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第6話 崩れ去っていく日常

 翌日、しばらく家にいてくれることになった祖母が作ってくれた朝食を食べ、夏休み明け初の登校となった。

彩仁さん達が帰った後、何を話せばいいのかわからなくなった俺は、逃げるように自室へと戻った。

こんな状況なのに何もできないことへの憤りを感じながら、明日から普通に時間が過ぎていくのかと、心も体も重くなる。


 とにかく何かしていなければ、その重みに耐えられなくなりそうで、ただただ無心になれることをと、日が落ちるまで店の倉庫で意味もなく商品を整えていた。


 日も落ちて、いくらか涼しくなってからは外に走りに家を出た。

帰ってシャワーを浴びて、ご飯を食べて、早々にベッドへと入る。


 家にいながら、こんなに喋らずに過ごしたのは初めてだなと思いながら、本当に何もせずに待つことしかできないのかと、諦め悪く考えているうちに寝不足の頭には限界が来てしまい、いつの間にか寝入っていた。


 起きたのは朝六時。

学校に行くために着替えを済ませ、リビングに行けば祖母が朝食を用意してくれていた。

朝食を食べていると凛都も少し遅れて起きてきて、目の前に座ってごはんを食べ始める。



「二人とも今日はお昼前には帰ってくるの?」


「昼前に終わってだから、俺は帰ってくるのは昼過ぎると思う。」


「私は昼前に帰ってこれるよ。」


「じゃあ、お昼ご飯作っておくね。」



 片道二十分ほどの中学校に通う凛都は、夏休み明け始めの登校日の今日は十一時頃に学校が終わる予定らしく、予定通りなら十二時前には帰れる距離だ。

同様に自分の通う高校も十一時頃に終わる予定ではあるが、徒歩と電車で片道一時間はかかる場所にあり、昼を過ぎることになりそうだった。



「いってきます。」


「いってらっしゃい。気を付けてね。」



 祖母に見送られながら、凛都よりも早く家を出た。

最寄りの駅までは二十分程、真夏日の炎天下では駅に着くまでの間だけで制服のシャツが張り付き、気持ち悪さを覚えるくらい汗をかく。

電車内で一時の間涼んだ体も、三十分後にはまたじめじめとした鬱陶しい暑さに晒され、ちらほら見える同校の生徒も暑さにやられているのか、夏休み明けで生活習慣が狂って眠いのか、覇気の無さが目立つ気がする。



「おはよー奨真。」



 学校までの道のりをタラタラと歩いていると、後ろから今ではすっかり聞きなれた声が聞こえた。



「おはよう、(かい)。」



 蔵基櫂(くらもとかい)

高校に入って初めてできた友人で、陽キャと言われる類の人間だ。


 一、二年とクラスが一緒で、入学式の日に席が隣だったというだけで、こちらが困惑するくらいに声をかけてきたのがきっかけとなり、いつの間にかよく話すようになっていた。

俺に比べたら男女ともに分け隔てなく友人が多いのに、なぜか一緒にいることが多い。

やたら漫画の趣味やゲームの趣味が合ったのがよかったのだろう。

互いの家に遊びに行くくらいには仲がいい。


 夏休みは何してたとか、どこ行ったとか、他愛もない話をしていると何かに気づいた櫂が顔を覗き込んでくる。



「奨真、具合悪い?」


「え?いや…あーでも、寝不足ではあるかな。」


「あー、寝不足ね。珍しいな。あんまり夜更かししてるイメージなかったんだけど。」


「寝苦しくてあんまちゃんと寝れなかったんだよ。」



 両親が誘拐されたなんて言えるはずもなく、ごまかして話をしながら通学路を一緒に歩けば、あっという間に校門が見えてきた。



「おはよう、奨真君。」



 校門に入る所で、後ろから駆け足で来たのか少し息を切らしながら挨拶をしてきたのは、生徒会に所属しているクラスメイトの佐世弥威(さよやよい)

櫂と同じく高校に入ってからできた友人、というかクラスメイトというか、まあ、少し変わっている子だ。



「おはよう佐世さん。」


「弥威って呼んでって言ってるのに…。いつになったら名前で呼んでくれるの?」



 根は真面目で勤勉、成績も常に学年首位。

長く艶のある綺麗な黒髪と、表情があまり動かないことが特徴の、一部生徒からは高嶺の花と言われていたりもするらしいのだが、なぜか自分に対しては表情がコロコロ変わる。

パーソナルスペースを有に越えてくるし、なぜか初対面の時から名前で呼んで欲しいと言われ続けている。

今まで女子を呼び捨てにした経験のない自分にはいささか難しい願いで、いつも笑ってごまかしているが、彼女自身強要はしない人のためいつも流してくれる。



「あれ、俺は?佐世さん。おはよう?」


「ああ、おはよう蔵基君。」



 これだ。

徹底して自分以外の男の名前を呼ばないし、表情がスッと抜け落ちる。

後、見えてないのかってくらい他の男に見向きもしない。

好意を抱かれているのだろうが、自分には好意を抱かれる理由に全く見当が付かず、疑問ばかりが残っている。



「奨真君、具合悪かったら無理せず保健室に行った方がいいよ。じゃあ、私生徒会の仕事あるから先いくね。」



 先日よりはマシだと思っていたが、彼女にもバレるくらいには顔色は良くないらしい。



「佐世さんって相変わらず奨真のこと大好きだよな。自分でもわかってるんだろ?好意抱かれてることくらい。むしろこれでわからないとか言われたら俺、ぶん殴ってるかもしれないけど。」


