第2話 異人
「連絡付きました?」
鬱蒼とした森の中、黒い煙が立ち上りひしゃげて黒こげになった車を見ながら連絡を取っていた彼が、携帯を耳に当てていないことを確認してから声をかける。
「長男の刀里奨真が出た。現実を受け入れられてないって感じだな。」
「一般人が、両親連れ去られたうえに行方知れずなんて聞いて、平静を保っていられる方がおかしいですよ。それに、こう見えて僕も困惑してますからね…。」
数十分前、何十とある繋のうち二本の切れそうな感覚を察知してから、任務を早々に切り上げ現場に飛んだ。
察知してから五分と経っていなかったが、それでも着いた時には手遅れだったと思う。
しゃがみ込んで車を見つめながらぼぅっと増援が来るのを待つ彼は、彩仁郷。
送り人の中でも五本指に入る実力を持ち、戦闘特化の能力を活かして各地に赴き、任務を行っている。
僕はそんな彼に能力を買われて、ほぼすべての任務に同行している身だ。
今日も仙台のとある廃村で見つかった、迷魂の異物の破壊と回収で任務に赴いていた。
特定条件下でのみ動き出すという異物は、今の時期にふさわしい風鈴で、とある廃屋につるされている。
廃屋にずっとあったとは思えないほど綺麗な状態で、そこを訪れた者たちが風もないのに風鈴の音がするという怪現象から始まったが、日ごとに現象が悪化。
最新情報では周囲に何もないのに体に複数の切り傷ができるという実害が出ていた。
言ってしまえば郷さんが赴くまでもない任務だったが、ここ一年ほどの被害増加により、程度問わず任務に駆り出されることが多くなっている。
該当の風鈴を目の前にし、魂の状態や反応を見るために僕も郷さんも目は青白く光り、視界には風鈴に宿る魂が映るようにする。
「なんで邪魔するんだ?ここは僕の家だ。立ち入るなよ!帰ってくれ!…ただここにいたいだけなのに邪魔するな!」
悲鳴のような声をあげる風鈴を目の前に、今まで幾度となく受け取ったことのある感覚が襲い来るのと、風鈴が攻撃を仕掛けてきたのはほぼ同時だった。
人の腕に切り傷を残す程度の力しか出せない異物など、郷さんからすれば赤子を相手にしているも同然で、キンッ…と音を立てて風鈴が真っ二つに割れる。
目にもとまらぬ速さで風鈴を切り捨てた。
「お前の望みが何であれ、危害を加えた時点で提案を受け入れなかったお前は破壊対象だ。調査員から幾度と提案はあったはずだからな。」
事前に調査を行ったうえで任務には危険度が割り当てられることがほとんどだ。
宿った魂が迷魂ならば、おとなしく輪廻の輪に帰すのが基本。
戦闘になれば器である物が壊れることはもちろん、宿っていた魂もその影響を受けて弱り抵抗する力を失う。
魂の状態になってまでいらない苦痛を受けることになるのだ。
報告によればこの風鈴は迎え人によって開かれた扉から来たという。
転生前の魂になってもなお残り続けた強い執着心。
それがこの迷魂を、人に害を与えてでもこの場に止まる選択をさせたのだろう。
切られた風鈴は器としての役割を成せなくなり、別な物に宿る力もないほど弱った迷魂が、弱々しい動きで宙を漂う。
「開門。」
郷さんが迷魂に右手の平を向けると、手の平に刻まれた鳥居の模様が青白く光り出し、郷さんと同じ背丈くらいの鳥居が現れた。
鳥居から真っ白な大きい手が出てきて、迷魂を掬うように手に持つと、スゥ…と消えたのを確認してから「閉門。」と言うと鳥居が消える。
物言わなくなった風鈴を回収した郷さんがこちらへ来て、迷魂を送っている最中に準備していた地面に書いた円の中に入り、郷さんの背中に手を当てた。
「飛転。」
瞬間体を墨が包みこみ、浮く感覚を受けたその直後、地に足がつく。
座標は繋が最も弱い人物の元。
墨が消え、視界に入った目の前の光景に目を大きく見開き驚愕した。
「夕士朗さん!紗樹さん!」
全ての送り人には複製門が刻まれる。
本人の魂源を元に刻まれ、これを持つ者達は魂同士が細い糸のようなもので繋がりを持っている状態となる。
そのため本人の意思とは関係なく、生命の危機に瀕している時には糸が切れそうな感覚が、死亡時には糸が切れたような感覚で、仲間の危機や死を察知できるようになっている。
ただ、誰がということまではわからない。
だから、まさかこの二人が死にそうになっているなんて思ってもいなかったのだ。
ポタポタと地面を黒く染めていく血が、相当な出血量だとすぐにわかった。
百八十センチを越える体格の夕士朗さんと、百七十センチを越える紗樹さんを、易々とそれぞれ片手で持ち上げ腹部の鏡に飲みこんでいくのは、異人。
その光景に声をあげたのと同時に目の前にいたはずの郷さんは、異人に切り掛かっていた。
二人の胴体を持っている手を切り落そうとした所、異人の背後から郷さんの顔を容赦なく狙った突きが止める。
間一髪で突きを防いだが、その威力は相当なものだったようで、郷さんは後方に木々が折れる音と共に飛ばされた。
「波状木」
首に下げている固形墨から漏れ出るように液状の墨が滴り、地面に落ちた墨は一気に異人めがけて波紋上に広がり、細く鋭い枝の形状をとって異人に襲い掛かる。
