第1話 凶報
高校二年の夏、両親が行方不明になった。
連れ去ったのは異人と呼ばれる、意思と力を持った人型の物。
その連絡を受けたのは、両親からの連絡を待つ夜も更けた頃だった。
自宅の一階で古物店を営む両親。
その手伝いをするのが、幼い頃からの日課だった。
学校や宿題を終えても、友人と遊ぶ時間より手伝いを優先していた。
それだけ俺にとって人に大事にされてきた物に触れる時間は、心地よかったのだ。
新しい持ち主に渡しても遜色ない、綺麗で一目で大事にされてきた物だと分かる物に触れるのも、持ち込んだお客さんを見るのも好きだった。
「奨真、今日はもうおしまいだから片付けてね。」
「これだけ綺麗にしたら終わりにするよ。」
壁に掛けてある時計に目をやれば、針は十八時五十分を指している。
十九時で閉店の為、すでに閉店作業に入っている時間だ。
今日の夕飯の支度は妹の凛都がしていて、夕飯の準備が自分以外の時には、閉店時間まで手伝いができる。
両親2人だけで経営しているため家事は分担して行う。
いつの間にかできていた家のルールだ。
十七時頃、バスで三十分ほどかけて来たというお婆さんが売りにきたアクセサリー類。
これを一つずつ確認しながら布でふいて、後で両親が店頭に並べたり、倉庫に保管しやすいように棚に並べているところだった。
「すみません、これの買取をお願いしたいのだけれど…。」
カウンターに出されたアクセサリーケースは全部で四箱。
受付をしていた母が開けると、丁寧に保管された五十~六十年くらい前の物から、十年くらい前のネックレスや指輪、イヤリングなどが多数出てきた。
かなりの数で、査定をするために裏にいた父と一緒に作業をしても一時間以上かかっていたと思う。
査定と買取を終えて持ってこられた物を見た時は、幼い頃から手伝いをしているがこんなに状態がよく、上質なアクセサリーがこれだけの数まとめて入ってきたことに初めての経験で驚きを隠せなかった。
裏で作業をしながら少しだけ聞こえてきた話では、十年前に亡くなった夫からのプレゼントだったらしい。
中には亡くなった夫からのプレゼントを売るなんてと思う人もいるだろうか…。
幼い頃に母に聞いた事があった。
「どうして皆、大事な物を売りに来るの?」
子どもながらに感じた純粋な疑問だった。
俺は誕生日にもらった大事なおもちゃを誰かにあげるなんてしたくなかったから。
「そうね…大事にしてきたからこそかもしれないわね。」
言っていることが理解できなくて首をかしげる俺に笑って母は頭をなでた。
「物は人より長く生きるからね…。捨てるのは嫌だ、でも、いつまでも自分が持っていられるわけじゃないから。だったら自分と同じように大事にしてくれる人の元に渡ってほしい。うちに来るお客さんの大半は、そう願って持ってきてくれているのよ。」
当時は言っていることの意味を、半分も理解できていなかったと思う。
いつからか沢山の物に触れて、沢山のお客さんの声を聞いて、今ではその意味が少しわかる気がする。
だから、今日これを売りに来た人もそうなんじゃないかなと思った。
亡くなった夫からのプレゼントだったと言ったお婆さんの声は、物に特別な思いを持って接してきた人の声をしていたから。
仕事を終えて、自宅がある二階に上がる。
リビングのテーブルには、凛都が用意してくれたご飯が用意されていた。
「今日はサラダうどんにしてみた。」
冷えたうどんの上にわかめやオクラ、納豆にレタスなどがのった夏の熱気にやられる季節には、箸が進む料理だ。
口に物が入っている時には喋らないと教わった食卓は、四人で囲んでいるにしては静かだ。
度々話を交えながら食事をしていた時、最期に来たお客さんについて気になって母に聞いてみた。
「ああ、あのお婆さんね。沢山アクセサリー持ってた。旦那さんすごくお婆さんのこと愛してらしたみたいで、毎年、結婚記念日にアクセサリーを一式くれてたんだって。着飾るのが好きなお婆さんの為に。そんな旦那さん癌が十年前亡くなって、今年に入ってお婆さんにも癌が見つかったんだって。それから出かけるたびに貰った順にアクセサリーを付けて、先週やっと全部使い終わったそうよ。もう自分も長くないからと、初めて貰ったアクセサリー以外は大事に使ってくれる人の手に渡ってほしいって、うちに来てくれたのよ。」