「いや、そもそも告白されてないし。好意を抱かれている自覚はあるけど、なんでかわからないしなぁ。まあ、仮に告白されても付き合わないよ。そういう意味で好きとかないし。」


「そういえば、入学式の日から奨真に話しかけてたの俺と佐世さんくらいだったな。俺は席隣だったけど、佐世さん一番前の席で離れてたのに、まっすぐ奨真のとこきて挨拶してたし。実は記憶にないだけでどっかで会ってたりすんじゃない?」


「そんな漫画みたいなことあるか…。」


「付き合ってみようとかは思わんの?」


「思わんね。」



 真面目だなぁなんて感心している櫂は、来るもの拒まず去るもの追わずで部活で忙しい身のはずだが、気が付くと彼女ができてたりする。

高身長で性格良し、顔よしともなると、意外と狙っている女子は多いらしい。


 教室について席に鞄を置けばすぐに俺の席に来て、机に腕を枕にして顔を乗せしゃがみ込む櫂は、羨ましそうにこちらを見る。



「いいなあ、俺も一回くらい誰かに一途に思われたいなあ。」


「それだと歴代の彼女が一途じゃなかったって言ってるようなもんだぞ。」


「え、違う?部活で忙しいのなんてわかってるじゃん。俺事前に言ってるし。友達と遊ぶのも好きだからそっち優先することもあるって言ってるし。俺が好きじゃないから付き合えないって言っても、試しでいいからって言うし、それで付き合ってみてるけど大体二か月持たないんだよ?最長三ヶ月だよ。振られる理由が全然一緒にいられないからがほとんど。一途でもなんでもないじゃん。」


「わかってるなら受けるなよ。」


「断りきれないんだよ…。」



 大丈夫かこいつ、と思いながら少し引いた態度を見せると、弁明するでもなく堂々と自分の意見を言って拗ねた様子を見せる。



「思われたいけど、俺も一途に誰かのこと好きになってみたいわぁ。奨真もいつかそういう人できると良いな?」



 そうだな。なんて受け流すように返事を返すと、それでも満足したのか続々と登校してくるクラスメイトと挨拶を交わしながら席に戻っていく。

友人は多くないタイプだが、櫂がいるおかげであまり先日の出来事を考えずに済んで、あっという間に下校時間になった。



「奨真、帰りに一緒に飯食いいかん?」


「悪い、今日は祖母が家に来てるから昼食作ってくれてるんだわ。」


「そうなんだ。じゃあ、また今度行こうな。俺、少し部室寄ってくからじゃあな。」


「ああ、じゃあな。」


 

 部室の方へと向かう櫂と、教室前で別れて帰路につく。

夏休み明け初日だからか、すれ違う人達の話声がいつも以上に多く聞こえてくる気がする。

大体聞こえてくるのは夏休み中の話で、楽しい夏を過ごしたのだろうと分かるような声ばかりだ。


 一人になると、途端に頭の中は先日の出来事に埋め尽くされて、足取りが家に近づくにつれて重くなっていく。

家に帰っても両親のおかえりが聞けないのかとか、一緒に昼を食べれないのかとか、本当に俺には何もできないのかとか、何度も何度も繰り返し繰り返し考える。

 

 最寄りの駅から家までは手前にある小さな商店街を通る。

朝は静かな道も、昼前ともなると営業中でにぎやかだ。


 しかし、今日は普段となんとなく雰囲気が違う感じがして、横目に店先の店員たちを見てみると、こちらの様子を伺うように見ている人たちがいる事に気が付いた。

なんだろうと思いながら歩いていると、聞きなれた大きな声で呼び止められる。



「あ!奨真君!!今帰りだったのね、よかった…。しばらくここに居なさい。凛都ちゃんやお母さん達とは連絡取れる?あなたの家の方で爆発があったって話でね、今、人が近づかないようにって止められているから…。」


「…は?」



 声をかけてきたのは、よく小さい頃から買い物に来ていた八百屋のおばさんで、何を言っているのかとドッキリすら疑う言葉に困惑したものの、先日の件のこともあり、後ろから呼び止める声もたまに聞こえる自分の名を呼ぶ声も、全部無視して全速で商店街を駆け抜けて自宅の方へ走る。

