09.αとΩ
放課後、生徒指導室に呼び出されると、高木くんと岸くんもいた。三人揃うと生徒指導の男性教員に反省文を書くように言い渡され、僕たちは空き教室に押し入れられた。
先生が退室すると立ったままの僕たちは、何とはなしに目線を交わし合う。
岸くんは顔が強張っており、緊張しているようだが、高木くんは済まし顔で肩ひじ張らずに平然としている。
僕は二人に向き合うと、謝罪の言葉を切り出した。
「あれから考えてみたんだけど、僕があのクラスによく出入りしていたから、二人とも遊びに行っても良いって思ったんだよね? だとすると、今回の件は僕にも落ち度があるから、二人に謝ろうと思って――」
「ち、違うんです! もとはといえば俺が悪いんです! 高木は俺に付き合ってくれただけなんです!」
岸くんが慌てて口を挟み、事情を説明し始めた。
事の発端は、岸くんが僕と藤山くんが運命の番だという話を耳にして、もしかしたら自分もこの学校に運命の番がいるのかもしれないと希望を抱いたことがきっかけだったそうだ。
その話を聞いた高木くんが、それなら探しに行くかと持ちかけて、言うやいなやすぐに行動に移した。
岸くんはてっきり廊下からこっそり覗うだけかと思っていたが、高木くんが制止の声も聞かずに教室内に足を踏み入れていった結果、今回の騒動に繋がったとのことだった。
岸くんは話している間も、終始そわそわと落ち着きがないのに対し、高木くんは我関せずと岸くんから顔を逸らしている。
僕の視線が、高木くんに注がれていることに気付いた岸くんは、ハッとして隣にいる高木くんの方を向いた。
高木くんの腕を、縋りつくように両手で掴むと、半泣き状態で激しく揺らし始めた。
「高木もΩが嫌いなら最初から言ってくれよ〜! ほんとあの時、生きた心地がしなかったんだからな〜!」
「俺が嫌ってるんじゃない。あいつらが勝手に俺を嫌っているんだ」
「そ、そんなこと言わないで、ちゃんと反省しろよ〜!」
強い口調で、頑として意見を変える気がなさそうな高木くんに、岸くんは困り果てていた。
「と、取り敢えず、座って反省文を終わらせようか」
僕が近くの席の椅子を引いて腰を下ろせば、高木くんは岸くんの訴えを意にも介さず、彼の手を振り払うと続いて席に着いた。
岸くんも不満を零しつつも着席した。
それから各々が黙々と原稿用紙に向き合っていれば、岸くんが頭を低くして「あのー、長谷先輩。実はずっと訊きたかったんですけど、運命の番と会った時の感覚ってどんな感じなんですか?」と遠慮がちにおずおずと尋ねてきた。
「え? そうだなぁ……」
僕が入学式で藤山くんに感じたことを話すと、岸くんは瞳を輝かせ好奇心を隠すことなく、前のめりで声を弾ませた。
「そうなんですね! やっぱり何が何でも番たくなったりしましたか?」
「何が何でも、まではいかないかな。藤山くんの意思を尊重したいから、幸せでいて欲しいなって思ってるね」
「そうなんですね。……運命の番か〜。俺もいつか会えるかなぁ〜」
机に両肘をついて両頬を手で包んだ岸くんは、顔を緩ませながら思いを馳せているように天井を仰いだ。
どうやら岸くんは、本当に運命の番に憧れているみたいだ。
夢見ている姿が微笑ましくなり、岸くんも会えるといいなと心の中で祈った。
「ふーん。運命の番に会ったら価値観が変わると思ってましたけど、なんだかそうでもなさそうですね」
高木くんは机に肘をついた手で顎を支え、指先を唇にあてながら、少しの落胆を含ませた、つまらなそうな口調でぼやいた。
「高木くんは、驕りが透けて見えるからΩの子たちを怖がらせたんだよ。君は運命の番を探しに来たって言ってたけど、本当は冷やかしのほうが強かったんだろう?」
