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第5話 来訪

 インターホンが鳴ってから、祖母を先頭に玄関へ向かい、戸を開けると五人の男女が立っていた。


 真っ先に目に入ったのは真っ黒な竹刀袋。

次に目が行ったのは顔。

男の自分でも随分と整った顔をしているな、と思うくらいに綺麗な顔立ちをしていると思う。


 長い髪を一つにまとめ、肩にかけて前に流し、真夏だというのに全身黒づくめ。

黒のワイシャツに黒のスキニー、黒のロングブーツでアクセサリーなどは一切つけていないように見える。



「お久しぶりです郁与(いくよ)さん。それから初めましてでいいのかな?凛都さん、奨真君。彩仁郷です。」



 電話口で聞いた通りの低い声をしていて、ゆったりとした柔らかい口調は同じだが、見た目のせいなのか、なのに少し違和感を感じる。



「久しぶりだねぇ。大きくなって…。暑かったでしょう?どうぞ入って。」


「ありがとうございます。その前に、彼らを地下室に案内していただけますか?」


「私が案内します。」



 前に出てきた凛都の手には、いつの間にか見覚えのない鍵が握られていた。

そういえば、地下室の入り口っていったいどこにあるんだろうと、自分だけ蚊帳の外な感じでのんきに考えながら、凛都が四人を連れて外階段を下りていくのを見送る。



「さぁ、入って。」



 再度祖母ちゃんが迎え入れると、「お邪魔します。」と丁寧に会釈をする。

その時、喋り方からいつのまにか和らいでいた緊張感が、一気にぶり返した。

一瞬、襟元の隙間からタトゥーのようなものが見えた。

たったそれだけだったが、感じた違和感は増し、この人の態度に胡散臭さを覚える。

それでも祖母ちゃんも知っている人だし、気のせいかもしれない。


 凛都が戻るまでの間、気まずさを感じてちびちびと麦茶を飲んでいると、視線を感じそちらを見れば彩仁さんと目が合った。



「あの、なにか?」


「ああ、いや、ごめんね。奨真君は紗樹さん似だなと思ってね。凛都さんは夕さん似だ。二人ともそれぞれ目元がそっくりだと思ってね。」


「そういえば郷君、二人のこと初めて見た時にも言っていたわね。まぁ、性格はむしろ逆だから、よく奨真君はお父さん似だって言われるんだけどねぇ。」


「やっぱり、小さい時に会っているんですか?全然、記憶になくて。」



 彩仁さんが挨拶してくれた時にも、初めまして。と言うことに違和感を感じている言い方だったから、会ったことがあるのかと思っていた為、聞いてみる。



「覚えていなくて当然だよ。二人とも会ったのは赤ん坊の時だからね。凛都さんを見せに来てくれた時には、奨真君は祖父母に預けてきたと言っていたから、物心ついた時には会っていないからね。」



 家族のような人だと言っていたから、両親が赤ん坊の自分たちを見せに行っていたことに対してすぐに納得がいった。



「よく覚えているよ…二人があまりにも幸せそうだったから…。」



 そう言ってずっと口角をあげて柔らかい表情を見せていた彩仁さんが、懐かしそうに、それ以上に言葉に似つかわしくない悔しそうな表情を見せた。

その表情が先ほどまでの胡散臭さとは違う、本当の顔だとなんとなく感じた。



「お待たせしました。彩仁さん、お願いします。」


 

 戻ってきた凛都が、椅子を移動させて俺の左隣に座り、三人並んで彩仁さんの前にそろったところで、和やかな表情が消え真剣な面持ちでこちらを見る。

彩仁さんはまず、先日の両親が行方不明に至るまでの経緯について説明してくれた。



「先日、刀里夫妻は長野県に住む、高齢夫婦の元にあった人形の回収任務にあたっていました。なんてことない、いつも通りの任務です。実際、異物の封印、回収は問題なく終えた報告が入っていました。事が起きたのはその帰り道。繋が途切れそうな感覚に現場に急行しました。現場に最初についたのは私と同行者一名。着いた時には、負傷した刀里夫妻を異人が連れ去ろうとしており、反撃するも敵わず、連れ去られ追跡が不可能となったことでこちらに連絡をしました。」


