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第7話 決断

 奨真が帰宅中、商店街を歩いている頃、一本の電話が魂送隊本部に入っていた。

電話対応をしたのは、彩仁とマンツーマンで動いている垂墨斎。

対応を終えるとすぐさま部屋を出て郷さんの元へ向かう。



「郷さんはどこに?」



 部屋を出て一言問えば、角を曲がった廊下の先で、丁度部屋から出てきたところの郷さんと出くわす。



「郷さん。」



 足早に近づき、先ほどあった連絡内容を報告する。



真道(しんどう)さんから連絡で、刀里家が襲撃にあったそうです。お祖母さんは重体で救急搬送されていますが、妹の凛都さんがご両親同様、攫われた可能性が高いと。奨真君はまだ帰ってきた形跡がないそうです。」



 報告を聞いた郷さんの眉間に、わずかに皺が寄る。



「斎、二名ほど連れて来い。人選は任せる。俺は現地を確認し次第病院に向かうから、その後の詳しい調査は任せる。」


「はい。」



 言われたとおりに二名の調査員を選出し、玄関先で待っている郷さんの元へ向かう。

四人同時に飛ばすとなると、それなりの大きさで術を書かなければならない。

幸い郷さんはまだ来ておらず、来る前に準備を済ませるため、地面に四人が入れるだけの大きさで円形に字を書いていく。

書き終えた円の中に入って待っていると、郷さんが来て、円に入ったのを確認してから術を発動させた。


 体を覆う墨がはれ、慌ただしく騒がしい音の中に、身が置かれていることに気づいた。

飛んだ先は前日、訪れたばかりの刀里家の前。

本部の自然の音だけが鳴る静けさとは違い、多くの人の声による騒がしさに周囲を伺う。

規制線を越えて突然現れた四人に困惑している者もいるようだが、新人だろう。



「来たか、お疲れさん。」


 

 半壊の自宅から片手をあげて出てきたのは、真道恭哉(しんどうともなり)

僕達が魂送隊に所属するよりも前に送り人として所属していたらしく、今は刑事として働き、魂送隊と警察をつなぐ重要な人物となっている。



「お疲れ様です、真道さん。」


「いい、いい。お前に他人行儀な挨拶されると寒気がする。」



 苦虫を噛み潰したような渋い顔で悪態をついているのは、郷さんとの関わりが長いからだ。



「他者の目もあるからわざわざちゃんとしたんですから、真道さんもちゃんとしてください。」



 スッと表情が抜け落ちていつも通りに戻ると、敬語ではあるが胡散臭い笑顔が消えた。

挨拶もそこそこに不安定な足場を慎重に上がって現場に入る。



「そこ、崩れやすいから気をつけろ。」



 途端に誰かの携帯の着信が響く。

僕ではなく、真道さんの方からの音では無く、残りの二人でもない。

全員の目が向いていたのは郷さんの手元。

ポケットから出した携帯が震えて着信音がなっている。

見知らぬ携帯番号だったのか、画面を見て一瞬考えるそぶりを見せてから、電話に出た。



「はい、彩仁です。…ああ、奨真君。ちょうどよかった。」



 どうやら電話をかけてきた相手は奨真君らしい。

他人行儀な郷さんに慣れている僕達は、何ともなく電話が終わるのを待っていたが、ちらっと確認した真道さんの顔は、酷く気味の悪い物を見ているかのように歪んでいて、そんなにダメですかあれ…と内心思う。



「奨真君はなんて?」


「郁与さんの手術が終わるのを待っているところで、警察に頼れる人がいるかと聞かれて俺に連絡したらしい。」


「夕士朗と紗樹の子か。たしか、兄は青魂の目を持たないんだったな。」



 刀里夫妻は送り人の中では知らない人はいないほど有名で、子供のことも知らない人はいない。

一拍置いて、誰が何を言うわけでもなく全員の目が一斉に青白く光る。



「まぁ、見て通り無事なのは階段側と一階、三階の一部のみ。リビングのそこ、残魂がびっしりの場所を起点として攻撃を受けたんだろうな。血だまりと血の飛び散り方から、祖母がいたのはテレビ前のソファ。妹は自室にいたんじゃねぇかと思ってる。携帯が自室にあった。今どきの子は家でも肌身離さず携帯持ってるやつが多いからな。」



 話を聞いていると、郷さんがおもむろにしゃがみ込んで、足元を確認する。



「妹を連れ去ったか。」


 

 いつの間にか僕のポケットから取っていたハンカチで、足元の埃や砂を払いのける。

見えた床には何か先の尖ったものの重みで付いたような跡があった。

見覚えがある跡。

生活の上でついた跡の可能性も浮かんだが、よくみればわずかに残魂が確認できる。

まぎれもなく先日の異人と同じ残魂だった。



「夕士朗さんと紗樹さんを攫った異人と同じ足跡、残魂だ。同じ方法で連れ去ったと考えるのが妥当だな。」



 真道さんが難しい顔で顎を撫でながら、視線を斜めにあげて考えている。



「つまり、本命が妹か。」



 大きく吸った息をめいいっぱい吐き、真剣な顔つきをした真道さん。



「その場合、無傷である可能性が高いから、生きてはいるだろうが…。これは思っていた以上に大事になりそうだな。」



 立ち上がった郷さんが渡してきたハンカチを受け取ると、出入り口に向かう。



「後のことは任せる。俺は病院に行って来る。」


「はい。こちらも調査を終え次第、病院へ向かいます。」


「パトカーで送らせる。俺も色々分かり次第都度、連絡するわ。」



 郷さんを見送って、真道さんに一言断りを入れてから調査を始める。

調査員の主な仕事は事前調査だが、こうして人に被害が出て警察出てくる大事になった時、鑑識ではわかりえない残魂や、戦闘の痕跡などを調べる。

それらを後に警察とすり合わせ、綿密な情報を得る為に動く。


 黙々と作業を始めた調査員に現場は任せて、いったん外に出た真道は、既に妹が目的の理由を考え始めていたが、とてつもない胸騒ぎに再度ため息が漏れる。

(嫌な予感ほど当たるんだよな…。)とそれを悟られないように表情を取り繕って、部下たちの元へと足を進めた。


 