幼い頃に母から聞いた話に当てはまるような人だったらしい。
そういうお客さんからの大事な物を、大事にしてくれる人の手に渡るようにする仕事だ。
昔、両親は古い物が好きだし集めるのも好きだと言っていたのを覚えている。
古物店を開いた初めの理由は趣味が高じたことだったというが、そう多くないお客さんの話を聞く姿を見ていると、俺がそうなったように、きっと母もお客さんの話を聞くのも好きなんじゃないかと思う。
「そうだ。明日はお母さんと夕さん、長野のお客さんのとこに行って来るから。十六時の約束で、帰りは混み具合によるけど最悪日を跨ぐだろうから、戸締りとかよろしくね。」
両親は、度々遠方のお客さんからの依頼で直接品物の査定と、買取に行くことがある。
基本は店頭だがどうしても郵送だと不安な物だったり、大きさや年齢の関係で来てほしいという人のために電話受け付けもしている。
先日、父が対応していた電話の相手が、査定と買取希望の長野県に住む高齢夫婦からだったと言っていたのを思い出した。
この時はいつも通り仕事を終えて帰ってくると思っていた。
翌日昼前、明後日から学校が始まることもあり、高速は混んでいるだろうからと早めに出ることにしていた両親。
「じゃあ行って来るから、よろしくね。」
「凛都は宿題進めておきなさい。」
助手席に座る母と、運転席に座る父はそれぞれ一言ずつ残すと、陽炎が立つ道へと車を走らせた。
その車が小さくなるまで見送り、急いで家の中へと戻る。
九月に入ろうというのに一向に落ち着きをみせない夏の陽気に、たった数分でも当てられた体には汗が滲む。
半袖短パンで食後のアイスを食べながら見送りに来ていた凛都は、溶けていくアイスに食らいつきながら「あづい…」とこぼした。
「分からないとこあったら教えるから、それ以外はちゃんと今日と明日で宿題終わらせろよ?半分も終わってないことバレたら父さんに怒られるぞ。」
襟元を伸ばして少しでも早く冷たい空気を体に当てて涼もうと、クーラーの風が直撃する場所に立ち、ソファに座ってのんきにアイスを頬張る凛都に釘を刺す。
父の怒る様子を想像したのか、めんどくさそうに背もたれに体を預け、気力を無くしてだらりと姿勢が悪くなる。
余り口数の多くない父だが、責任感が強く自分の考えをしっかりと持っている人で、俺と凛都にも、幼い頃からやると決めたことは最後までやり遂げるだけの覚悟を持つようにと教えてきた。
祖父の家にある道場で、昔は剣道をやっていたと聞いてから俺がやりたいと言った時もそうだった。
この時俺はまだ小学校一年生になったばかりだったが、祖父は体が悪く教えられる状態ではなく、祖父に変わって教えてくれたのが父だった。
途中で投げ出さないか、辛くてもやり続けられるかと、試しに稽古をしてから再三にわたって確認されたのを今でも覚えている。
今考えればなぜ自分がそこまでやりたいと思ったのか、ただの意地だったのか。
今でも時間があれば父と、今はもう亡くなってしまった祖父の管理していた道場を借りて稽古をしている。
自分にも他人にも厳しい父だが、そんな父でもなかなかに手を焼いている相手が凛都だ。
メンタルが強いというか、昔からどんなに言われてもギリギリまで宿題を残しては必死になっている。
怒られてもすぐに持ち直し、底抜けに明るい所は母に似たのだろう。
母は近所でも少し怖いと言われる父に対して、全く物怖じしないしなんならニコニコしながら話していて、側から見ると一方的に母が話しているだけに見えるが、父に稽古をつけてもらっていて、いろんな話をする身から言わせてもらうと父は聞き上手だと思う。
相手の話をちゃんと聞きながら、求められれば自分の考えも言ってくれる。
そんな父を俺は尊敬しているし、そのおかげもあってか宿題も早々に終わらせる癖が付いた。
しかし凛都からすると宿題のことやら学校生活に口を出されるのは少し嫌らしい。
「家事全般は俺がやるから、あと、夕飯に唐揚げ作るから頑張れ。」