「俺は、昔から何もしてないのに怯えた目で見てくるΩが苦手なんですよ。被害者ぶってる姿が苛つくんです。だからもしかしたら、運命の番ならそんなことないのかなと思ったんですけど、話を聞くに、あんまり期待しないほうが良さそうですね」
高木くんは手を耳の位置に変えると、宙を見つめて気怠げに息をつき、話題から興味をなくしたように、とめていたシャーペンの先端で机をつつき、文章の続きを考えているような仕草をとった。
「まだ出会えてないんだから、そう悲観しなくてもいいんじゃないかな?」
「――出会えたとして、相手の幸せを願っちゃうくらいなら、初めっから会わないほうがいいんですよ。俺、偏見持ちなんで、知らないうちにDVで追い詰めちゃうかもしれませんしね。そうなったら相手は幸せじゃないし、俺も捕まっちゃうじゃないですか」
高木くんは瞳を閉じて肩をすくめ、冗談っぽく自嘲する。
本音を隠し、深刻さをなくすような誤魔化し方に、僕は優しく笑いかけ穏やかな口調で茶目っ気を入れて返事を返した。
「高木くんが、もしも誰かを傷つけちゃいそうになった時は、僕を思い出すといいよ。きっと気が抜けちゃうと思うから」
「……なんっスかそれ。ちょっと面白いのやめてください」
高木くんは少し噴き出し失笑したが、じわじわと面白くなってきたのか、口元に手を当てて笑いを堪えていた。
暫く身体が小刻みに震えていたが、落ち着いたのか、息を深く吐くと少しだけ表情を緩ませて口を開いた。
「母親がαはα同士でくっつくべきだと言ってますけど、ほんとそう思いますよ。αが劣っていることと言えば、子供を産めないことくらいですからね。――俺、捕まるの嫌なんで、これからはΩとは関わらずに生活していきます」
もともと期待などしていなかったように、高木くんは淡白すぎるほど簡単に、Ωの存在を自分の人生から切り捨ててしまった。
未練のない物言いは、成長の過程で失望すら過ぎさり、悟ってしまった名残を思わせた。
僕は疑問を口にする。
「高木くんの生みの親はβ?」
暫しの沈黙の後、素っ気なく「Ωです」と高木くんは答えた。
因果関係があるとしたらそこにあるのだろうが、ぽっと出の僕にできることなんて殆どない。
興味本位での詮索ではなく、先輩として慮ろうと気安い笑みを向けて小首を傾げる。
「吐き出したいことがあるのなら、聴こうか?」
高木くんは可笑しそうに口元に拳をあて苦笑すると、片手を広げ軽い口調で冗談を言うように割り切った態度で話した。
「つまんない話ですよ。子供を産んで不要になったΩをαが追い出す話。心身ともに傷を負ったΩが、産んだ子供にすら怯えるんですよ。顔がαに似ているって、ね」
複雑な家庭事情が解消されることなく、抱え込んだまま成長してしまい、落としどころを見つけようとした結果、どうにもならないことなのだと自分の中で諦めてしまっていることを、諦念と勘違いしてしまっているのかもしれない。
高校一年生で価値観を定着させてしまうのは、きっとまだ早いだろう。
僕は説教じみた言葉より、彼に寄り添う言葉をかけた。
「酷い話だね。僕ならその子供を怖いとは思わないよ」
真摯な目でじっと高木くんの黒い瞳を射抜けば、彼は呆気にとられた後、目を細めからかうように口元が弧を描いた。
「もしかして俺、口説かれてます?」
「……そうかもね?」
「フッ。優男のくせに人たらしなんですね」
問いかけに少し悩んだが、概ねそういうことになるのだろうと薄く笑みを浮かべて答えれば、高木くんは心開いたように明るい口調で憎まれ口を叩いた。
それから二人と行事や部活の話をしながら、穏やかな雰囲気で反省文を書き進め、生徒指導の先生に提出した。
二人は明日改めて、藤山くんたちのクラスに謝罪することが決定し、帰っていった。