 病院に着いて受付で尋ねると、奨真君が事前に伝えていたらしく、スムーズに手術室前の待合に向かう事が出来た。

見えてきた椅子には、下を向いて祈るように手を握っている奨真がいた。



「…遅くなってしまってごめんね。」


「いえ…来て下さってありがとうございます。」

 


 声をかけてようやく気付いた様子で顔をあげた奨真は、ひどく憔悴しているのが分かる。



「郁与さんの容態は?」


「…重傷で、年齢的にも体が持つかわからないけど手は尽くしていると…。」


「そう…。」



 現場を見てきたからわかる。

相当な深手だったはずだし、出血量も多かった。

郁与さんはまだ自分が十代で、愛想の無かった頃からいつも優しく接してくれた人だ。

こういう時はただただ無事を祈る事しかできないことに、いつまでたってももどかしさを感じる。


 横に座って、途中の自販機で買ってきたお茶を差し出せば、力なく受け取り小さく御礼が返ってきた。



「追い打ちをかけるようだけど、凛都さんは、夕士朗さんと紗樹さんを連れ去った異人に連れ去られた可能性が高い。現場の状況や痕跡から、まず間違いなく目的は凛都さんだろう。」


「凛都が?異人って…母さんたちと同じ奴に攫われたって…え?危険な奴なんですよね?なんで、なんで凛都が?」


「理由まではまだわからない。ほぼ無傷で連れ去られたということしかわからない。ただ、これも夕士朗さんたちの時とは違い、目撃者がいない。…正確には一人だけいるかもしれないが。現場にいた郁与さんが、目撃していればなにかわかるかもしれないが。現状凛都さんの行方も夕士朗さんたち同様わからない。」


 

 ろくな手がかりがないことを理解したのか、奨真は手術室を数十秒無言で見つめる。

どう声をかけたものかと悩んでいると、先に口を開いたのは奨真だった。



「本当に、俺には何もできないんですか…。俺は、家族が皆傷ついていくのをただ見ていることしか出来ないんですか?」



 手術室を見つめたままの奨真の表情はうまく確認できない。



「…自分の今までの人生を捨てる覚悟はあるか?」


「え?」



 ようやくこちらを向いた奨真は、突然の言葉に驚きと困惑の表情を見せている。



「今まで何も知らずに、ただの一般人として学校に通い、友人を得て、当たり前に享受していたものを捨てて、人ならざるものが蔓延る世界で生きていけるか?」



 今まで当たり前に享受していたもの、それは奨真にとっては両親と凛都が普通である自分を守るために作り上げてきたもので、その当たり前の中で得てきたものを手放さなければならないと、突然言われた奨真の頭の中では、幼い頃に祖父母も含めて行った旅行や、何度も手伝いをした店でのこと、学校から帰れば店先で出迎えてくれる両親や、たまたま居合わせたお客さんの笑顔、友達と喧嘩してしまった時に親身になって話を聞いてくれた時のこと、櫂のことをよく話す自分に、いい友達ができたんだねとまるで自分のことのように嬉しそうにしていたこと。


「そういう友達は大事にね。」


 母さんが言っていた言葉と共に浮かぶ櫂の顔と、いつも声をかけてくれる佐世さん。

怖くないといったら嘘になる。

捨てがたいものだ。


 それでも彩仁さんからの問いかけに対して、奨真の答えは始めから決まっていた。



「俺でもできることがあるんですか?だったら、俺は今のすべてを捨ててでもそっちの世界で生きていきます。」



 奨真の顔は先ほどまでの焦燥感は無く、力強くぶれない意思を持った目をしていた。

それが強い意志を持つ者の目であることはよくわかっていた。



「…わかった。郁与さんの手術が終わり次第、魂送隊の本部に連れて行く。」


「魂送隊の本部…」


「そこで素質を見てもらう。素質があるならお前でも家族を助けるために戦える。」



 素質というは送り人ととしてのだろうと奨真も分かったが、送り人は皆青魂の目を持っていると言っていたことを覚えていたし、その目が無いことを知っているはずなのに、一体なんの素質を見るのだろうと疑問を抱く。

だが、それ以上話す気がないのか腕を組んで目を閉じ、口を閉じた彩仁さんに俺も口を閉じた。



「(ていうか彩刃さん、もしかしてこっちが素か?)」



 話に区切りがついて、これから先のことが現実的に見えてきた事で、幾分か心が楽になった奨真は、今度は突然変わった口調に困惑していた。

 

 さらに時間は経ち、いったいどれだけの時間が経ったのか正確にはわからないが、ようやく手術室の扉があいて、看護師が押している担架に乗った祖母が見えた。

眠っているようだが、その表情は落ち着いている。

後から先生が出てきて、手術が成功したことを聞くと、一気に体の力が抜けて安堵から自然と涙が溢れた。


 彩仁さん付添いの元、諸々の手続きを済ませてベッドで眠る祖母に声をかける。



「祖母ちゃん、必ず三人を連れ戻すから、少しだけ待ってて。いってきます。」



 病室を出ると、扉の横で壁に背を預けていた彩仁さんが「行くぞ。」と言って歩き出し、一緒に病院を後にした。

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