「え、いいの?しかも夕飯、唐揚げ?…やった!頑張る!」
先ほどまでのやる気の無さはどこへやら。
パァッと明るい表情を見せて三階にある自室に駆けこんでいく後ろ姿を見送り、洗濯や掃除をして夕飯の仕込みも済ませてしまおうと動く。
両親の代わりに家事をやることも多く、凛都が小学校高学年になってからは分担して家事をすることも増えていた。
手先の器用さで言うと、凛都はあまり器用な方ではないらしく、料理も簡単なものならできるが苦手意識があるようで、多くの場合は母か俺が料理をする。
料理すること自体は好きで色々作るが、家族から特に好評なのは唐揚げだ。
凛都は俺の作る唐揚げが好物で、月に一回は作るのが恒例となった。
洗濯に掃除、料理の仕込みを終えてから、自室に戻って明後日の準備を早々に済ませてしまおうと準備をする。
開いた時間で筋トレをしたり漫画を読んだり、動画をみたりと時間を潰していると、部屋のドアがノックされる。
「兄さん、これ教えて。」
手に持っていたのは数学の計算問題のプリント。
理系に弱い凛都が助けを求めてくるのはいつも計算問題だ。
部屋の真ん中にある机に広げられたプリントの枚数は十枚で、びっしりと計算問題が書かれていた。
ちょっとした問題集並の量だ。
そういえば、いつだか愚痴ってた時に出た数学の先生の名前が、俺が中学生の時の数学の先生と同じ名前だった。
あの先生の夏休みの宿題多かったなぁと思い出す。
プリントをよく見るとそこそこ埋められてはいるようで、後半の方の応用問題などで行き詰っているようだった。
教えてほしいと持ってきたプリントの解答欄がすべて埋まる頃には、窓から差し込む明かりが夕焼け色に染まっていた。
時間を見れば十八時を過ぎていて、いつもより少し早いが夕飯を作ってしまおうかと思い、凛都に残りの宿題の状況を確認してみる。
「後は国語と社会だけだから大丈夫。ありがとう。」
夕飯ができるまでの間、少しでも進めておくと言って自室に戻っていき、俺はキッチンに入って先に風呂を沸かしてから夕飯を作り始める。
ご飯は昼の残りがあるため温めて茶碗に盛ればいい。
なすと玉ねぎの味噌汁を作りつつ、仕込んでおいた唐揚げを揚げていく。
休ませている間に皿にレタスとトマト、キュウリを添え、二度揚げを始めた頃、臭いに釣られたのか呼びに行くまでもなく凛都が降りてきて、ご飯と味噌汁、箸や飲み物の用意を手伝ってくれた。
沢山頭を使って疲れたのだろう。
揚げたての唐揚げを目の前に出すと待ちきれないといった様子でそわそわしだす。
俺も席に着いたところで両手を合わせて「いただきます。」と言って唐揚げに箸を伸ばした。
口に入れた唐揚げを飲みこんでから、「おいしい!」と言って食べ進める凛都に満足して「いただきます。」と言って自分も食べ始める。
「月一と言わず週一でいい。」
「さすがに多いだろ。」
「じゃあ、せめて月二回。」
「考えとく。」
要望を叶えるためには両親に聴いてみないといけない。
帰ってきたら聴いておこう。
食事を終えた後は、洗い物くらいは私がやると言った凛都に甘えて、食事中に沸いてた風呂に入った。
風呂を出てソファでテレビを見ていた凛都に声をかけた後、冷凍庫からアイスを取りだしソファに座る。
バラエティ番組を見ていたようで、そのままぼーっとアイスを食べながらテレビを見ていると、時間が経つのも早く気が付けば二十一時を過ぎていた。
早風呂の自分とは違い、一時間以上入っているのが当たり前な凛都も風呂を上がり、冷凍庫から取り出した本日二本目のアイスを頬張る。
「兄さん、お母さんたちから連絡あった?」
凛都も風呂を上がったし、戸締りやガスを確認して部屋に戻ろうと思った矢先に、アイス片手に携帯を見ながら聞いてくる。
両親は出張した時は必ず連絡をくれる。
祖母の家に預けられた時も、自宅で二人留守番する時も、必ずもうすぐ帰るという旨や、遅くなるならその旨を、主に母が連絡してくれるのが当たり前だった。
現に今まで連絡が無かったことなど記憶が正しければ一度もない。
テレビを見ている間に通知音を聞き逃しただろうか?