鉄よりも強度を与えているはずの攻撃は、郷さんを突き飛ばした刀によって全て切り落された。
それと同時に、先ほどは鏡の異人の後ろに隠れるようにいたはずのもう一体が姿を現す。
通常よりも細い形状が特徴的な、二メートル近い大太刀を片手で持つ異人。
郷さんを狙った始めの攻撃が突きだったのが理解できた。
切ること以上に突きに特化した形状だ。
刀に似て背丈は二メートルを優に超えているようだが、体格は良いとは言えず、刀を持つ腕はどうやってその腕でと疑問を感じさせるほど細く、長い。
「緑蜂」
後から聞こえた声と共に先ほどまで虹彩を放っていた刀身から、緑色の細長い形状に変わった刀を握った郷さんが、大太刀の異人の懐に潜り込む形で姿勢を低く距離を詰めていた。
その速さに驚いた様子も見せず、幾度となく突きを放つ郷さんの攻撃を防ぎ続ける。
一定の距離を取って見合う形となった頃には、大太刀の後ろにいた鏡の異人の手から二人の姿が消えていた。
「かえるよ…。」
ゆったりとしていて少し幼さがあるが、有無を言わさない圧のある声は二体のどちらのものでもない。
気配に気づかなかった。
二体の足元に視線をやれば、影が広がり二体を飲みこんでいく。
すかさず郷さんが突きを放つが姿が消え、今度はその消えた影にめがけて攻撃を仕掛けるも、影は避けていたようで手ごたえのないまま森の暗がりへと消えていった。
後を追おうと走り出し、去った方角にめがけて攻撃を仕掛けようとしたが木々に覆われた暗い中では、影は紛れてしまい一切見えなくなっていた。
「気配を消すのがうまいらしいな。」
気配を辿ろうにも、二体の他にもいたことに気づけなかったほど気配を消すのがうまい異人。
その後を追うのは困難だと判断して、郷さんも刀の能力を解く。
繋を辿ろうとしてみるも、鏡の異人の能力なのか遮断されていた。
糸が切れる感覚というよりは、繋そのものがなかったことにされている感覚で、生死含め居場所もわかなくなっている。
「あの鏡の異人、迷魂だったわね。」
美しく艶のある女性の声を発したのは、郷さんの結魂物である虹爛。
「迷魂の異人なんて記録にないですよね?」
「知る限りはな……斎、伝令を送る。」
こういわれた時は、僕と墨蓮の能力を使っていち早く情報を送る。
「言鳴。」
両手を合わせると、じわじわと両腕を伝って合わせた手の平から墨が溢れだす。
「三体の異人に遭遇。瀕死の刀里夫妻を連れ去り逃走。気配を追えず追跡は不可。刀里家には俺が連絡を入れ、後日夫妻が管理していた異物の回収に向かう。詳しいことは戻り次第報告する。」
郷さんの言葉に合わせてこぼれる墨が地面に染み渡り、乾ききった大地に水がしみ込むように消えていく。
墨は地面を汚すことなく、郷さんが喋る終えたのを確認して術を解いた。
「増援が来るまで僕は周囲の様子を見てきます。」
「ああ。」
視線を送った先はガードレールが壊れている崖上。
おそらくあそこから落下したのだろう。
繋の件はもしかしたら、本門である朝御門様ならなにかわかるかもしれないとわずかな望みにかけ、今はできることをやるためにその場を離れた。
残った彩仁は現場に残る残魂に目をやりながら、携帯を手にアドレス帳の教わってから一度もかけたことが無かった、刀里家という名前の連絡先に電話をかける。
数回のコール音の後、聞こえてきたのは男の声で、二人の息子で刀里家長男の刀里奨真だとすぐにわかった。
声色を変え、しゃべり方も警戒されないように注意を払う。
「こんばんは、夜分遅くにすみません。彩仁と申します。ご両親、夕士朗さんと紗樹さんのことでお話がありお電話しました。」
垂墨斎が言鳴を使用してから最も近い場所にいた者で三分、一番遠くにいた者でも十分以内に伝令が届いていた。
各所複数人に一斉に伝達するには便利な術だ。
異物の回収に向かっていた者、各家の当主、情報を取りまとめている調査員、そして本部・八百色家当主。
彼らの元へと術が届き、彼らの目の前で地面から墨が湧き出て宙に文字が書かれる。
各々読み終えるとパシャンッと音を立てて文字は消えた。
「三体の異人?」
ある者は異人が複数で群れていることに対して違和感を抱く。
「すぐに本部に向かう。」
「早く帰った方がよさそうだ。」
またある者は、早々に召集がかかることを見越して本部へ赴く準備を始め、任務についていた者は、なるだけ早く帰る為にエネルギー補給に食べていた大福を口に詰め込んだ。
「紗樹…。」
伝令を受け、刀里夫妻の文字にわずかな動揺を見せた男もまた、本部へ向かう為に自室を出る。
「そうか、途切れかけてる繋は夕士朗と紗樹のものだったか…。明日、皆に来てくれるように伝えてもらえるかい?あと、皆が使う部屋の用意も頼むよ。」
「かしこまりました。」
寝室で、窓から見える少し欠けた月を見ながら情報が来るのを待っていた男が命じると、襖の外で膝を着いていた男が返事を返す。
男の気配が消えたことを確認してから立ち上がり、緩くなった襟元を正して寝室出た。
終わり次第すぐに戻るであろう郷からの報告を待つために。