自宅はまだ見えていないが、近くになると言っていた通り通行止めになっており、警察が近づく人を遠ざけるように声をあげていた。



「すごい爆発音だったね。」


「刀里さん家でしょう?あの古物店の。奥さん人当たりよくて、会うと挨拶してくれるんだけど大丈夫かしら?」



 話しているのは近所の人達らしく、母さんとも面識のある人で自分も見知った顔が何人か見えている。


 規制線が張られている場所は、自宅の全貌が見えない離れた位置で、どうにか集まっている小さな人だかりをかき分けて前に出る。



「すみません、通してください!」



 声をかけながら規制線の前まで行き、警察の目を盗んでテープを潜り自宅に走る。

警察の止める声に、いけないことの自覚があるからか一瞬足が止まりかけた。

異変に気づいた周囲の警察が近づいてくるが、とにかく自宅が確認できる位置まで行くと目を疑う光景が広がっていた。


 夢でも見ているんじゃないかってくらいに、漫画やテレビでしか見たことが無いような光景で、自宅の二階部分、リビングがある場所が一階と三階を含めて半壊していた。

余りの光景に立ち止まって、声も出せずに荒い息遣いだけが耳に響く。

立ち止まった自分に声をかけてきた警察は、勝手に立ち入ったことに怒って注意をしてきたが、すぐに様子がおかしいことに気づいたのだろう。



「…君の家かな?」



 先ほどまでの声色とは違い、優しく語りかけてくる警察に小さく「はい。」と返事をして頷く。



「名前は?」


「刀里奨真です…。」



 移動して少し話をしようと肩を支えられたが、思考が停止していた脳が一気に動き出し、凛都と祖母が無事かどうかを聞く。



「お祖母さんは、さっき救急車で病院に運ばれた。重傷で、危険な状態だから病院で手術を受けているはずだよ。…後で病院に連れて行ってあげるからいったん落ち着こうか。」



 祖母が重傷だというのを聞いて、先日からのこともあるからかやけに嫌な想像ばかりが働いて、呼吸は荒くなるばかりだ。


 警察に支えられて、自宅から少し離れた位置に止まっていたパトカーに乗せられる。



「現場に着いたときには、お祖母さんはリビングに倒れていたんだけど、妹さんはいなかったんだ。」


「ま、まだ帰ってきてないのかも…。」



 浮かんだ可能性にかけてみるが、すぐに無残にも崩される。



「妹さん中学生かな?部屋にね、鞄があったんだよ。妹さん帰ってきてたんだね。」


「ちょっと、出かけてるのかもしれないです!コンビニとかに…。ちょっと買い物を頼まれて出ているとか!アイスでも欲しくなって買いに行っているとか…。」



 必死に可能性をあげる自分の話を、静かに聞いてくれている警察の表情が、その可能性も低いことを物語っている。



「携帯も、財布も、部屋にあったんだ。妹さんが外出した可能性は低い。でも、今別の警官が聞き込みをしているから、何かわかったら連絡するからね。」


「…はい、お願いします。」



 ゆっくりと言い聞かせるように話してくれる警察に、少しずつ落ち着きを取り戻していく。

落ち着いた様子を見てか警察は、誰か頼れる人はいるかと尋ねてきた。


 父方の祖父はとうに亡くなっている。

母方の祖父母に関しては昔、両親に聞いたことがあったが、結婚の際にもめて以降ほぼ絶縁状態らしく、あったこともない。

頼れる人なんて、と俯いているとふと一人の男が思い浮かんだ。



「…一人だけ、います。」


「その人に連絡取れる?これから病院に連れて行くから、その人にも病院に来てもらえるように言ってみて。」



 祖母が搬送された先は、自宅から車で十分とかからない場所だったため、病院についてから連絡することにして呆然とパトカーに乗っていた。


 病院について、受付で代わりに警察が説明をしてくれ、すぐに手術室近くの待合に案内された。

警察は仕事があるからと帰って行き、案内された手術室の、赤く点灯しているランプを見つめて息を吐く。

連絡を入れる前に少し落ち着こうと深呼吸をして、病院内の電話を借りて先日受け取った連絡先に電話をかける。

数回コールがなった後に、「はい、彩仁です。」という声と共に電話がつながった。



「あ、あの、奨真です。」


「奨真君?丁度良かった。連絡しようと思っていたんだよ。自宅の襲撃についてだろう?」


「え?なんでそれを…?」



 彩仁さんは、数分前に警察から連絡があって、今自宅の前についたところだと言う。

そういえば、警察から連絡を取れる相手に両親があげられなかったなと思い返す。

どうやら、すでに警察に情報がいっていたかららしい。


 警察と魂送隊は、五十年ほど前から連携を取るようになっているらしく、警察内には元送り人の人達がいるそうで、そこからいち早く情報が来ていた。



「これから少しだけ家を調べるから、そしたらすぐに病院に向かうよ。」



 こちらが言わなくとも状況を理解していた彩仁さんは、簡潔に話を済ませて電話を切った。

切れた受話器を置いて、立ち尽くす。

これも、俺にはなにもできないことなのだろうか。

まずは祖母が無事に手術を終えるのを待とうと、待合のソファに座ってじっと時間が過ぎるのを待っていた。

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