「異人って……そんな…じゃあ、あの子達は…。」



 異人というのは事前の話でも聞いていない。

祖母が顔を青ざめ震える姿に、知りもしないのに困惑と不安が押し寄せる。

俺と同じく、凛都も異人という存在については知らなかったのだろう。

困惑しているように見えた。



「あの、異人ってなんですか?」



 こんな状況で聞いていいものかと思いながらも、知らないと正しく状況を理解できないと聞いてみる。



「奨真君と、凛都さんはどこまで知っているのかな?」


「送り人についてと、青魂の目のこと、魂の種類と、異物については聞いていて、兄にもこれらについては話をしました。」



 両親は凛都にも必要最低限の情報以外は話していなかったのだろう。

彩仁さんは、凛都の教わったという内容を聞いただけで、瞬時にどこから話をしていないのか理解したのか、異物にも種類があることについて教えてくれた。



「異物というのは、物の形を残している状態を指します。例えば獣の形をした物に魂が宿り力を持てば、それは獣のような姿を取って、より危険な異獣(いじゅう)と呼ばれる存在となる。そして、異人。これは異物の中でも極稀に生まれる存在で、長い時を経て人型へと進化した物を指します。異人は最も危険な存在で、魂送隊の中でも数名しか対応ができないとされている。夕士郎さんはこの異人に対抗できる貴重な人員の一人でした。」



 つまり、対抗できるはずの父さんは負けて、母さんと一緒に最も危険な存在に連れ去られたことになる。

祖母ちゃんが先ほど言葉の先を言い淀んだのは、このことを知っていたからなのだろう。

ここまで聞けば、祖母ちゃんが言おうとしていたことをわかっていても、返ってくる言葉が怖くてなかなか口が開かない。



「……父さんと母さんは…無事なんですか…?」



 意を決して問う。

負傷した二人が連れ去られたということは、限りなく最悪の状態になっているんだろう。

それでも直接的な言葉を口にすることはできず、望み薄な聞き方をした。

聞いてしまった。

引き返せないという後悔と共に、返答が恐ろしくてうつむいた顔をあげられない。



「生きていますよ。」



 思わず顔を勢いよくあげた。

思っていなかった言葉が返ってきたから。

驚愕と安堵。

しかし、見えた彩仁さんの表情は決して安堵していいと感じるものではない。



「今のところはですが。」



 続けられた言葉に一気に頭が冷えて、そもそもなぜ生きていることが分かっているのだろうと、疑問を抱く。

その疑問を先読みしたように説明し始めた。



「送り人は皆、繋と呼ばれるもので魂同士に繋がりができています。繋というのは、手の平に刻まれる複製門により、魂同士が糸のようなもので繋がっている状態のことを指します。これにより、個人の断定は不可能ですが、おおよその居場所と生死については把握が可能となっているんです。」



 テーブルに掌を上にして出された右手には、紺色のタトゥーのような鳥居が刻まれていた。



「おおよその居場所がわかるってことは、両親の居場所もわかるんじゃないんですか?」



 居場所が分かれば危険だとしても、体制を整えれば助けに行けるんじゃないか?

もしかしたら、この人はそれを伝えに来てくれたのかもしれない、という可能性を考え出す。

しかしそんな考えはすぐに打ち砕かれた。



「それができないんです。刀里夫妻は異人の能力によって連れ去られました。その能力の影響でしょう。繋が感じられなくなったんです。」


 

 ならなおのこと、なぜ二人が生きていると断定できているのだろう。



「この複製門には本門が存在します。大元ですからより強く繋を感じられます。確認したところ、繋は切れていない。ただ、何かに遮られるようにして、居場所の特定ができなくなっているとのことでした。その何かが異人の能力の影響なのだと思います。まぁ、生きていることが分かっているにしろ、早く助け出さなければならないことに変わりはありません。我々も全力で捜索を続けていますので、今後のことはこちらにお任せください。」



 生きているということが分かっただけでも今は喜ぶべきなのだろう。

決して気を抜けない状況であることは確かだが、最後の言葉には、俺達には何もできることはないと言われた気がした。

丁度話に区切りがついた頃、インターホンが鳴り地下室の作業が終わったとの報告があった。



「それでは、私はこれで失礼します。万が一何かあればこちらに連絡をください。」



 帰り際に渡されたカードに書かれていたのは、二件の電話番号。

戦闘員である彩仁さんは、各地に赴くことが多く、直接対応することが難しいことがあるという。

上の番号で出なければ、下の番号にかけてくれれば調査員の誰かしらに繋がり、対応してくれるとのことだった。


 話の終わりに何もできることはないと言われた気がしたが、それでも両親が行方不明なのに何もしないでいられない、という思いが強く、ダメ元で俺達に何かできることはないかと尋ねた。

間髪入れず返ってきたのは「ありません。」の一言。

ただの行方不明ではないし、一般人が関われる世界じゃないと、今度ははっきりと言われてしまった。

それが一般人には無縁の世界だと改めて突き付けられた気がした。

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