされた。
人々は交通のことなど構わず、パニックになって道路を横切っていく。遠くからは、時折爆発音が響いてくる。
それが街のどこから聞こえているのかすら、もう分からなかった。
そしてようやく、父さんの秘密司令部の正門へ辿り着いた。
だが――最初の瞬間から、何かがおかしかった。
巨大な門は大きく開け放たれている。いつもそこに立っているはずの警備兵が、一人もいない。
エンジン音も聞こえない。人の気配すらない。
先ほどまで通ってきた街の混乱よりも、むしろこの静けさのほうが不気味だった。
私とホタルは顔を見合わせた。
そして、それぞれ武器を手にしたまま、慎重に敷地内へ足を踏み入れた。
奥へ進めば進むほど、異常な光景が増えていった。
廊下には何人もの人間が倒れていた。身につけているのは、何年も前に初めてこの司令部を訪れた時に見たものと同じ制服だった。
腹の底が冷たくなる。
拳銃を握る手が震えた。それでも、私は無理やり足を動かし続けた。
その時だった。
突然、負傷した男が一つの扉の陰から這い出してきた。
彼は弱々しく手を伸ばし、私たちへ向ける。
「行くな……そこへは……行くな」
かすかな声だった。
「そこには……パンデモニウムがいる……」
「パ、パンデモニウム?」
聞き慣れない言葉に、私は思わず聞き返した。
「奴らだ……」
男は苦しそうに息を吐く。
「世界中の犯罪組織が結成した、あの連合組織……奴らは自分たちを、そう名乗っている……」
「早く……隠れろ……」
その言葉が終わるより早く、背後から銃声が響いた。
男はその場に倒れ込んだ。
私とホタルは反射的に身を引いた。そして、廊下の壁にある小さな通気口を見つけると、そこへ身体を滑り込ませた。
直後、廊下の角から武装した集団が姿を現した。
私たちは狭い暗闇の中で身を縮め、息を殺した。身体の震えを必死に抑えながら、ただ時間が過ぎるのを待つ。
一時間。
そして、さらにもう一時間。
二時間もの間、私たちは完全な沈黙の中で身を隠し続けた。
下では、何度も足音が行き交っていた。聞き慣れない声も、何度となく響いてくる。
やがて、それらの音が少しずつ遠ざかっていった。
そして、見覚えのない暗色の制服を着た者たちが、何十人も司令部から出ていくのが確認できた。
どこへ向かったのかは分からない。
完全に静寂が戻ったことを確認してから、私とホタルは通気口から這い出した。
身体はすっかり強張っていた。それでも、私たちは急いで父さんの執務室へ向かった。
そこだけが、二人とも何も言わずに思い浮かべた場所だった。
執務室の扉は、開いていた。
そして――その中に、父さんがいた。
アラリックが執務室の床に倒れている。目は半ば開いたままで、頭部には銃撃を受けた痕があった。
時間が止まったように感じた。
私は扉の前で立ち尽くした。身体が動かない。何も考えられない。
ただ、胸の奥から全身へ広がっていく冷たい空虚さだけを感じていた。
隣では、ホタルがその場に崩れ落ちた。
両手で口元を覆った瞬間、堪えていた感情が一気に溢れ出す。
「……うっ……父さん……!」
泣き声だけが、静まり返った執務室に響いていた。
この司令部から、すべてが失われてしまったように思えた。
私は泣かなかった。叫びもしなかった。
ただ黙って、目の前の光景を見つめ続けていた。
十七年間、私の世界そのものだった人。
かつてこの場所で、誇らしげな笑顔を浮かべながらユズキの写真を見せてくれた人。
その人が今、同じ床の上で動かなくなっている。
どれほど時間が経ったのか分からない。
やがて私は、乾ききった喉から無理やり声を絞り出した。
「……姉さん」
私はまだ泣き続けているホタルの肩に、そっと手を置いた。
「ここにずっといたら……あいつらが戻ってくるかもしれない」
ホタルの泣き声が、突然止まった。
彼女は私の腕を強く掴む。
「待って」
声はまだ震えていた。それでも、その奥には不思議なほど強い意志が宿り始めていた。
「父さんの司令部には……あの希少素材があるよね?」
私はホタルを見つめた。
彼女が何を考えているのか、まだ完全には理解できなかった。
「全部持っていこう」
ホタルは涙の跡を残したまま、ゆっくりと立ち上がる。その動きには、先ほどまでとは違う確かな決意があった。
「私たち自身で武器を作る」
「今まで使ってきた武器だけじゃ、あいつらには勝てない」
私は姉を見つめた。
その瞳には、今まで見たことのないものが宿っていた。
かつてリンドウの後ろに隠れていた、恥ずかしがり屋の少女ではない。
今この瞬間、彼女は何かを決意した。
そして――もう二度と、以前の自分には戻らない。
そう思わせるほどの覚悟が、その瞳にはあった。
だが、私が答えるより先に――。
廊下の奥から、足音が聞こえてきた。
ゆっくりと。
慎重に。
それでも、確実にこちらへ近づいてくる。
私たちは同時に動きを止めた。そして互いの顔を見つめる。
二人とも、同じ警戒心を抱いていた。
――まだ、奴らは完全には去っていなかった。
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