横に置いてある携帯を手に取り通知を確認するがなにもなく、意味ないのは分かっているが念の為にと両親のメッセージ欄を開いて確認するが、案の定何もない。
「なんも来てないな。」
「帰ってきてる最中かな?」
「まぁ、高速が渋滞してる可能性を考えるとまだかかるのかも。日を跨ぐ可能性もあるって言ってたしな。」
なんとなく抱いた小さな不安に、一応メッセージだけでもしておこうと母と父、それぞれにメッセージを送っておく。
今日向った先は長野県で、詳しい住所は聞いていないが通常なら大体片道四時間くらいだろう。
もし順調に仕事が終わっていたなら、渋滞に巻き込まれている最中くらいだろうか。
とりあえず連絡を入れておいたことを凛都に言って、自室へと戻って昼間同様に動画をみたりしながら眠くなるまで時間を潰す。
始めに流石におかしいと、違和感を感じたのは凛都の方だった。
動画を見ていると時間が過ぎるのはあっという間で、ノック音に返事を返すとドアを開けて、携帯を片手に不安そうな凛都が立っていた。
手に持ったままの携帯で時間を確認すると、二十三時四十八分と表示されている。
両親からの連絡はきていない。
それどころかどちらも既読すらついていない状態だった。
「さっき、部屋でお祖母ちゃんに連絡してみたんだけど、お祖母ちゃんにも連絡ないし、お祖母ちゃんからも電話かけてみてくれたんだけど、出なかったって…。」
心配のし過ぎか?でも、今までこんなこと一度もなかったと不安は大きくなる一方で、どうしたらと考え黙り込んでしまう。
「私…」
凛都が何かを言いかけた時、リビングから電話の鳴る音が聞こえてきて、急いで部屋を出て受話器を取りにいく。
「はい、刀里です。」
「こんばんは。夜分遅くにすみません。彩仁と申します。」
受話器から聞こえてきた声は男性のもので、丁寧な言葉使いに物腰の柔らかそうな印象を抱く。
聴いたことのない名前に、一体こんな時間になんだろうと訝しげに次の言葉を待っていると、次の言葉で一瞬息が詰まった。
「ご両親、夕士朗さんと紗樹さんのことでお伝えしたいことがあり、お電話しました。」
両親の仕事仲間だという彩仁さんの言葉は、それ以降ちゃんと頭に入ってこなかった。
ただただ返事をする事しかできず、数回のやり取りの後に受話器を置く。
頭が回らず何を言ったらいいのかわからず、受話器を見つめて立ち尽くすことしかできない。
「兄さん?誰からだったの?」
「……連れ去られたって…行方が、わからないって…。」
階段下で電話が終わるのを待っていた凛都の質問に、うまく声が出ず、やっと発せられた声は自分でも驚くほど小さく弱々しかった。




